第6話 西浜防衛戦 ~麻乃 4~

 突然、地を揺るがすような轟音が響き、麻乃はハッとして身を縮めた。

 高ぶっていた感情が、すっと引いていく。


「今度はなに――!」


「やっと始まったな」


 穂高を見返すと、入り江の崖に目を向けている。


「始まったって、なにが……」


「梁瀬さんたちだよ。あの崖の上……砦にいる」


「砦に? なんでそんなところに……あっ! まさか、大砲?」


「そう。まぁ、長いこと使ってなかったうえに、今じゃ手入れもろくにしていない。多分当たらないだろうけど、ロマジェリカの連中はそれを知らないからね。普通に考えたらあれで引くはずだ」


 崖の上には、昔はよく使われていた砦があり、いくつかの大砲が設置されている。

 今、その場所から第二部隊隊長の笠原梁瀬かさはらやなせが、隊員たちとともに砲撃を行っているという。


 最後に使われたのは麻乃がまだ子どものころで、しばらくは手入れをされていたけれど、ここ十年ほどは、それすらされていなかった。


「まさか、まだ使えるとは思いもしなかった」


「うん。けど、なかなか大したものだと思わないか?」


 風に流された煙の切れ間から、大きく揺れる戦艦がチラチラと見える。

 照準を合わせることができなくても、次々と撃ち込んでいるせいか、何発は当たっているようだ。


「梁瀬のやつ、やけっぱちで撃っていやがるのか?」


 気がつくと、麻乃の隣にいつの間にか修治が立っていた。

 見たかぎり、怪我はないようだ。


「修治、無事だったんだ」


「おまえも無事のようだな」


 修治の手が麻乃の頭をクシャクシャとなでた。

 そのせいで髪が乱れ、穂高がそれをみてクスリと笑う。


「梁瀬さん、ありったけを撃ちまくるって、息巻いていたからね。数撃ちゃ当たる、なんて言っていたよ」


 敵艦が少しずつ遠ざかっているのは、引き潮で流されているだけでなく、撤退を始めたからのようだ。

 被弾しても沈ませるほどではないのが悔しい。


「やっと引き上げてくれるか。座礁して動けなくなったら、今の状況じゃあ、向こうに不利だろうからな」


「砲撃がもう少し遅かったら、次の部隊が出てきたかもしれないね。いつものやつらが控えていただろうし」


「最初は楽に防衛できると思ったが、やつら……とんでもないことをしてくれたな……」


 忌々しそうに修治がつぶやいた。珍しく怒りをあらわにしている。

 ロマジェリカの戦艦を睨んでいる修治が刀を鞘に納めるのを見て、砂浜に刀を置き去りにしてきたことを思い出した。


 堤防から降り、あらためて周囲を見渡した。

 もう火は弱まってくすぶりはじめ、人が焼け焦げた独特の臭いを漂わせている。


 敵兵もほとんどが燃えつきて黒い塊がいくつも転がっていた。

 その中には麻乃の隊員もいると思うとこらえ切れない悲しみに押し潰されそうになる。


「一体、何人が残ったんだろう……」


 麻乃の中で、またふつふつと怒りが込み上げてきた。

 ロマジェリカのやつらに対しても麻乃自身に対しても。


 まさか生きた人間に火をかけるとは思いもしなかった。

 それに加え、これまでにもこんなに火を出すような攻撃をされたことがなかった。


 だけど、途中からなにか違和感を覚えてはいた。

 もっと周りをよく見て冷静に判断していたら、こうなることを予測できていたかもしれない。

 そうすれば、もっとうまく指揮することができて、炎にまかれた隊員は減ったかもしれない。

 毒矢に倒れた隊員も減ったかもしれない。


(川上の腕を斬り落とすこともなかったかもしれない……)


 すべてが結果論だけれど、引きつるように痛む火傷と左肩の傷が、麻乃を責めているように感じた。


 積み重なるように倒れた黒焦げの遺体の傍らに、刀をみつけた。

 近寄って伸ばした左腕を、突然黒い塊につかみ取られた。

 ハッとして手を引いても、今にも崩れ落ちそうな黒こげの腕が、その姿とは裏腹にがっちりつかんで離さない。


「おまえが……」


 もうなにも判別できない顔をこちらに向けた塊が、明らかに麻乃を認識し、なにかをつぶやいている。

 握られた左腕に、ジリジリと焼けるような痛みが走った。

 落ちくぼんだ二つの穴に、真っ青な瞳が見えた。


 戦闘の最中に麻乃を見つめ、殺気を放った視線と同じだ。

 気味が悪くてたまらないのに、その瞳から目が離せない。

 つぶやいている言葉はわからないけれど、やけに耳に残る声だ。


 全身に冷や水を浴びたような寒気を感じ、麻乃は必死にその腕を振り払った。

 体から力が抜けていく。

 ゆっくりと後ずさりすると、そのまま意識を失った。

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