第5話 西浜防衛戦 ~麻乃 3~
麻乃と穂高は立ちふさがる炎に沿って、海岸を見渡した。
もうすぐ潮が引きはじめる。
いつもはその前に敵を撤退させるけれど、今日はなかなか引き下がらない。
射かけられた弓の数を考えれば、まだかなりの兵が控えているはずだ。
対してこちらは残ったのは半数くらいだろう。
その隊員たちも、かなり疲弊していて、ほとんどが矢をよけきれずに腕や足に怪我を負っている。
穂高たちの部隊が加わったとはいえ、こちらの分が悪いのは明らかだ。
今はまだ炎が邪魔をしているせいか、敵艦から援軍が出てくる様子はみられない。
けれど、潮が引いて足場が広がれば、必ず出てくるに決まっている。
先の対処は難しいかもしれない。
だからといって、黙って侵入を許すわけにもいかない。
(堤防の向こうへは……一歩たりとも行かせるわけにはいかないんだ……)
堤防でざわめきが起こり、誰かが穂高を呼んだ。
麻乃は穂高と顔を見合わせると急いで堤防へ駆けだした。
棒立ちになった隊員たちをかき分けて前に出ると、麻乃の隊員たちが胸をかきむしり、
何人かは青白い顔で泡を吹き、うずくまったままで動かない。
「なに? 一体、なにがあったの!」
麻乃は気を失いかけている隊員の頬をたたき、大声で名前を呼びかけた。
「これは……なにがあった?」
「わかりません。急に苦しみだして……」
「まさか……毒矢か! 誰か、修治さんの部隊へ連絡を! それから、彼らは医療所に連れて……」
穂高が言い終わる前に、苦しんでいた隊員たちは次々とこと切れていった。
麻乃が握りしめた隊員の手も、まったく力を感じない。
残っているのは重力に引かれる重みだけだ。
誰もがその場に立ちつくし、息をのんだ。
「なんてことだ……少量でも致死量の毒なのか? それに即効性もあるのかもしれない」
「そんな……」
「あれだけの火だ。敵兵は放っておいてもすぐに燃えつきて動かなくなる。今は矢の届かない堤防を固めよう」
もう、なにもできないとわかっていても、麻乃は放っておくことができず、まだ温かい手をグッと握りしめた。
「まだ退いていないやつがいたら、退かせるように。うかつに踏み込んで矢傷を負わせるな」
「わかりました」
穂高の指示に動けるものは全員が砂浜へ散っていった。
見開いたままで動かなくなった隊員たちの目を、麻乃はそっと閉じてやった。
抑えきれない憤りに体が震え、叫びだしそうになる。
少し離れた場所で、まだ川上が敵兵を相手にしているのが見えた。
その背中が一瞬、小さく丸くなり、落ちた刀が砂浜に突き立った。
(斬られた? まずい!)
すぐさま駆け寄り、刀を抜きざまに逆袈裟で敵兵を斬り倒すと、また動きださないように足を斬り落とした。
斬られた様子もなく、大きな怪我も見当たらない川上の姿にホッとため息がもれる。
汗をぬぐって大きく息を弾ませている川上の腕をつかんで引き寄せた。
「射かけられているのは毒矢らしい。ここにいちゃあ危ない。いったん、堤防までさがるよ!」
「毒矢って……隊長、俺……俺……」
川上の顔がサッと曇り、右手をみつめた。
その視線につられて麻乃も川上の右手を見た。
手首の少し上から血が流れている。
「――当たったのか!」
麻乃の問いに、川上が小さくうなずく。ぐらりと目の前が揺れた。
(即効性もあるのかもしれない)
穂高の言葉が頭をよぎる。
即効性があるのなら迷ってる暇はない。
(だけど、でも――!)
体中から冷や汗が出ている気がする。
腕をつかんだ手が震えているのは、麻乃が震えているからなのか、川上が震えているからなのか。
それさえもわからないほど、感情が麻痺している。
川上と視線がぶつかる。
真剣なまなざしで見つめ返してくる川上は、覚悟を決めた表情で、そのままスッと腕を水平に上げた。
「許せ、川上――」
麻乃はそうつぶやくと、刀を抜き放って肩口近くから一気に腕を斬り落とした。
そのまま刀を投げ捨て、上着を裂くと傷口を固く縛りあげた。
目の前にいる川上の叫び声が、麻乃の耳には遠くで響いているようにしか聞こえない。
声を聞きつけた穂高の隊員が数人、駆け寄ってきて川上を背負うと、落ちた腕を拾って堤防へ駆けていった。
穂高がすばやく指示をだし、そのまま医療所へと運ばれていった。
心臓をわしづかみにされたように胸が痛み、気が狂いそうなほどの怒りがわきあがる。
目の前が暗転し、倒れそうになるのを必死にこらえた。
(こんなときに……落ち着け、気を失っちゃだめだ!)
高ぶる気持ちを抑えようとして自然と呼吸が荒く、浅くなる。
全身の毛が逆立つような感覚、ざわついて全身を駆けめぐる血の勢い、頭の芯が痺れるように痛んだ。
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