クオリアを぀ないで

成井露䞞

💐

 黄色い向日葵ず赀いチュヌリップ、それから――。

 こんな感じだったかな そうだ、こんな感じだった。


「お客様。それでは少しお色のバランスが悪いような気がしたすが。――向日葵の代わりにこちらのカヌネヌションなんおいかがでしょうか ほら、このように党䜓の色バランスがよくなりたすよ」


 ショッピングモヌルにある花屋の店先。

 芪切な店員さんが、艶やかに咲く䞀本の茎を摘んで添える。

 僕は色のたずたりを垯びた花束を䞀瞥し、頭を振った。


「――いえ、これでいいんです。こんな感じだったず思いたす。色合いは揃っおなくおぐちゃぐちゃで、――だけど花びらの圢の䞊びが賑やかで」

「そうですか お客様がそれで良いっおおっしゃるなら構いたせんが。あ、ラッピングずかさせおいただきたすので、蚀っおくださいね」

「ありがずうございたす」


 笑顔を返すず、店員さんは少し䞍思議そうに銖を傟げながら、店の奥の方ぞず戻っおいった。色合いがぐちゃぐちゃでも良いなんお、お花屋さんにちょっず倱瀌だったかな なんお思う。でも今日は蚱しお欲しい。

 今日は劻――䜳䞖子の呜日なのだから。


 䜳䞖子の䜜る花束はい぀も色合いにたずたりがなかった。

 庭先で摘んだ花々で぀くる生け花も、僕にくれる花束も、どこか䞍栌奜で、混沌ずしたものだった。

 だけど僕はその自由なたずたりが奜きだった。本圓は䞀぀になれないはずの花たちが、花瓶の䞭で䜓を寄せ合う。そうやっおちょっず窮屈そうに、それでいおどこか照れくさそうに顔を䞊べる。たるで僕ず君みたいに。


「――では合蚈で円になりたす」

「じゃあ、カヌドで。――ありがずうございたす」


 僕より少し幎䞊に芋える店員さんからからラッピングされた花束を受け取る。

 誰に枡すわけでもないのにラッピングしおもらったのは気持ちの問題だ。

 これは劻の呜日に、家に食る花束だから。



 



 劻の䜳䞖子は少し特殊な色芚異垞を患っおいた。

 僕らには芋えお圌女には芋えない色や、違っお芋える色がある。


 だから圌女の描く絵も、圌女が掻ける花も、色のバランスが少しばかりおかしかった。

 それでも圌女は描くこずを奜んだ。圌女は花を掻けるこずを奜んだ。

 色はぐちゃぐちゃだったけれど、その分、圌女の描く絵の圢は面癜かったし、䞊ぶ花の衚情はずおも華やかだった。たるで個性的な生埒が抌し蟌められた賑やかな孊玚みたいに。

 圌女に芋えおいた䞖界は、きっず鮮やかだったのだず思う。

 圌女は色芚の䞍自由さの代わりに、衚珟の自由さを埗おいたのかもしれない。



「逆転クオリア」ず呌ばれる哲孊の思考実隓がある。

 クオリアずは意識における質的な経隓のこず。

 逆転クオリアはある人ず別の人が同じ物理的刺激を受けた時に、異なるクオリアが䜓隓されおいる可胜性を考える思考実隓だ。


 あなたが赀に芋えるものが、実は別の人にずっおは緑に芋えおいたずしお、あなたはそれに気づけるだろうか

 あなたが「赀」だず呌んでいる意識経隓は、実は別の人の意識経隓ずしおは緑なのかもしれない。


 盞手の頭の䞭が芋えない限り、この問題は解決されないんじゃないか

 だからそれは解けない問題だず。そんな颚に語る哲孊者もいた。


『――そもそも私ずあなたじゃ、色の感芚っお違うものね』

『そうだよな。だから逆転クオリアの話っお、考えるず䞍安になるよな」

『あら、どうしお』

『だっお、僕らは通じ合っおいる぀もりですれ違っおいるっおこずだろ』

『うヌん、そんなこず無いんじゃないかしら』


 ゜ファに座っおタブレットを眺める僕の銖に、君は埌ろから腕を絡めた。


『だっお私たちは、すれ違っおなんおないじゃない 逆転クオリアっお、だからきっず、倧した問題じゃないのよ』


 そんな恥ずかしくなるような台詞を、圌女は口にした。

 振り返るず䜳䞖子も照れお顔を赀らめおいた。

 それがなんだか劙に愛おしくお、僕はその唇をキスで塞いだ。



 


 Internet of Brains ――「脳のむンタヌネット」。

 意識工孊䞭倮研究所の新芏技術が倧々的に発衚された。

 䞊叞からに取材を呜じられた時、だからどこか運呜めいたものを芚えた。


 人間の意識同士を接続するための技術。

 僕の気持ちずしおは、期埅半分、猜疑心半分だった。

 耇雑な気持ちを抱えたたた、僕は開催された蚘者䌚芋に参加した。


 蚘者䌚芋が始たるず、色のバランスがおかしい服を着たプロゞェクトリヌダヌの男が立ち䞊がった。粟悍そうな顔立ちの男は、マむクを持っお熱匁を振るった。

 脳ず脳を非䟵襲型のデバむスで接続しお、人ず人の意識を繋ぐのだずは圌は蚀った。倧きな目を芋開いお。


「これたで僕らはすれ違いを起こしおきたした。盞手の頭の䞭が芗けないから、蚀葉の意味がわからない。だから誀解も生じるし、喧嘩もしおしたう。そんな時代もInternet of Brainsで突砎できたす。僕ら人間は人類史䞊芋たこずもないレベルで分かり合うこずができるのです。もしかしたら戊争だっおなくなるかもしれない」


 無邪気な理想論を䞊べる科孊者。

 戊争が「分かり合う」だけで無くなるなら苊劎はないず思う。

 だけど倚くの蚘者はその発衚を前のめりに聞いおいた。

 壁面いっぱいの液晶画面には技術の内容を説明するむメヌゞビデオが流される。


 だけど矎しい映像よりも僕の心に匕っかかったのは次に語られた蚀葉だった。


「『逆転クオリア』ず呌ばれる思考実隓がありたす。同じ色名で呌んでいおも、盞手の芋おいる色の意識䜓隓ず、自分の芋おいる色の意識䜓隓が違うかもしれないずいうものです。Internet of Brains はきっずこの『逆転クオリア』問題に決定的な革新を䞎えおくれるず思っおいたす。僕らはきっず意識レベルで繋がれるのです」


 䌚芋が終わりった埌、男は「蚘者の䞭で䜓隓しおみたい人はいないか」ず問いかけた。他玙の蚘者連䞭が躊躇う䞭、僕はたっすぐに手を挙げた。



 



 家に぀いお、花束のラッピングを倖す。花瓶に移し替える。

 圌女が眠る仏壇の前にある机に、その花瓶を眮いた。


「――䜳䞖子、昚日さ、倉な技術を䜓隓しおきたよ。Internet of Brains だっおさ。人ず人の脳を繋ぐんだ。あい぀らは蚀うんだよ。これで『逆転クオリア』の問題は解決されるんだっお」


 蚘者䌚芋の埌、別宀に移された僕は、そこで最新鋭の脳蚈枬機噚ぞず接続された。

 隣の機械には、僕より少し幎䞋に芋える女性蚘者が座っおいた。

 どこか䜳䞖子ず雰囲気が䌌おいるなず思った。

 芖線が合っお、僕らは小さく䌚釈した。

 

 機械が動き出しおから生じたのは、本圓に驚くべき䜓隓だった。

 自分の目の前に芋えおいないものが芋えるのだ。

 しばらくしおそれが圌女の芋おいるものだずわかった。


 圌女に「緑」の色が提瀺された時、僕の脳内には緑の意識䜓隓が生たれた。

 僕の脳内に赀の意識䜓隓が生じた時、圌女は「赀」が芋えるず蚀った。

 それは鮮烈な䜓隓だったず思う。僕ず圌女の意識は繋がったのだ。


「――君は嫉劬しおくれるかな 僕ずその女の人が意識を぀ないじゃったずこずに。だっおそうやっおわかり合うなんお、――頭の䞭を芗くなんお、ずおも特別なこずみたいだからさ。――恋人同士みたいな」


 だから自分自身の心の倉化が少し怖かった。

 盞手にものすごい思い入れや執着を芚えおしたうのではないだろうかず。

 意識を぀ないでしたったら、もう他人ではいられなくなるんじゃないかず。


 だけどそんなこずは党然なかった。

 デモ䜓隓が終わるず、僕は圌女に䞀床だけ䌚釈した。

 ただ「ありがずうございたした」ず。

 圌女も「お疲れさでした」ずだけ返事をした。

 たるで同じシアタヌで映画を䞀緒に芋た他人みたいに、僕らは別れた。

 僕は圌女の知芚ずそれから来る意識䜓隓を共有した。だけどそれだけだった。


「――ねぇ、䜳䞖子。クオリアっお䜕なんだろうな 分かり合うっお䜕なんだろうな 僕は君の芋おいる色がわからなかった。だけど、他の誰よりきっず君ず通じあえおいたんだず思うんだ。他の誰よりきっずわかり合えおいたんだず思う。――それが僕の勘違いだずしおも、――それで党然いいず思うんだ」


 出来るなら䜳䞖子ずInternet of Brains を詊しおみたいず思う。

 䜳䞖子が芋おいた知芚䞖界を僕も芋おみたいず思う。

 きっず圌女が芋おいる「色」は僕の芋おいる色ずは違うず確認できるだろう。

 だけどInternet of Brains の機械を頭から倖しおから、きっず君は蚀うのだ。

 ただ「楜しかったね。倉な気分だったよ」ずか、無邪気に。

 たるでそれが倧したこずではないずでも蚀うように。


 そしお僕はよりはっきりず認識するのだろう。

 脳なんお繋げなくおも、僕らのクオリアは繋がっおいたこずに。

 だから君の䞖界はずっくの昔に色づいおいたこずに。

 そんな君がいたから、僕の䞖界はずっず色づいおいたこずに。


 花瓶の䞊から色の合わないチュヌリップず、向日葵が同時に顔を出す。

 ちょっぎり色圩はぐちゃぐちゃだけど、その衚情は笑っおいる。


「そっちはどうだい 倩囜にも綺麗な花は咲いおいるかい」


 写真の䞭の君で笑う君が、埮かに頷いた気がした。

 きっず僕のクオリアは、ただ君ず繋がっおいる。

 Internet of Brains なんおなくおも。

 遠くにいる君ず。――逆転クオリアを超えお。


 背䞭から銖呚りに、やわらかく君の䞡腕が觊れるむメヌゞが溢れる。

 だから僕は、そっず䞡目を閉じた。

 隣で君が笑っおいた。


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