どんな事故も安心

柴田 恭太朗

巻き込まれることもある

 私が意識を取りもどしたのは、近くで話し声が聞こえたからだ。


「こりゃヒドい。ぐちゃぐちゃだぜ」

「ぐちゃぐちゃでも、このクルマは『シールド』だ。中の乗員は無事にちがいない」

 車のボディの向こうで交わされる会話から、自分が事故に巻き込まれたことを思いだした。気のせいかガソリンのにおいが鼻をつく。


 渋滞した高速道路。ピタリと停止したまま一向に進まない車列。前方を見ればそれは細く伸びる駐車場にも思える。気ままな一人ドライブも渋滞にハマると途端に退屈なものになってしまう。


 私のクルマが渋滞の最後尾にあったのは、ただ運が悪かっただけとしかいえない。後方から大型トレーラーの巨体が突っ込んできたのは、その運の悪いときだった。運転手の居眠り運転だったのか、ブレーキもかけずスピードを保ったまま体当たりしてきた。さまざまな技量のドライバーが縦横無尽に走り回る天下の公道である、たとえ自分の運転に非がなくとも事故に巻き込まれることはある。

 だから私はこの『シールド』という頑丈なクルマを作ったのだ。


 私はまず自分の体に異常がないか確認した。事故のショックで痛みを感じないことがあるからだ。もし出血しているならば、即座に手当てをおこなおうと思った。だが幸いどこも痛むところはない。呼吸も楽にできる。

 そりゃそうだろう、私が作ったクルマ『シールド』なのだから。


 外では救助隊がひっきりなしに作業を続けている。

「スプレッダー持ってこい」

 スプレッダーとは、押しつぶされたクルマのドアをこじ開けるのに使用する油圧救助器具だ。たしかスプレッダーの力は14トン。そんなもので『シールド』の扉が開くかな? どこかで火が燃えているのか、車内にまで焦げ臭いにおいがただよい始めた。


「ダメだ、『シールド』には歯が立たない! カッター持ってこい!」

 カッターというのはクワガタのような歯がついたハサミの化け物だ。こいつは39トンもの馬鹿力で金属棒でもなんでも紙のように切断してしまう油圧器具。さすがにカッターのパワーには剛性の高い『シールド』の車体も持ちこたえることはできそうにない。ボディの金属板がバツン、バツンと派手な音を立てて切り裂かれてゆく。ちぎれたボディのかけらが地面のアスファルトに飛び散る音が聞こえてくる。

 救助されるのも、もうすぐだ。私がそう確信したとき、救助隊員が悲鳴を上げた。


「火を吹いた! 燃料タンクから炎ッ」

 さきほどから気になっていたガソリンの匂いは現実だったのだ。

「退避! 爆発するぞ」

 隊員らの声で、私のクルマでは何が起こっているか理解した。間近に迫った炎で背中が熱くなる。『シールド』のおかげで助かったと思ったのに、車内に閉じ込められたまま焼け死ぬのか。私は覚悟を決めた。

「待て、ここからスプレッダーで一気に開ける」

 勇敢な救助隊員がねばり強く作業を続行したようだ。彼の言葉のとおりドアが一瞬でバキッとイヤな音を立て、私は救助された。


 救助隊員は私の頭から銀色の防炎ブランケットをかぶせ、ストレッチャーへと誘導してゆく。

「おや?」、私の顔をしげしげと見た救助隊員が意外そうな顔をした。「あなたシールドの会長さんじゃないですか」

「いかにも」

 その通り。私は自動車メーカー「シールド」の創業者にして会長であった。わが社が生産するのは安全なクルマ『シールド』一種類のみ。どんな事故でも乗員エリアが守られるよう研究開発費をすべて『シールド』に注ぎ込んだ。人からは偏愛がすぎるといわれるが、選択と集中を行った結果だ。経営者として何も間違ってはいない。


「助けてくれてありがとう。おかげで次の改良点が見つかった」

 私は隊員のがっしりした手を握り、おおいに感謝した。

 そして次の改良に取り組んだのだ。


 ◇


「こりゃヒドい。ぐちゃぐちゃだぜ」

「ぐちゃぐちゃでも、この航宙船クルーザーは『シールド』だ。中のクルーは無事にちがいない」

 無線機を通じて聞こえてくる会話から、自分が巻き込まれた百年前の事故を思いだした。会話の内容があのときとまるで同じではないか。今回衝突してきたのはトレーラーではなく、飛来してきた巨大なスペースデブリ、つまりゴミだったが。


 百年前の事故で私は改良点を悟った。出火に対する備えは、消火設備を搭載することで解決できた。クルマの安全性を限界まで高めたら、あとは人体の安全性を限界まで高めるしかないということになる。そこで私は体のすべてを機械化し、向こう三百年は生きられる体を手に入れたのだ。見た目は人間に見えなくなったが、安全のためには仕方のない犠牲だ。ここまでやれば、もうヒトもクルマも改良点はないだろう、私は自信をもっていた。


 百年前と同様に救助隊が来てくれた。うれしくなった私は無線機から話しかける。

「助けにきてくれてありがとう」

 外からの返事を待ったが何も返答がない。外の会話は聞こえてくるのに、こちらからの呼びかけには反応がない。通信機が故障して、あちらには聞こえていないようだ。


「バイタルサインセンサーに反応なし、ハートレートモニター反応なし、船内カメラに映る人影なし、無線通信に反応なし。生存者なしですね」

「おかしいな『シールド』だぜ、誰も生きていないなんて」

「ともかく生存者がいない以上、こいつは破壊しないといけない。頑丈な『シールド』は危険なスペースデブリになるからな」


 船外で交わされる会話に私はゾッとした。

 通信機へ向かって叫ぶ、

――ここにいるぞ、生存者が!

 まったく反応がない。


 私は通信機がウチの会社の製品でないことを思いだした。クルーザーの『シールド』本体は完璧でも、周辺デバイスが完璧ではなかったのだ。せっかく改善できるポイントを見つけたのだ、それを解決せずにこのまま死んでしまっては後悔してもしきれない。


 私は気持ちをぐちゃぐちゃにして叫ぶ。

――おーい! 助けてくれ、改良点が見つかったんだ!


 返事は救難艇から発射された、まばゆい一条のデブリ破壊ビームだった。


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どんな事故も安心 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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