第5話 紅葉を聴取する

 野沢のざわ紅葉もみじは畑にいた。

 学校で「野外活動服」とか「第二運動服」とか呼んでいる服を着ている。普通に言うとジャージだ。

 野沢紅葉は「地域人材育成科」というコースの生徒で、このコースには農業実習がある。成美なるみは、その実習用の畑に紅葉を呼び出したらしい。

 実習の時間ではないので、ほかの生徒はいない。

 海から寄せてくる波の音がずっと響いている。その海に近い高台にある畑の木陰で、成美と瑠音るねが紅葉に対して「聴取ちょうしゅ」を行っているという格好だ。

 野沢紅葉は、太り気味なのはその長岡満桜子と同じで、満桜子ほども背丈のない、かわいらしい感じの子だった。口をだらっと開いたときに見える犬歯けんしがその印象を強めている。

 「ああ、そんな話、してましたね」

 紅葉は言った。

 「恒子つねこさんが怒り出して、タイツ脱がされて巻き上げられちゃった、はっはっはっ、って」

 笑って言ったのか!

 「満桜子まおこがその話をした相手は?」

 成美は、取り調べをする刑事のように、鋭くきく。

 「みち、ぐらいですかね?」

 山下やました通のことだ。

 「尾久山おぐやま初美はつみは?」

 これは、あの清楚少女の丹羽にわ柚子ゆうこが調べることになっている相手だ。

 「直接は聞いてないけど、満桜子、初美とは仲いいですから、言った可能性は高いですね」

 「末廣すえひろ晶菜あきなは?」

 「聞いてるかも知れませんけど」

 「じゃあ、初美か晶菜がまただれかに話す可能性は?」

 「あ、初美はわかんないですね」

 成美の言いかたが緊迫していくのに、返事をする紅葉はずっとマイペースのままだ。

 「晶菜は言わないでしょ。他人の秘密を人に漏らすような子じゃないから。あ」

 何か思いついたらしい。

 「初美だってそうなんですけど、もしかすると、事態の深刻さがわかってないかも知れないから」

 つまり、「他人の秘密を人に漏らすような子じゃないけど、漏らしてはいけないくらいに深刻だということがわかってない」ということだ。

 成美がきく。

 「紅葉自身は? だれかに話した?」

 その事務的に「きりきり聴く」という様子がやはり刑事っぽい。

 「話してないです」

 でも、紅葉は不愉快がりもせず、普通に答えた。

 「ほら。あれって、経験者じゃないと、話がわからないじゃないですか?」

 そのとおりだ。よくわかっている。

 ……って?

 「ってことは」

と瑠音は身を乗り出していた。

 「紅葉も経験者っ?」

 その質問のしかたでよかったのか、と思ったけれど。

 「あ、もちろん」

 悪びれもせず。

 紅葉は笑った。

 目を細めて。

 紅葉という女は!

 「ほら、わたし、こんな体型じゃないですか? 先輩たちと違って」

 「ああ」

 つまり、太っている、ということだろうけど。

 「うん」

 うん、と肯定してよかったのか?

 「だから、全身、きゅっ、っていうのはないですけど」

 あれは……。

 あれは「全身、きゅっ」と言うのだ。

 あの……。

 瑠音がやられた、あれは。

 「でも、お尻、で回されましたね。ぷるんぷるんだね、とか言って」

 ああ!

 これは、たしかに、畑の木陰でしか、話してはいけない内容だろう。

 「でも、恒子さん、不公平ですよねぇ」

 瑠音が半分以上硬直しているのにも気がつかないらしく、紅葉は言う。

 「自分のお尻は触るの絶対に許さないくせに」

 「ああ。やっぱりそうなんだ」

 瑠音は安心した。緊張が抜ける。

 恒子さんは、瑠音の手が恒子さんの下の下着に触れると、いきなり冷めてしまう。

 最初のときを含めて二度ほど経験して、気づいた。

 でも、それは瑠音だけではなかったのだ。

 「瑠音」

 成美にたしなめられて、瑠音は、あっ、と思った。

 秘めておかないといけなかったのに……。

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