第4話 ミッションの基礎知識

 成美なるみの説明では、向坂さきさか恒子つねこさんについての一般生徒のイメージは三つに分けられるという。

 「ぼーっとしてる子」または「特別な印象のない子」、「有能」または「成績がいい子」、そして「美人」。

 瑠音るねには、恒子さんが「ぼーっとしてる子」というイメージは理解できないけど、中学生のころはそんな感じだったらしい。だから、中学校での恒子さんを知っている子には、そのイメージが浸透しているという。

 「有能」なのもわかる。「成績のいい子」もわかるけど。

 「でも、生徒会の外、いや、生徒会でも役員と一部の一般委員を除けば、恒子が美人だと思ってる子は、案外、少ない」

 「えっ」

と瑠音は反応する。

 とまどう。

 「あんな」

 瑠音のばあい、直接にそう表現するのは気が引けるけど。

 「美人なのに?」

 「私服ならね」

 成美はそう反応した。

 「せめて夏服だと向坂恒子の美人さは引き立つけど、この紺の冬服はだめだよ」

 「ああ」

 同意する。

 恒子さんの明るい髪の色、涼しげな目もと、ピンクの唇……。

 そして、きれいでつややかな肌。

 そのほとんどをこの冬服は覆ってしまい、台なしにする。

 地味な瑠音には似合うけど、恒子さんには似合わない。

 「だから、あの美人さに気づくのは、生徒会でいっしょにいる時間の長い子、つまりわたしたちだけ」

 つまり、成美も、ということだ。

 「で、ここからが問題だけど、タイツ取り上げられた話が通用するのは、その美人さに気づいてる子だけ。とくに、無関心層にそんなの言ったら、言った本人のイメージも恒子のイメージも大打撃を受ける。その長岡ながおか満桜子まおこっていうのが、そのことに気づいてないとは思えない」

 「うん」

 「だから、満桜子が言いふらした、って言っても、知ってるのはその範囲だけだろうけど、問題はさ」

と成美は瑠音を振り向いた。

 「その、言われたほうもそこまで慎重か、ってこと。または、言われたほうが悪いやつだったら、わざとだれかに話して、恒子さんとその満桜子のイメージダウンを図るかも知れない、ってこと」

 瑠音は驚いた。

 「じゃあ、その、野沢のざわ紅葉もみじがそういう子だ、ってこと?」

 これから会いに行く野沢紅葉が。

 「わからない」

 成美はとても簡潔に言った。

 「ま、瑠音が相手だから言うけど」

と、成美は少しためらいを滲ませた。

 続ける。

 「満桜子が、自分がタイツ取り上げられた、って言って回った動機」

 「動機」と来た。

 犯罪みたいだ。

 で?

 「動機が?」

 「つまり、恒子がああいうことをやってる、または、これからやりそうな相手に、自分はタイツを取り上げられるところまでやってますよ、だからあんた以上だよ、ってアピール」

 「ええっ!」

 瑠音は大声を出してから……。

 ここが学校の外でよかった、と思った。

 成美は、笑って見せる。

 短いあいだだけ。

 「瑠音がブラ取り上げられた、って自慢しないのはわかってる。それは秘めておきたいから」

 「うん」

 秘めておきたい、というより、恥ずかしいから、だけど。

 でも、たしかに、「秘めておきたい」という気もちもあった。

 恒子さんと「ああいう関係」、いや、「ああいうことをする関係」であること自体を。

 「ところが、満桜子って外向き志向の子でね。秘める、っていうよりも、独占することで、自分の満足度を高めたいんだ」

 「独占、って」

 独占は禁止だ。独占禁止法っていうのがあったと思う。

 ここは恒子さん独占禁止法を制定しなければ。

 「恒子さんを?」

 瑠音の言いかたは、とげとげしかっただろう。

 「まあ、恒子とのあの関係を深められる地位とか立場とか」

 成美は難しい言いかたをした。

 「いや」

 ……ということは。

 それは、やがて、成美や瑠音にもその攻撃が向いてくる、っていうことだ。

 独占したいなら、当然、そうなる。

 でも、成美は瑠音にその先の質問をさせなかった。

 「だから、その野沢紅葉に対して、その満桜子がどこまで競争心を持ってるか、そして、紅葉のほうがそれにどう反応してるか。そのへんが、ポイントになるね」

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