さよなら営業事務部。

 さっきまで部長に何とかこの異動を取り消しにできなかと頼み込んでいたのも無駄に終わり、無事に部署異動が決まった。

 渋々デスクの荷物を片付ける。


「あ、橋本部長おはようございます! 田中さんは……あ! やっと異動決まったんですね!」


 年下の可愛らしい女性社員に声を掛けられる。

 いつもは挨拶なんてされないのに、移動直前になって声を掛けるなんて……。

 これからこの娘とワンチャンあったかもしれないのに……。クソッ、何でこんなタイミングで異動なんだよ。 


「あ、ああ。佐山さんおはようございます。そういえばなんで異動の事知ってるんですか?」


 俺ですら、今朝聞いたばっかりなのになんで知ったたんだと思い、素直に疑問を付けてみる。

 すると佐山さんは何か一瞬だけ焦ったような表情を浮かべ、橋本部長の方に視線を向けた。


「佐山さん?」


 俺が声を掛けても聞こえていないかのように、部長の方に何か懇願するような視線を向けている。

 あれ? 部長と佐山さんってそういう関係……?

 と、脳内に嫌な想像がちらついてしまいそれを振り払うように頭を振っていると、部長から声を掛けられる。


「ほら、田中君早く移動しないと始業時間に間に合わないよ? それに早くしないと他の従業員の子たちも来ちゃうからちゃっちゃと準備しな?」


「ちょ、部長……ひぃっ」


 部長はなぜか笑顔だった。

 目は笑っていない。

 笑顔だというのにその部長から放たれるプレッシャーは先程よりも重く俺にのしかかる。


「どうしたんだい、田中君。早く移動の準部を終わらせたまえよ」


 刻一刻と放たれるプレッシャーは強烈になっていき、耐え切れなくなった俺は無言で準備を進める。


 段ボールにいろいろ詰め終わるころには始業の10分前になっており、ほぼ事務部の社員は出勤を終えていた。

 最後にあいさつでもと、部長の方に歩いていく。


「あの、部長今まで本当にお世話になりました。また部長と一緒に仕事が出来る日がくればなと思ってます。今までありがとうござ――」


「ああ、はいはい。わかったから。建築設計部の犬童いんどうさんによろしくな」


 ちらりと一瞥だけ向けた橋本部長は立ち上がりどこかに消えてしまった。

 

 なんとなく居心地の悪くなった営業事務部から、とぼとぼと歩いていく。

 段ボールを抱えて移動先のあるフロアに向かっていくが、その途中誰にも声を掛けられることは無かった。

 



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