第7話
いつもより早めの目覚ましを止めるとき、視界に入った鮮烈な桃色にチエは言葉を失った。急いで開け放った窓から顔を出す。はらはらとその身を散らしながらも咲き誇る桃色は、まぎれもなくあの桜の木の花だった。風に舞う花びらを見つめるうちに、視界はぼんやりと滲んで、瞬くたびにチエの頬を熱いものが伝う。目尻に触れた、薄く柔らかいひとひらが、彼女の涙を拭うように、雫ともに手の甲へと零れ落ちる。
――初めてこの家に来たとき、話し掛けてくれたのは、あなたなんでしょう。
チエがこの家に越してから感じていたのは、誰かが傍で見守ってくれているような温かさだった。いまはもう朧気にしか思い出せないあの和服姿の男性の儚さは、舞い散る桜によく似ている。
指先で涙を拭って、何度も瞬きをしながら、チエは満開の桜を目に焼き付けた。これからどんなことがっても、自分を見守ってくれた桜の姿を思い出せるように。
その涙を拭わせて 北野椿 @kitanotsubaki
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