転送は受話器と共に!行こう、暇だから
ツカサレイ
第1話 電話ボックスの世界
東京のネオンに色はない。そう思わせるのはやはりその発展具合かもしれない。
今私が乗っている電車もそうだ。轟音が空を唸らせ、車輪は回る。力の駆動は気づかない間に人間の力から電気や資源に移った。移動は随分と楽になったが、本来起こりうるはずの偶然の出会いは無くなった。
もし歩いていたら道中で知らない男の名を知ることもできたかもしれない。はたまた、道に迷っている田舎娘とのドキドキもあったかもしれない。
今日にあるのは枯れた人の心とアイデンティティを無くした量産型の人間だけ。
通り過ぎる茶髪の人間がまた通りすぎる。駆けて行ったスカートの短い少女がまた駆け抜ける。
同じ人間。同じヒト。
つまらない。
そういうヒトをヒトと思えない。それはまるでヒトの亜種だ。原種は自分だ。自分がオリジナルだ。
だからつまらない。東京はこんなものだ。
東京のネオンに色はない。
いつものルートで誰もいない部屋に帰る。亜種にまぎれて原種が通る。気づけば周りは亜種ばかり。もはや亜種が原種のようにさえ思える。
そんな中で私は帰路、電話ボックスを見つけた。いつもならこんなものに興味は示さない。なぜって。どこにでもあるから。特別でもなんでもないから。
でもこの電話ボックスは違っていた。だから目に留まった。
この電話ボックスは都会の中にも関わらず、電気がついていない。真っ暗闇の箱だった。
この大都会で初めて見た光景だった。私は目を釘付けにされた。なぜか、どうしてか全神経が信号を送って、血が熱くなってくる。
道の真ん中で立ち尽くしていた。周りのことなど視界に入っていなかった。
「どけよッ‼︎邪魔だなクソが!」
不意にくらった暴言。そして肩にあたる衝撃。私は現世に戻された。
辺りを見渡す。ヒトは通り過ぎて、誰一人として暗闇の電話ボックスに目を止めるヒトはいない。自分だけ。
このことに関しては自分が亜種だ。自覚する。
そして、近づいて中を覗いてみる。
何もない。いや、何もではないが特に変わったものはなかった。黄色い電話帳が受話器の下に隠されて、中は寒そうだ。
私は何を思ったのか知らないが中へ入ろうと決心した。周りをじろじろ見渡して、人通りがすくなった時を見計らってサッと侵入した。ドァは軽かった。
中はそれほど寒くなかった。それどころか少し暖かい。ずっと広い空間を歩いてきたから狭い空間に入ると心が落ち着く。きっと君もそういう体験はあるはずだ。空間が狭いと落ち着くが、肩身が狭いのはいけない。なんてったって、生きづらいからな。
少し落ち着いてからそっと受話器をとってみる。ダイヤルを回し、誰もいない自宅へ電話をかける。受話器の中から聞こえるコールサウンドが心を高揚させる。もし誰かがでてくれたら、もしも向こうから声がきこえたら…私の帰る場所は孤独じゃないって証明になる。
5コール。6コール。そして7コール。
誰も出ないよな…。
悲しくなって受話器を下ろそうとした。
9コール。10コール。じゅうい…
「パンパカパーン‼︎ハァい!貴方はこの電話番号にかけた記念すべき第1人目デェス‼︎そんはめでたい吉男には特別。こちらの世界にご招待しまぁす‼︎」
急に受話器の奥から聞こえてきた声に驚いて持っていた受話器を離してしまった。ぶらんと垂れる受話器の紐。
いきなり元の世界に戻された反動で、心臓がキュッとした。受話器を離すと静かだ。
そして気がつくと真っ暗だった電話ボックスの中はギラギラするネオンで染まって、チカチカする。
眩しくて見えない。真っ暗がいきなり眩しくてなって、黒が黄色になって、ピンクになって、紫になって、また黒くなって。
グゥうううぅッッ‼︎
目が開けられない。眩しい。眩しい。眩しい。眩しい‼︎
まるでこの電話ボックス内が陽のように眩しく、色のない数多の閃光が目を突き刺した。そして、次第にその色は落ち着きを取り戻していき、やがて思い出したかのように真っ暗闇に戻った。
そしてまた受話器から聞こえる快い声。
「さァさァ、いらっしゃい‼︎ここは終点逢魔。逢魔でございまァす‼︎」
「おいおい、なんだよ‼︎どうなってやがる‼︎」
猛った声を上げたつもりだが、もうそれ以上受話器からの返答はなかった。天井を仰いだ。
はッと思い外を出ようとする。入る時はありえないほど軽かったドァがとても固くなっていた。
ギギィィとなって外側へ開いたドァから見えた景色は異様な非現実への入り口だった。
夜の東京。少なくとも電話ボックスに入る前の記憶はそうだ。しっかり覚えている。ヒトの亜種に幻滅し、夜の街をぶらぶらしていたのも。
なのに、なのに…。
眼前に見えるのは荒れ果てた荒野。倒れた母屋。灰のふる空。石綿の電話ボックス。
仄暗い煙。
世界は哭いていた。
転送は受話器と共に!行こう、暇だから ツカサレイ @TsukasaReiji
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