意外な才能

葵月詞菜

第1話 意外な才能

「うう〜ん、難しい……」


 ナコはまだほとんど物が入っていない棚を前に腕を組んで立ち、唸った。

 先日、この殺風景な部屋にやってきた新入りの家具だった。中古リサイクル商品の中から選んだ品だが、十分綺麗だった。

 さらにはかわいいもの好きの少女に思い切りデコられた結果、正直この部屋では浮いた存在となっている。――現実逃避したい時にこのメルヘン味のある棚を見るのがおススメだ。

 足元には教科書やノートの山がいくつか出来上がり、その他筆記具や雑貨といった細々した物が床に散らばっていた。

 これらは全て段ボールに入れて押し入れにしまっていたのだが、どうせだから棚に移動させようとひっくり返したらこの様だ。


「順番ミスったなあ」


 なぜ少しずつ出して棚に入れていこうとしなかったのか。

 どうして先に物を全てぶっちゃけてしまったのか。

 今さら後悔しても後の祭である。

 唯一棚の上に陣取っているうさぎのぬいぐるみが、円らな瞳でナコを見つめていた。


「まあ、とりあえず詰めていかないとね」


 自分に言い聞かせるように呟き、気を取り直して近くの本に手を伸ばそうとした、その時。

 ノックの音と同時に部屋の扉が開いた。


「うわ、何だこのぐちゃぐちゃ!」


 ノックの意味を知らないのか忘れているのであろう誰かさんは、来て早々赤裸々な感想を飛ばした。

 

「――セツ」


 ナコは半眼で彼を一瞥した。

 彼はここ『うさぎ荘』の住人で管理の任も受けている兄弟の片割れだ。兄と違って口と態度がでかく、ナコにもたまに意地悪だ。

 セツは信じられないものを見るかのようにその散らばってぐちゃぐちゃになった部屋を見回した。


「なるほど。こういうのを足の踏み場もないって言うんだな」

「セツの足は大きいから困るだろうけど、私はそんなことないよ」

 精一杯の嫌味で返してやると、セツが軽く肩を竦めた。


「それ自慢げに言うことじゃねーだろ」


 仰る通りで。ナコも今度は言い返す言葉なく溜め息を吐いた。


「それよりどうしたの? 何か用があったんじゃ?」


 わざわざ彼がこの部屋までやって来たのだから何か余程の用かと思ったが、


「いや、ずっと部屋に閉じこもってるから、そろそろ休憩でもどうだって思っただけだ」

「え?」


 彼にしては珍しくまともなことを言ったのではなかろうか。驚いているナコを見てセツは隠しもせず舌打ちした。


「――レイがおやつにケーキを焼いて行ったんだが、食べる時はお前と分けろって言ってたからな」


 これで一人で食べたってバレたらブチギレられそうだ、とため息をつく彼にナコも一気に白けた気分になった。

(レイにブチギレられれば良いのでは……?)

 わりと本気でそう思ってしまった。口にはしなかったけど。


「――まあ、それはともかく。こんな状態で休憩はちょっとな」


 セツが改めて部屋の惨状に唸る。


「今回は特別に手伝ってやるからさっさと片付けようぜ」

「え、手伝ってくれるの?」


 素直な謝礼より訝しむ視線を送ったナコにセツが若干眉を寄せる。


「お前なあ。こういう時は素直にありがとう、だろ」

「それ自分で言っちゃうとこがセツだよね」

「トキにも頼まれてたからな」

「!」


 彼の兄の名前にナコは目を見開いた。


「じゃあありがたくセツに手伝ってもらうことにする」

「トキの名前出した途端態度変えんな」


 セツが呆れたように笑い、その場にしゃがんだ。まずは手近な本の山に手を伸ばす。


「まずは本から入れて行くぞ。雑貨は後だ」

「う、うん」


 あんなにどれから手をつけていいか分からない状態だったのに、次々と飛んでくるセツの指示を聞いて動いている内に床の移動可能面積が増えていった。


「セツ、意外と整理が上手い」

「意外とは余計だ。だいたいオレは元から整理整頓する側の人間だ。むしろトキの方が手に負えない」

「うそ」


 また意外なことを聞いてしまった。ポカンとして固まったナコに「アホ面」と容赦なく言い捨ててペン入れを渡してくるセツ。


「そうか。お前オレらの部屋知らねえもんな」


 セツが呟いて、最後の雑貨を棚に収めた。

 見事、綺麗に整理された棚が目の前に出来上がっていた。


「しっかしこの棚、この部屋に浮いてんなあ」

「同感だけど、レイが頑張ってくれたから文句言わないで」

「レイの趣味丸出しだな」


 セツは棚の上のうさぎのぬいぐるみの耳を指で弾いた。


「あ、ちょっとセツ、その子いじめないで」

「はあ? いじめてねーよ。これか、トキに買ってもらったのは」

「うん」


 ナコが物欲しそうにしてたのがバレ、見兼ねたトキが買ってくれたのだ。この部屋で唯一の友達だ。

 セツは「ふーん」とどうでも良さそうに相槌を打ち、手をパンパンと叩いた。


「よし。片付けも終わったしケーキ食いに行こうぜ。駄賃としてオレの方が多めな」

「ええ! ズルイ! ……けど、今回は仕方ないか……」


 事実手伝ってもらった手前、あまり強くは出られない。悔しい気持ちと少しだけ感謝している気持ちとで複雑なナコの頭にコツンと何かが当たった。


「冗談だ。オレはそこまで大人気おとなげなくない」


 軽く握った拳を揺らしてセツがあははと笑う。その笑い方は兄のトキと似ていた。

(セツは十分大人気ないと思うけどな)

 心の中ではそんなことを思ったが口にはしないでおいた。また余計なことを言ってケーキが少なくなってはたまらない。


 二階から一階に降りると、セツは何を思ったか食堂には行かずに彼らが普段いる部屋へと向かった。


「セツ?」

「お前に証拠を見せてやろう」

「?」


 セツが手招きするので、そろりとその後をついて行った。

 一階の奥に彼らの部屋がある。ナコたちの部屋とは間取りが違って広い。

 セツは廊下に面したその扉を開けた。

 次の瞬間、さあっと風が通る。奥の窓が開いているらしかった。

 入ってすぐの部屋は至って普通だった。ナコの部屋程殺風景でないが、少なめの家具ですっきりとした印象だった。


「普通に綺麗じゃん」

「そりゃあな。ここはオレが片付けて掃除してるからだ」


 セツが小さく溜め息を吐き、さらに奥の部屋へと向かった。


「!」


 襖で仕切られた部屋に足を一歩踏み入れ、ナコは言葉を失った。

 壁一面の本棚にぎっしり詰まった本。古本も多いのか色が変わっているものも少なくない。

 そして入りきらない本が床に積まれ、何山もできている。

 窓側に寄せられた文机の上も筆記具や紙が散らばって、新たに物を置くのは難しそうな状態だった。


「……誰の部屋?」

「トキの部屋」


 セツの即答にナコは黙る。


「いや、まあ正確にはオレの本もあるし二人で共用してるけどな。でもほとんどセツが使ってる部屋だ」

「……トキ、まさかここで寝てるの? 危ないよ?」


 地震などあれば一発で下敷きになりそうだ。想像して青褪めたナコにセツが「いやいや」と手を振った。


「安心しろ。寝室は別だ。あいつは二段ベッドの上だから、まあ天井が落ちて来ない限りは大丈夫だ」

「そっか……」


 心からほっとしてしまった。そんなナコをセツは呆れた顔で見ていた。


「これで信じたか。トキもお前に負けないくらい部屋をぐちゃぐちゃにする天才だ」

「私別にそんな才能ないよ」

「気付いてないだけだ」


 うれしくない。ナコが複雑な顔になったのを見てセツは笑う。


「じゃあ今度こそケーキ食いに行こう」


 セツがくるりと踵を返す。ナコもそれに続こうとして、ふと部屋の中にふわふわの物体が埋もれているのを見つけた。


「セツ、あれ……」

「あ?」


 その物体に近付いてみると、そのふわふわしたものが微かに動いた。


「え!」


 ナコが目を見張る前で、何か気配を察したのかがむくりと体を起こす。


「うさぎさんだ!」


 白い毛に覆われた、長い耳と丸っこい尻尾をもったうさぎだった。


「うさぎさん飼ってたの?」

「そんなバカな。いやまさかトキのやつ、オレに内緒でまた……」

「また?」

「あいつ、動物とか色々拾って来る常習犯だから……ああ、ある意味お前たちもか」


 セツが大きく息を吐き、白いうさぎを抱き上げようとした。だが、うさぎはその手を避けるようにぴょんと跳んだ。


「な、お前っ」


 うさぎは信じられないようなスピードで逃げ出し、入って来た扉の方へ向かって行く。

 ナコとトキが慌ててその後を追って行くと――


「何やってるんだ、二人とも」

「! トキ!」


 ナコとセツの声が重なった。

 追いかけていたうさぎはトキの胸にダイブしたのか、今は気持ち良さそうに背中の毛を撫でられている。


「ナコまでどうしてここに?」

「……お前の部屋の惨状を見せてやろうと思ってな」


 セツが正直に白状すると、トキの微笑みが固まった。


「セツ、俺はナコの片付けを手伝ってあげてって言ったけど、俺の部屋を公開しろとは言ってないよ?」

「ああ。オレはちゃんと手伝ってやった。それでナコが自分の片付けスキルのなさに凹んでたから、お前の部屋で励まそうと思ったんだ」

 いけしゃあしゃあと答えるセツにトキが困ったように眉を顰めた。


「全くお前は……ああ言えばこう言う」

「昔からだな。諦めろ」


 あははと笑うセツは逞しいのか何なのか。ナコは少しトキに同情してしまった。


「あ、あの、トキ。勝手に見せてもらってごめんね」

「いや、全部セツのせいだろ。ナコは気にしなくて良い」


 トキはナコに対しては微笑み返し、腕の中のうさぎの耳をくすぐった。


「ちなみにトキ、そのうさぎは何なんだ?」


 セツが笑いを引っ込めて冷静に訊ねた。


「ああ、昨日買い物帰りについて来ちゃったから一晩寝床を提供したんだ」


 トキは平然と答えた。今度はセツが神妙な顔になる番だった。


「お前はいつもいつも何だかんだと動物その他諸々を連れて来て……!」

「はは。それも昔からのことだろ。諦めるんだな」


 さっきのセリフをそのまま返した兄に頭を抱える弟。

 ナコはただ二人のやり取りを見ているしかなかった。


「まあこの町には猫よりうさぎが多いくらいだから」


 そう、ここあべこべ兎毬町は町のいたる所にうさぎがいるのだ。狭い公園の端、陽の当たる芝生の上、どこかの家の庭……呑気に寝そべっている姿をよく見る。


「そういえば、レイが作ってくれたケーキは食べた?」


 トキの言葉にナコとセツははっとした。そうだ。ケーキを食べに行くところだったのだ。


「じゃあお茶にしようか」


 トキがうさぎを抱いたまま廊下へとUターンする。ナコもその後に続いて彼らの部屋を後にした。


「で、ナコ。棚は片付いた?」


 トキが訊いて来たのでナコは小さく笑って、セツに聞こえないようそっと囁いた。


「セツが整理整頓上手すぎてびっくりした」

「あいつ、上手いよなあ」


 トキも密やかに笑った。


「また出来上がった棚見せてもらおうかな」

「! うん。……またぐちゃぐちゃになる前に見てもらった方が良いかも」


 セツまでとはいかずとも、ナコももう少し片付けられるようにならなければ。

 トキが「うーん」と少し考えて、言った。


「よし、じゃあ次ぐちゃぐちゃになったら、俺も手伝おう」

「……私の前にまずはトキの部屋では?」


 正直な感想を返すと、トキが虚を突かれたように目を開く。


「――そうだね。まずは俺の方か」


 そして慰めを求めるように、またうさぎの毛を撫でたのだった。


 

Fin.

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