お好み焼きの作り方
葉月りり
第1話
終戦から二年、まだまだ日本は貧乏で、それでも子供達は小さな楽しみを見つけながら頑張って生活していた。
「ねえ、ヒロミちゃん、ハルちゃん、お好み焼きって食べたことある?」
「えー!なにそれ、美味しそう!私、食べたことないよ」
「私も初めて聞く料理だよ。クニちゃん食べたことあるの?」
ヒロミとハルコとクニヨは仲良し同級生。一緒に尋常小学校を出て、一緒に女学校に入って、女学校がバカらしくなって一緒にやめちゃって、今は三人とも家事手伝いという身分。
三人とも家は農家だから、仕事はいくらでもある。今だって八幡様の境内でおしゃべりしながら、弟妹たちのことを見ていて、ハルコは赤ん坊をおぶっている。でも、そんなことは苦労だとは思わない。だって、みんな同じだから。みんな一緒ならそれがあたりまえだった。
「この間、東京にお嫁に行ったおばさんが来てさ、美味しいもの作ってあげるって材料持ってきて作ってくれたの。それがお好み焼きっていうやつで、美味しくてさ」
と、クニヨはうっとりとした目をして頬を両手でおおう。
「わー、いいなー。東京のおばさんが作ったなんて、ハイカラな料理だったんだー」
ヒロミとハルコは初めて聞く料理に興味津々だ。クニヨはちょっと得意そうに
「それがさー、作るの見てたらなんか私にも作れそうだったのよね」
「えー、クニちゃんが?」
「クニちゃんがーってなによ。でもね、メリケン粉を水で溶いて、卵とキャベツとネギと豚肉を入れてぐちゃぐちゃに混ぜてフライパンで焼くだけなの」
ヒロミとハルコはちょっと引いた。
「ぐちゃぐちゃって、食べ物に使う言葉?美味しそうに感じないんだけど」
「でも、そうだったんだもん。でね、おばさんが持ってきたソースっていうのを塗って鰹節かけて食べるの」
「ソース?」
ヒロミとハルコは想像がつかない。
「洋風のしょうゆみたいなものよ。でもそれが美味しいの。でさ、明日、私が作るから、食べに来ない?」
聞けば明日はクニヨの父と母は親戚の法事に呼ばれていて、弟たちとばあちゃんの昼ごはんを頼まれているのだという。
「いつもは母ちゃんがいない時はばあちゃんが作ってくれるんだけど、ばあちゃん、腰痛が出ちゃって長く立っていられないんだ。で、私がやることになったの」
「わー、行きたい!ねぇ、この子おぶってっていい?」
「私も、学校行ってない下二人、連れてっていい?」
「いいよー。うちだって学校前が二人いるし」
三人とも兄弟の面倒を見るのが主な仕事だ。女学校を辞めてしまってからは、特に家の仕事を手伝うことが多くなっていた。
「嬉しいな。肉なんて、ここしばらく食べてないわ」
と、ハルコが言うとクニヨがあっさり、
「肉はないよ」
ハルコとヒロミはあれっ?と言う顔をして
「え?さっき肉が入ってるって」
「肉ったって少ししか入ってなかったから、なくても大丈夫かなって思って。ソースがあるから大丈夫」
ハルコとヒロミはちょっとがっかりした。キャベツとネギとメリケン粉だけか。それってすいとんと同じ材料じゃん。でも、三人で食べればなんでも美味しいよねと、気を取り直したところで、ヒロミが提案した。
「塩イカでもいれようか」
「あ、いいんじゃない?うち、肉のかわりに塩イカでカレー作ったりするよ」
ハルコが賛成した。クニヨもなんか違うものになりそうな気がしたけど、イカは好きなので大きく頷いた。
「おととい、父ちゃんが塩イカいっぱい買ってきたから一枚もらって、今晩塩抜きして持っていくよ」
と、ヒロミが言うと、ハルコは
「じゃ、うち、この間から鶏増やしたから卵持ってくるよ」
クニヨは、
「よーし、頑張ってつくろうね!」
ヒロミとハルコは、あれ?なんか体よく手伝わされるんじゃない?と、一瞬思ったけれど、三人でやればいつだってなんだって楽しく出来たし、明日もきっと面白い!
「おー!がんばろう!」
と、三人は拳を上げた。
次の日、ヒロミとハルコはモンペに割烹着で弟妹を連れ、塩イカと卵を持ってクニヨの家に来た。小さい子が五人いたが、庭で遊んでいてもらうことにして、赤ん坊は少しの間ばあちゃんに見ててもらうことにした。
ヒロミとハルコがクニヨの家の台所に行くと、かまどの一つは薪がくべてあって、もう一つは熾になっていて、お汁の鍋がかけてあった。クニヨは大きいアルマイトの鍋に粉と水を入れて、菜箸を六本使ってぐるぐるかき回していた。その周りはすでに粉だらけだ。
「あ、ヒロミちゃん、ハルちゃん!」
「クニちゃん、はい、コレ塩イカ」
「ありがと、ヒロミちゃんその塩イカ、細かく刻んで、ハルちゃんはキャベツね」
いらっしゃいでもなく、いきなりの指示。返事をする間もなく二人は包丁を持った。そこは家事手伝い、包丁も慣れている。次はネギ、次は卵割ってとクニヨの指示が続く。刻み終わると、ここに入れてとメリケン粉をねった鍋を差し出す。
「コレをねー、ぐちゃぐちゃに混ぜる!」
結構な量の生地をクニヨはふうふう言いながらしゃもじで混ぜる。にちゃぬちゃ音を立てて混ぜているものは、決して美味しそうには見えなかった。
「このぐちゃぐちゃをフライパンに油を敷いて、平べったく焼く!」
かまどに薪を足して、油をひいたフライパンをのせる。そこへ生地をお玉に二杯。フライパンがジューと言って生地が広がり周りにプツプツ泡が出てきて、辺りに小麦が焼けるいい匂いがしてきた…と思ったらあっという間に焦げくさい煙が出てきた。
「クニちゃん!火が強い!すぐひっくり返して!」
「あ、うん、確かおばさんはこうやって」
クニヨはフライパンを跳ね上げて、生地を上へ放った。しかし、生地はフライパンに戻ることはなく、土間にべちゃっと落ちた。
「あーーー」
三人同時に叫んだ。
「どしたあー!」
座敷でばあちゃんも叫んでる。
「なんでもない、ちょっとこぼしただけー」
クニヨはばあちゃんに叫び返した。
「キャベツも塩イカも入ってたのにー」
と、がっかりしてると
「おーい、なんか臭いぞー」
またばあちゃんが座敷から叫んできた。
「ごめーん。ちょっと焦げただけー」
と、クニヨが答えると、
「ちがーう!あかんぼう!」
「あーっ!オムツ!」
ハルコが早々に戦力外になった。
そこへ庭にいた小さい子らが、台所に来て
「ねぇちゃん、腹へった。まだできないの?」
「お腹すいた、お腹すいた!」
チビたちはぎゃーぎゃー言うし、お好み焼きは一枚も焼けてないし、台所は散らかり放題でクニヨとヒロミはどうしようかとぐちゃぐちゃになりそうな頭で考えた。ふとヒロミは壁に中華鍋が掛けてあるのに気がついた。
「クニちゃん、あの中華鍋借りていい。で、こっちのかまども使うよ」
ヒロミは、熾になっていたかまどの鍋を外して隣のかまどから火のついた薪を移して、新しい薪も足した。そして壁にぶら下がっていた中華鍋をとってかまどにかけて油を敷く。
「フライパンと中華鍋、両方使えば流れ作業でいけるよ。クニちゃん、フライパンやって」
指示を出すのがヒロミに変わった。クニヨが片面を焼いて、ヒロミの持つ中華鍋にひっくり返して移してもう片面を焼く。
焼き上がったところでクニヨが流しの下からソースの瓶を出してきた。ソースを匙にとり、お好み焼きに垂らし、匙の背で丸く塗り広げる。周りから垂れたソースが鍋に触れるとジューと音がしていい香りが立ち昇った。それをお皿に移して掻いておいた鰹節をふんわり乗せる。
二人で片面ずつ焼いてなんとか七枚が焼き上がった。居間の卓袱台にお汁と一緒に運んだが、丸く焼けたものは一つもなく、あちこち焦げて見た目はぐちゃぐちゃ。だけど、ソースの香りは全てを包み込んで美味しそうな食卓が出来上がった。クニヨとヒロミで小さい子たちに切り分ける。
「ソースってすごいね」
「甘いような辛いような肉を焼いたときのような匂いもして、すごく美味しい」
「肉のお好み焼きも美味しかったけど、イカもいいね。美味しいね」
「もしかして、ソースかけたらなんでも美味しいんじゃない?」
「うん、ソースってホントすごいね」
「ちょっと!」
チビたちも夢中で食べている。赤ん坊にも潰してお湯で伸ばして口に入れてやったら気に入ったらしく、よく口を開けた。
クニヨとヒロミとハルコは、台所でため息をついている。流しはお皿やお碗が山になっていて、メリケン粉とキャベツの切れ端でぐちゃぐちゃだ。土間にはさっき落としたお好み焼きがそのまま。なぜか下駄の歯の後が付いている。
「ちゃんと片付けないとクニちゃんのお母ちゃん、怒るだろうね」
「だろうね」
「さっき手伝えなかったからさ、私やるよ」
「ううん、三人でやればすぐ終わるよ」
三人同時に割烹着の袖をたくし上げた。
おわり
お好み焼きの作り方 葉月りり @tennenkobo
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