笠地蔵(パロディ)

@jun770

笠地蔵

お地蔵さんの紹介


赤地蔵・六地蔵のリーダー。感情的。

黄地蔵・ポジティブ。

白地蔵・データ重視。

緑地蔵・クリエイティブ。

青地蔵・プロセス重視。

黒地蔵・批判的。





大晦日のことです。

空からは深々と雪が舞い降りて、地面に積もっていきます。

木々はこんもりと雪をかぶり、あたり一面真っ白です。


さく、さく、さく。

雪深い道をおじいさんが歩いてきます。


おじいさんの背には編み笠が五つ。

頭には手ぬぐいを巻いています。


数日前のこと。

「ばあさんや、編み笠を売って食べ物と正月の餅を買おう。」

「まあ、それはいいですね。」

おばあさんは笑顔で頷きました。

家には、お正月用のお餅どころか冬を越すための食べ物も十分にありません。

二人は、少ないわらをかき集めて、

せっせと笠を五つ編みました。


おじいさんが意気揚々と出て行ったのは今朝のこと。



「笠、売れんかったなぁ。」

食べ物もお正月用のお餅も買えませんでした。

おじいさんは家で楽しみに待っているおばあさんのことを思い、申し訳ない気持ちで歩いていました。


おじいさんがふと横を見ると、六人のお地蔵さんが雪をかぶって立っていました。

お地蔵さんたちは、それぞれ赤・黄・白・緑・青・黒の前掛けをしています。


「おやおや、こんな雪の中さぞお寒いことでしょう。」

おじいさんはお地蔵さんたちの頭に積もった雪を優しく払い、背負っていた編み笠をかぶせてあげました。


「おや、困った。笠が一つ足りない。」

赤い前掛けをしたお地蔵さんにかぶせる笠が足りません。


おじいさんは迷った末、自分が頭に巻いていた手ぬぐいをかぶせてあげました。

「じじの使い古しで申し訳ありませんが…」


おじいさんは六人のお地蔵さんの前で手を合わせました。

「ばあさんと二人、正月の餅を買ってやろうと編んだ笠です。

 心を込めて作りましたので長持ちすると思います。

 老人二人、年越しに食べるものも満足にありませんが、何とか冬を越せるよう見守っていてください。」


「では、良いお年を。」


さく、さく、さく。


「ばあさんに餅は買ってやれなかったが、良いことができた。」

家路に向かうおじいさんは穏やかな笑顔を浮かべていました。


おじいさんの姿が見えなくなった頃、お地蔵さんたちが話し始めました。


緑地蔵「感動した!!」

    マジ感動。恩返ししたい。

    もう、金銀財宝送りたい。」


白地蔵「いやいや、笠被されただけだよ?

    第一、笠も買えない俺らがどうやって金銀財宝送んの?」


青地蔵「恩返しはするにしても、限度があるって。地蔵に笠被せただけで一生もんの富授けちゃったら、あのおじいさんの為にならない。あの人は貧しいながら自分の力で生きてきた人だよ。そんなおじいさんに俺たちがさくっと金銀財宝授けちゃったら、おじいさんのこれまでの苦労に対する侮辱だね。」


黄地蔵「いやいやそんな難しいことじゃないでしょ。餅が欲しいって言ってたから餅あげればいいんだよ。」


黒地蔵「果たしてそれでいいのか?だってあのお爺さんだけに恩返ししちゃったらこれまでお供えしてくれた人たちにも何か返さなくちゃならないんじゃない?」


黄地蔵「うーん。そこから検討する必要があるのか。」


青「いや、そんな議論してたら年明けちゃうって。とにかく、あのおじいさんに恩返しをするのか、するならどの様な恩返しをするのか。これをまず考えよう。」


緑「恩返しはすべきだろう」

白「餅、これは最低限必要でしょう。本人の言質がある。」


黒「だから、あのおじいさんだけに恩返しするのは不公平だって。」


緑「いや、だって皆感動しただろ。ドラマがあったもん!」

黄「確かに。あのおじいさんにはちょっと幸せになってもらいたいねえ。」


黒「一時の感情だけで動いていいのか?」


黄「まあまあいいじゃないですか。年の瀬に幸せなエピソードの一つあっても。」


白「俺、経済的なことにあまり詳しくないんだけど、笠六つと手ぬぐい一枚って餅に換算するとどのくらいになんの?」

黄・緑・白・青・黒「……」


青「基本的にもらうばっかだからなぁ。」

黄「リーダーはどう思う?」

 「さっきから黙ってないで何とか言ってよ。」


緑「…リーダー?」

五人のお地蔵さんが赤い前掛けをしたお地蔵さんに目を向けました。


黄・緑・白・青・黒「リーダーめっちゃ震えてる!」


青「手ぬぐいの上に雪が積もってるからな。凍り付いて寒いんだろう。」


赤「手ぬぐい凍って超冷たい。カッチカチで取れない。ほっぺ痛い!!」


白「リーダー唇青!」


………

………


赤「俺も恩返し派だよ。他の人に不公平だっていう意見もあるけど、皆お供えくれるとき、ある程度の余裕があってくれるじゃん。あのお爺さんは餅も買えないくらい貧しいのにも関わらず俺たちに笠をくれた。自分が寒いのに俺に手ぬぐいまでくれたんだ。俺は素直に嬉しいって思ったし、恩返しをしたい。」


黒「売れなかった笠をくれたんだぜ。

  貧しくてわが身を削ったのとは違う。」


緑「手ぬぐいの件があるだろ!」


白「あのお爺さんは、年越しに碌に食べるものがないって言ってた。」


黄「自分たちがピンチなのに、俺たちに

  優しく接してくれたんだよ。」


青「俺はあのお爺さんが小さい頃から真面目に、一生懸命仕事してたのを見てる。人に優しくしてきたのを知ってる!」


赤「そうだよ!地蔵に笠被せたから、人生一発逆転って訳じゃないんだ。これまでもずっと徳を積んできた人なんだ!」


赤「…いま、報われてもいいんじゃないか?」


赤地蔵は真剣な顔で皆を見回しました。


黒「…まあ、いいよ。リーダーがそうしたいってんなら。いつも世話になってるしな」

黒地蔵は顔を逸らし、人差し指でほっぺを掻きながらポツリと言いました。


黒「で、恩返し派はどうやって何を返すつもりなんだよ。餅あげるったってどうやって手に入れんのさ?」


赤・黄・緑・白・青「……」


赤「俺の腕一本切り取って漬物石として売るってのは?」

黒「重いよ!色んな意味で重い!それに腕落とさなくってもどっかから石探してくればいいじゃん。」


白「笠で売れなかったんだから、

  漬物石はもっと売れないんじゃない?」


青「俺たちに必要なのはいまから数時間で餅を買えるだけの金を手に入れる方法を考えることだ。笠以上の商品を考えなくちゃ駄目なんだ。」


緑「笠ってそんなに売れないもんだとも思えないけどな。しかも、こんな雪の日だろ。ニーズもあったと思うんだよなぁ。…ああ、もう皆持ってんのか!」

黄「まあまあ、手段は市場だけじゃないし、何とかなるよ!」


赤・緑・白・青・黒「何とかねぇ……」


赤・緑・白・青・黒「……」

赤・緑・白・青・黒・黄「……」


赤「どうしよう…挫けそうだ。」


緑「…闇に乗じて盗みに入るか。」

黒「あのお爺さんに汚い金を使わせんのかよ!」


白「お金を盗むかはともかく、この辺りで一番お金を持っているのは殿さまだな。」


緑「そうだ!殿さまに笠の件を伝えよう!きっと感動して餅くらいくれるって!」


赤「それいいじゃん!ナイスアイディア!!」


黒「…おじいさんの話を信じてもらえるかな?俺たちだって妖怪変化と疑われるかも知れないだろ。」


赤「」


黒「……何だよ?」


黄「まあまあ落ち着いて。俺も殿さまはいいアイディアだと思うよ。それに黒の指摘も大事だね。勿論、やってみる価値はあるかと思うけど、信じてもらえなかったときの対策も用意しておかないと」


緑「話信じてもらえなくてもいいじゃん。

  そのときは『畜生騙せなかったか!こうなりゃ力ずくで!!』って金奪おうぜ。」


青「そうだな。まず正直に話してみよう。それで駄目なら緑のプランに切り替える。

いまから向かえば殿さまが寝る前に着けるだろう。」


赤「皆、異論はないか?」


黒・黄・緑・青「…おう!」 


赤「よし!出発しよう!!」


城ではお殿さまが夕餉を食べていました。


殿「あ?、今年も何事もなくて何よりじゃ。」

 「だが、少々退屈じゃのう。年の瀬に面白い事でもないものか…」


お殿さまは食事しながら、左手に持った大判小判を退屈そうに眺めていました。

お殿さまの趣味は貯蓄です。質素な生活をして貯めたお金を眺めるのが唯一の楽しみでした。

心ない家臣には「ケチじゃ、ケチじゃ」と陰口を言われていましたが気にしていませんでした。


赤「あの?。お食事中すいません。」


殿「うわっ!な、何者じゃ!?」


気がつけば殿さまの横に手ぬぐいを巻いたお地蔵さんが立っていました。

その後ろには編み笠をかぶった五人のお地蔵さんが控えています。


黒「ほら、行けよ」

黄「リーダー行かなきゃ。」

青「行けって」

赤「え?、あんなイケオジだと思わなかったもん。初対面でこんなお願いして、変な人だと思われたら超恥ずかしいし。」


白「リーダーって内弁慶なとこあるよな。」


黄「何で顔赤くしてんのさ」

黒「気持ちわりぃな!」


家臣1「何ヤツ!」


家臣2「何用で参った!?」家臣たちが色めき立ち、刀に手をかけました。


赤「あの?。僕ら、向こうの山の地蔵なんですけど…お餅が欲しくって。…あのぉ。」


殿「餅!?」


家臣1「ええい、怪しい奴め」

家臣1が刀を大上段に振りかぶり、赤地蔵めがけて振り下ろしました。


ギイン!!


くるくるくる…どっ!


刀が折れて、家臣2の傍の畳に突き刺さりました。

家臣2「うあああああ!!」



家臣1「硬っ!!」


白「地蔵だって言ってんじゃないですか。石ですもん。」


殿様「な、何ゆえ餅が欲しいのじゃ」


赤「理由かぁ、どうしよっかなぁ。」


殿・青・白・黄・緑「はあ!?」


赤「いや、最初は言うつもりだったんですよ?

でも何か、自分たちの力で手に入れたくなったっていうか。この話で感動して餅貰っちゃったら、自分たちの力で手に入れた感じしないって言うか。そんな餅をどの面下げてプレゼントしようって言うか。」


青「」


殿「ええぃ。気になるではないか!」

 「ワシ、地蔵が動いてるとこなんて初めて見たもん。」

 「地蔵がワシに餅を貰いにくる理由が知りたい!」

 「その理由、餅をやる価値は十分にあるじゃろう!」


お殿さまはびっくりしていつもの吝嗇ぶりを忘れているようです。


赤「えー。しょうがないなあ。」

お殿さまが催促するまでもなく、赤地蔵は言いたくて仕方ないようでした。


地蔵たちは、おじいさんのエピソードをお殿様に話しました。

確かに感動の話でしたが、地蔵たちが動いて、餅を欲する状況の前ではいまいちパンチが弱く、お殿さまはやるといった手前、

なんとも微妙な気持ちで餅をあげました。

上手く話せて気を良くした赤地蔵は他の食物も欲しがりました。

お殿様は引き笑いで家臣たちに言いました。

「干物、野菜、米たっぷりと与えよ。当分来んで良いようにな!」

家臣たちは、いつもケチなお殿さまの言葉にびっくりしました。


赤地蔵はもじもじしながら言いました。

「あのぉ、お酒はないんでしょうか?」


殿「はあ!?」


殿「…ふっ、ふふふ。ふわーはっは!」

お殿さまと家臣たちは苦笑いを通り越して大笑い。


殿「差し上げろ!あつかましい地蔵さまの話は孫の代まで笑えるわい。せっかくじゃ、呑んでいかれよ!

家臣たちも呑め!寒い中外周りしている者どもにも振舞ってやれ!」


大晦日のお城では大勢の笑い声が響いていました。

お殿さま、家臣の皆、地蔵たち、皆お酒を呑んで笑っています。

お殿さまは、皆の笑顔を見て何とも良い気持ちでした。

「ああ、金を貯めるのもよいが、このように使うのもよいものじゃ。」



数刻前…


「ばあさんや、いま帰ったよ。」


「おじいさん、ご無事で何よりでした。」

「おやおや、手ぬぐいをどうしたんですか?お寒かったでしょう。」

おばあさんはおじいさんの頭に積もった雪を優しく払ってあげました。


「それがなぁ…」

おじいさんは、笠が売れずお餅を買えなかった事、お地蔵様がお寒そうにしていたので

笠をかぶせてあげたことを伝えました。


「すまんなぁ、ばあさん。」


「それは良いことをしましたねぇ。」

おばあさんは心の底から嬉しそうに笑いました。


「さあさ、お疲れでしょう。」

「いまお湯を沸かしますから休んでいてくださいね。」


おばあさんは囲炉裏に火を入れました。

寒い中、薪を節約するために火を使わず、おじいさんの帰りを待っていたのでした。


一日歩き続けたおじいさんの夕食はお湯一杯に大根の欠片一つ。

それでもおじいさんは幸せでした。

囲炉裏の向かいに座って同じ夕食を食べているおばあさんが笑っているからです。


二人は薄くて固い布団の中、身を寄せ合って寒さを凌いでいました。

「冬を越すため。どうにかして食べるものを探さんとなぁ。」

「すまんなぁ、ばあさんひもじい思いをさせてばかりで。」

「わしと一緒になって幸せな思いをさせられなんだなあ。」

「なにをおっしゃいます。おじいさんが無事に帰ってきてくれて、今日も幸せでしたよ。」

「でもなぁ、明日からの食べ物が…」

「ふふふ。」

「明日もまた、きっといいことありますよ。」

「さあさ、もう寝ましょう。」


おじいさんは布団の中で、明日は何処へ食べ物を探しに行くか考えました。

そのうち、いつの間にか眠ってしまいました。


二人が眠っている間に日が変わってお正月になりました。


ドンドンドン!

ドンドンドン!


おじいさんの家の戸が壊れんばかりに叩かれました。


二人はびっくりして飛び起きました。


「ばあさん、下がってなさい!」


おじいさんがそろそろと戸を開けると…


ドターン!


顔を真っ赤にした地蔵が土間に倒れこみました。

赤い前掛けをして、頭にはおじいさんの手ぬぐいを巻いています。

そうとう呑んできたのでしょう、お酒の臭いが半端ではありません。


赤「おじいさん!!お餅ですぞ!!」


赤地蔵は両手に餅を持ち立ち上がりました。

グリコのようなポーズでした。


緑「野菜や、干物もあるでよ!」

緑地蔵が外で叫んでいます。こちらもへべれけに酔っており、立ち上がれないらしく米俵の上で寝ています。

緑地蔵が寝転がっている米俵の周りには、山のような食べ物が並べられていました。


白「皆で樽三つ酒を開けて来ました。おじいさんにも持ってきましたよ。」

白地蔵はかなり吐いたらしく、白かった前掛けは見る影もありません。


青「それにしても食べ物が多すぎる。腐らせないで食べきるためには…」

青地蔵は南瓜に向かって何やら話していました。


黄「いやあ、お二人さん。夜分すいませんね。悪気はないんですよ?」

黄地蔵がおじいさんの足元に転がってきていいました。

そのまま転がって囲炉裏の中に突っ込みました。

灰が舞い、二人は真っ白になりました。


黒「皆羽目を外しすぎなんだよ。」

 「おじいさん笠をありがとう。これはこいつらからのお礼です。」


「ねえ、いいことありましたねえ。おじいさんのお陰ですよ。」

おばあさんはお地蔵さんたちのあまりの醜態に面白いやら、ありがたいやら。感謝で泣いているのか、面白くて涙が出てきているのか良く分かりません。


「ばあさん…」

おじいさんは声が震えて話せません。

涙が後から後から流れてきます。


夜が明けて元旦の朝。


二人は、家の前で元の石に戻っていたお地蔵さんたちの前で長く、長く手を合わせていました。

元の石に戻ったというには語弊があるかも知れません。

お地蔵さんたちは皆どや顔をしていたのですから。



おしまい。

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