ぐちゃぐちゃにされたという少女が俺をぐちゃぐちゃにしようとする話

タカテン

我が生き様、もしくは露骨な次回作の宣伝

「あなたがタカテン先生ですねっ!」


 それはよく晴れた、ある日の午後だった。

 私は行きつけの喫茶店でノートパソコンのキーボードをリズミカルに叩いている最中だった。

 そう新作の執筆中だったのだ。

 心落ち着かせるジャズの音色、物静かで余計な詮索はしてこないマスター、そして何より店内に漂うコーヒーの香りが気に入っていて、最近はよくこの喫茶店で執筆している。

 

「そうだけど君は?」


 私はノートパソコンから顔をあげて声をかけてきた人物を見やる。

 学校の制服を着た女の子だった。高校生だろう。艶のある黒い長髪、全体的に細身ながらも然るべきところはしっかり自己主張しているボディライン、見えそうで見えないスカートの裾位置はまったくもってお見事としか言いようがない。

 まるでこちらを睨みつけるような挑発的な瞳も若さの特権って奴だろう。うむ、嫌いじゃない。

 

「はて、どこかでお会いしたかな、お嬢――」

「あたし、タカテン先生に人生をぐちゃぐちゃにされましたっ!」


 ……ほう。

 私はその一言に先ほどの見立てにひとつ誤りを見つけた。

 どうやら睨みつけるような、ではなく、本当に睨みつけていたようだ。

 ということは本来はもっと年相応に可愛らしい顔をしているのだろう。

 彼女の人生をぐちゃぐちゃにした覚えは一切なかったが、彼女の表情から笑顔を奪ってしまったことは心苦しく思った。

 

「どうやらサインが欲しいというわけではないらしいね。いいだろう、話を聞こうか。そこに掛けたまえ」


 私は彼女に目の前の椅子を勧めると、さりげなくマスターに視線で彼女の飲み物を注文した。

 が、どうやら彼女の物言いがマスターにも聞こえていたらしい。私に黙って非難の視線を送ってくる。

 仕方ない。彼女の飲み物は私自身が用意しよう。ここの苦味の利いたコーヒーは彼女にはまだ早いだろうか?

 

「それで一体どういうことなんだい?」


 私は悩んだ末に選んだオレンジジュースを彼女の前に置いて切り出した。

 

「私、タカテン先生のファンで、先生の作品を読んでから自分でも書き始めたんですっ!」


 なるほど。

 私はその一言で全て理解した。

 私の小説がきっかけで始めた創作活動。最初は楽しかったものの、やがて自分の実力に行き詰まりを感じ、さらには小説サイトで公開しても誰も読んでくれない現実に叩きのめされ、自暴自棄になった彼女はやがて学校に行くのも嫌になってついには留年。こんなことになったも全部タカテン先生の小説を読んでしまったのが間違いだったと責任転嫁を……。

 

「いえ、留年はしてませんし、公開した小説は多くの人に読んでもらってます。というか、書籍化もしています」


 ……ほう。

 その若さで書籍化先生とは恐れ入った。

 ふむ、となるとアレか。プロの小説家になれたと喜ぶあまり勢いで学校を辞めてしまったものの、商業ではデビュー作を一冊出せただけ。後悔しても時すでに遅しで一度外れてしまった線路にはもう戻れず、これも全てはタカテン先生が悪いと逆恨みを……。

 

「だったらなんであたし学校の制服を着ているんですかッ!?」

「外に着ていく服がそれぐらいしかないぐらい生活に困っているのだろう」

「困ってません! ちゃんと学校に通ってます! そもそも小説はこれまでも何冊も出してますし、アニメ化もしてますッ!」


 なん……だと?

 まさかこの小娘、つよつよ作家しぇんしぇ、なのか?

 

「……ち、ちなみにデビューしたのは?」

「3年前の中三の時ですッ!」

「ちゅ、中三!? ぐはっ!」

「ちなみにタカテン先生はいまだにデビューすらしていませんよねッ!?」

「ぐぼえええええええええええええっっっ!!!!!」


 率直な物言いに思わずゲボ吐いた。

 

「私、タカテン先生ならすぐにプロになられると思ってました! なのに先生ときたらいつまで経っても自己満足な小説ばっかり書いてますよね! そんなのばっかり書いて、本当にプロになるおつもりはあるのですかッ!?」

「くっ。も、もちろんだ……」

「だったら世間の流行とかをもっと取り入れて受賞する確率を上げたらどうなんですかッ!? きっと先生は『好き勝手に書いた小説であわよくば書籍化したらいいなぁ』とか甘いことを考えているのでしょう?」

「ぬぬぬぬぬぬぬぬ」


 唸ってみたが、まったくもって彼女の言う通りであった。

 

「そう言えば先ほども小説を書いておられましたね。どういった内容なんですか?」

「ふっ。よくぞ聞いてくれた! 次の新作は滋賀県出身のロック武将・兄川高鳴あにかわ・たかなりが滋賀県知事大名当選下克上し、滋賀県による天下を目指すというもので……」

「またそんなのを!?」

「そんなのとは何を言う。兄川高鳴はやがて京都を滋賀の占領下に起き、さらには大阪へ。お笑い武将の下町小僧、歌姫・湖樹みずうきナーナなども登場してだな」

「ついさっきまで大人ぶっていたくせに自作の話になった途端オタク特有の早口、正直言ってキモいです」

「さらに物語中盤にはライバル武将として北海道知事の巨泉陽きょいずみ・ようとかも出て来るし、もちろん、浅井D介も出て来るぞ!」

「聞いてないし!」


 私は次回作の構想について滾々と話してあげた。私のファンだと語る彼女も、きっと話を最後まで聞けば気に入ってくれるはずだと私は妙な確信を得ていた。

 

「それ、今までと同じ、じゃないですかッ!」


 が、オレンジジュースを一口飲んだ後、その蕾のような口から出た吐き出された言葉は柑橘類の酸っぱさを何十倍にも濃縮したものだった。

 

「タカテン先生、いい加減にしてください! そんなのをいくら書いたところで先生はプロになれませんッ!」

「な、何を言って……」

「プロになりたいのなら、今すぐなろう系異世界ファンタジーを書くのですッ!」

「な、なろう系……」

「あるいはラブコメですッ! ただしラブ重視の奴。コメは薄目でいいのですッ!」

「ラブ重視のコメ薄目……」

「そんなコメディに全振りした現代ファンタジーを書いても書籍化はおろか、PVも一万いけばいいところですよッ!」

「ううっ」

「先生はカクヨムで多くの作家さんたちと知り合いましたよね。その方々が次々とプロになっていくのに、ひとりだけワナビーのままでいいのですかッ!? 置いてけぼりになったままでいいのですかッ!?」

「わ、私は……」

「きっとあの人も、あの人だって近々プロになりますよッ! なのに先生はまだ自己満足な小説ばかりを書いていくおつもりですかッ!?」

「…………」

「先生、そろそろ目を覚ましてくださいッ!」


 目を覚ませ、か。

 確かに彼女の言う通りなのかもしれない。

 私はそろそろ現実を見るべきなのだ。

 

 そう、私はしがないアマチュア作家。とても金になりそうにない小説ばかりを書いて自己満足する中年男性。周りの人が次々とデビューしていくのを指を咥えて見ているだけのつまらない人物だ。

 

 だが、しかし!!

 

「自己満足、大いに結構!! 私はこのままの私で行くッ!!」


 私は苦いだけで美味しくないコーヒーを喉にぶち込むと、ここぞとばかりに啖呵を切った。

 

「何故!? 何故ですか、先生!? みんなに置いてけぼりにされてミジメに思わないのですかッ!?」

「全然思わんッ! 何故なら私は私の書く小説に絶対の自信があるからだッ! それにたとえプロではなくても、プロには負けぬ、いやプロには書けぬものを書いているという自覚があるッ!」

「どういうことですかッ!?」

「プロはお金を稼いでこそプロ。だが故にお金にならないと分かっているものをわざわざ何十、何百時間もかけて書くなんてバカなことはしないッ! だが、私は書く! 躊躇せず書く! 何故ならお金にはならなくとも、絶対的にそれは面白いからだッ!」

「でもたとえ面白くても書籍化されなかったら意味なんて」

「意味ならある! 作者の頭の中にしかないものを文字にして読者に伝えるのだッ! それが小説を書くことの最大にして唯一の意味に他ならないッ! 書籍化とかお金とかは単なる副産物にすぎんッ! さらに言うならば今の時代、プロかプロじゃないかなんて些細な問題だッ! 重要なのはその立ち位置じゃない、真に面白いものを書けるかどうか、それだけよッ!」

「でもプロじゃない人がそんなことを言っても……」

「ふん、さっきから君はやたらとプロを連呼するが、私に言わせればいくら書籍化してもある条件を満たさない限り、そいつはプロではないッ!」

「条件? 条件とは一体?」

「決まっているだろう! 原稿料で私に焼肉を奢ってこそ真のプロと呼べるのだッ! もし私に焼肉を奢ったならば、私は『ああ、この人にはもう頭が上がらない』と敗北を認めるだろう。が、私に焼肉を奢ることも出来ないような奴を、どうしてプロ作家様と敬う必要がある? そのような者はたとえプロであろうと、私の中では共に小説執筆に切磋琢磨する物書き仲間に他ならないッ!」


 ああっと少女は声をあげた。

 それが感嘆によるものなのか、それとも呆れてものなのかは分からない。

 が、そんなのはどうでも良かった。それよりもそろそろこの物語に決着をつけねばなるまい。

 

「君は自分のことを何冊も本を出してアニメ化もしているつよつよ作家しぇんしぇだと言った。が、それはウソだ」

「先生、いきなり何を言って?」

「私のファンだってこともウソだし、高校生だってこともウソだし、女の子ですらもない。さらに言えば私に行きつけの喫茶店なんてものもない」


 そもそもこれを書いているのは近所のサイゼリヤだ。500円のランチだけで6時間近く粘っても怒った顔ひとつしない優良店である。


「そして私が君の人生をぐちゃぐちゃにしたというのもウソ。本当は君が私の思考をグチャグチャにしに来たのだ」


 そう、いくら私でも時々思うのである。

 こんな小説書いてていいのかなぁ、って。

 もっとちゃんとした小説というか、書籍化出来るような、ぶっちゃけお金になるような小説を書くべきなのではないかなぁって。

 吹っ切れたつもりでいても、そういうのは時として不意に襲い掛かってくるものなのだ。

 

「去れ、邪念よ! お前如きに私の創作は止められやしないッ!」


 たちまち少女の姿が霧散した。ふっ、思えば少女の姿を取ったのも私を誘惑するつもりだったのだろう。

 私も見くびられたものだ。もっとも少女の太ももがもっとむっちりして日焼けなんかしていたら危なかったかもしれない。

 

 かくして邪念を振り切った私は、今宵もまた書籍化は出来ないが圧倒的に面白い話の執筆に戻ることにした。

 サイゼリヤの人たちが内心で私のことをどう思っているのかは、敢えて考えないようにしている。

 

 おわり。

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