うしろのぐちゃぐちゃ
林きつね
うしろのぐちゃぐちゃ
「ぐちゃぐちゃってさ、どんなのかな?」
「わかんない。咀嚼音?」
「それはくちゃくちゃじゃない?」
「やだよそんな咀嚼音!」
「えー、みんなやってることじゃないか!」
「それはマナーの悪い人間だろ? 普通は、モグモグ、とかじゃない?」
「それだとほら、なんか穴掘ってるみたいじゃん」
「……いまモグラ想像した?」
「したけど……なんの話しだっけこれ」
「ぐちゃぐちゃだよ。ぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃってなんですか? って話」
「なんでそんな話してたんだっけ?」
「なんでって言われると、俺もよくわかんないせどさ……ほら、そういう性質? 体質? 本能? なんかこう、そういうのだよ」
「あー、ついオナラしちゃうとかそんな感じかあ」
「間違ってはないけど他に例えなかったの?」
「……あれ? なんの話だっけ」
「ぐちゃぐちゃだよ!」
「あー、そっかそっか。でもさ、こうやってはなしててもさ、ちっとも解決しないね」
「お前のせいでな?!」
「なんで俺のせいなんだよ!」
「お前が話を逸らして逸らしてそれで毎回売り出しに戻っちゃうからだろうが!」
「なんだよ俺のせいだってのかよ!」
「……うん、だからそう言ってんだよ」
「なんだよもうごちゃごちゃうるせえなあ! …………おー」
「いや、上手くねえからな?」
祖母の実家がある田舎にやってきたのは昨日のことだった。高校生にもなって、親戚の家に泊まりがけだなんて気が進まなかったが、親がどうしてもというので仕方なく着いてきた。
田舎というものは、本当になにもない。カラオケも、ゲーセンも、バッティングセンターも、ボーリング場も、なんにもない。
暇しかすることがない。そんなわけだから、お使いを頼まれた。
祖母の家からバスに乗って30分。そこに祖母が昔から世話になっている大きな家――まあその辺の事情はよくわからないが、なんにせよそこに届け物をしできてくれとのことだった。
バスに乗って、そこからまた15分ほど歩いて、届け物をして、問題はそこからだった。
道を間違えた。同じような薮が周囲にあったため、曲がる道を一つ間違えた。
けれどまあ、適当に歩いたらすぐに帰るだのバス停が見えてきた。けれど、バスは行ってしまっていた。
錆びて所々かすれた時刻表の看板を眺めると、なんと次のバスは一時間後だという。
大きくため息を吐いて、俺はバス停にあった木のベンチに腰掛けた。
暇だった。とてつもなくなく暇だった。だから、つい耳を傾けてしまった。
藪の中から聞こえてくる会話に。聞き逃さぬように耳を立てて、聞いてしまった。
薮の中からなにかの話し声が聞こえたら、直ぐに逃げろ。絶対に興味を持ってはいけない。聞いてはいけない。そこにはぐちゃぐちゃさんがいるから
昔そう言われたことがある。それどころか、今日祖母の家を出る前にも言われた。けれど気にも止めてなかった。
だから、これがそうだと気がつけなかった。
逃げようにも、体が動かない。振り向くこともできない。声だけが、どんどん近づいてくる。
「わかった、もう試めそう」
「え、なにを?」
「わかれよ! ずっとその話してんだからさあ」
「なんの話だっけ? もぐら?」
「違う! ぐちゃぐちゃってなあにってこと! 次忘れたら突き落とすからな」
「どこにだよ」
「奈落」
「怖っ……で、どう試すの?」
「なんか色々やりゃいいんじゃない? 状態をみて、これだ! ってなるやつがきっとあると思うから」
「あー、なるほどね。で、なにで試すの?」
「さっきからそこで俺たちの話ずっと聞いてるやついるじゃん」
「あ、ほんとだ。よーし行くか」
両肩に手が置かれた。足首を握られた。髪の毛を掴まれた。口を塞がれた。
引きずり込まれた薮の中で、もう俺は目を開けることはできなかった。
うしろのぐちゃぐちゃ 林きつね @kitanaimtona
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