第3話 主上

 柱の陰から現れたのは、直衣姿だった。私はとっさに跪く。

 この後宮に現れる男性、それは主上でしかありえない。


「先触れは出していたはずだが。なにやら取り込み中のようだ」

 主上の口調は、驚くほど尊大なところがない。

 これが世に誉れ高い主上の口ぶりかと戸惑っていると、さわやかな香の薫りが鼻の先をかすめた。

「主上!?」

朝霧姫の悲鳴にも似た声とともに、白く、線の細い優しげな手が、目の前に差し伸べられた。まぎれもなく、主上の手だ。


「猫を」

 震える手で猫を手渡そうとする瞬間、自然と視線が合った。

 そこには、まばゆいほどの美貌の若々しい青年がいた。

 しかし、その美しさには、およそ生気と呼べるものがない。

「出直すことにしよう。特に用があったわけでもないのだから」

 そういうと、猫を受け取った主上は、朝霧姫が呼び止めるのにも構わず、さっさともと来た道を引き返していった。


 予想外の主上との邂逅だったが、その日はこれで終わらなかった。

 さらに思いがけない人が、私を訪ねてきた。

 その人は……

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愛が綾なす後宮で 和泉瑠璃 @wordworldwork

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