ぐちゃぐちゃグチャグチャ

片栗粉

ぐちゃぐちゃグチャグチャ


 夕餉をテーブルに並べて、後片付けをしてようやく食卓に着いたら、皿の上にはぐちゃぐちゃに食い散らかされた料理の残骸が乗っていた。

 それなりに綺麗に盛り付けたのに、嫌いな野菜は散らかして、気に入らない味の物は一口付けてそのまま。


「美味しかったよ。味濃いけど。食えなくは無い」


 そう言って、夫がスマホを手に席を立った。

 背中で泣き始めた娘をあやしながら、いつもの食卓に着いた


 ぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃ。

 頭の中が。

 ぐちゃぐちゃになっている。


 洗濯物と、おもちゃと、なんかよくわからないゴミとか、本とかが散らばって。

 昨日の夜から殆ど寝ていない。

 娘は腕の中でずっと泣いていて。

 真っ黒なテレビに、幽霊のような女が映っている。

 ガチャ、と遠くで音がして。


「うわ、部屋ん中ぐちゃぐちゃじゃん。仕事もしてないのに一日中何してたんだよ。マジで無いわ〜」


 頭の上からかけられたその言葉に、私の中の何かがグチャ、と潰れた。


 ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。

 スマホから流れるアプリの音と、不快な咀嚼音。

 それに蓋をするように意識をシャットアウトする。

 新婚時代に、食器屋さんを何軒も回ってやっと見つけた美濃焼きのお皿は、まるで、動物が食い散らかしたみたいな。

 ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。

 頭の中が、ミキサーでかきまぜられている。

 腕の中の泣き声が、遠くに聞こえる。


『今日は、晩飯いらないから』


 短いメッセージ。

 ボウルの中で、ひき肉がぐちゃ、と音をたてた。

 お母さんから教わって、彼も喜んでくれたレシピ。

 豆腐とマヨネーズを入れるのが、ポイント。

 背中で娘が泣いている。

 ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。

 握り潰して、叩きつけて。


 荒れ果てた部屋で、スマホの灯りだけ。

 娘は静かに眠っている。

 SNSの画面に映る、派手なマニキュアの女の指と、見覚えのある時計。

 バレてないと思ってたんだ。

 それが本当に滑稽で。

 あはは。

 ははは。乾いた笑いが部屋に響いて。

 ぐちゃり、ぐちゃり。

 私の中でーーが潰れた。


「まだ晩飯出来てないの?」


 苛々とテーブルを指先で叩く音。

 ふにゃ、と背中で娘が起きそうになったので慌てて揺する。フライパンで食材を炒めながら、コンロのつまみを強火にした。


「ほんっとにお前は段取り悪いよなぁ」


 ぐちゃ。


「俺がいないと何にも出来ないじゃん」


 ぐちゃ。


「学歴も職歴も無いんだから、家事子育てくらいはちゃんとさぁ」


 ぐちゃ、ぐちゃ。


「お前のために言ってるんだよ?分かる?」


 グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。


「そうだよね。ありがとう。さようなら」


 にっこりそう笑って、灼熱のフライパンを振り下ろした。


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