斧鉞姫 ~フィ・ラブリュス~

加瀬優妃

はちゃめちゃな斧鉞姫のぐちゃぐちゃな日常

 森林から突如現れた銀色の狼の大群が、凄まじい足音と共に小さな村に押し寄せる。


「な、何で幻狼が!?」

「嘘だろ!?」


 世界の中央にある、原始の森プロト・ヒューレ。真っ白な雪に覆われる冬になると、この森からは幻狼と呼ばれる魔物が生まれる。

 それらは満月の輝く夜になると、麓にまで現れることがあった。

 森から遠くない場所に住む人々は高い石壁にぐるりと囲まれた村に住み、冬になると幻狼の嫌う炎を一晩中焚くことで村への侵入を拒んでいたのだが。


 今の季節は、夏。しかもまだ太陽が南の高い位置にある、いわゆる真昼間だ。

 何の備えもしていなかった村人は悲鳴を上げながら慌てふためく。逃げようにも、村の出入り口は正面のみ。幻狼から守るために設けられた高い石壁は、人々を閉じ込める檻と化していた。


「ひあ、ひあああああ……!」


 品の良さそうな老女が一張羅を着た幼い孫を抱えて座り込む。洗濯をしていた女性も、畑を耕していた男性も、開け放たれていた門の向こうに迫る幻狼の大群を呆然と眺めるしかない。


 この村は、もうおしまいだ――。


 誰もがそう思ったときだった。


「はぁぁぁぁ――!」


 若い女の雄叫びと共に、ズガンという何かが地面に突き刺さる音と、真っ赤な炎。


「“燃え滾る暁光バーニングブレイザー”!」


 眩しい光と共に、空高く火柱が上る。門の奥は、炎の渦で何も見えなくなった。

 石壁の数倍の高さまで上った火の幕の向こうでは、『ギヒィン!』『ヒュゥーン!』という、獣の呻き声のようなものが聞こえる。


「え? 何だ?」

「た、助かったのか……?」


 這いつくばっていた村人がゆっくりと身体を起こす。

 村に迫る幻狼の大群を堰き止めるように、炎の壁が現れた。聞こえるのは狼の悲鳴と炎が暴れる音だけ。


 そして……門の前には、一人の女が背を向けて立っていた。炎の壁の向こうへと伸びる鉄の分銅がついた鎖を右手で握り、左手を炎の壁にかざしながら地面を踏みしめている。

 村人の目にまず飛び込んだのは、燃え盛る炎と同じぐらい赤い、長い髪。

 薄汚れた黄土色の服に茶色い革の胸当て、素肌が剥き出しの胴にローウエストのショートパンツ、鉄の膝当てに革のブーツ。


 王家の女騎士でも女魔導士でもない。村人たちには、女山賊にしか見えなかった。


 しかし、この女性が村を守ろうとしているのは確かだ。いったい何が起こってるんだ?

 そう思った何人かの村人たちは顔を見合わせ、ゆるゆると門に向かって歩き始めた。

 ――しかし、そこへ。


「いよっ! 斧鉞姫フィ・ラブリュスのユラン様のお通りだ!」

「カッケーっす、姉御!」


 ガラの悪い男連中がドヤドヤと現れ、村人たちの足がビクリと止まった。


(やっぱり山賊!?)

(この村を襲おうとしているのか!?)


 村人たちが再び顔を見合わせた、その瞬間。

 

「てめぇら、バカ言ってないでさっさと散れ!」

「へぶっ!」「おごっ!」「ぐはっ!」


 女が持っていた鎖を振り回し、男連中の横っ面を一斉に叩きのめす。やはりどう見ても『姫』とはほど遠い。


「デブと赤毛は西の逃げた奴を追え! メガネとノッポはあっちのガキを保護! 指ナシ、残りを指揮して村の周りを警護な!」

「うぃーっす!」「おらおらぁ!」


 女の指示のもと、男たちが方々に散る。横目でそれらを見た女が口の端を上げた。


「んじゃあ……解除ってな!」


 右手の鎖を大きく引き上げる。鎖の先は、とてもじゃないが女の細腕では持て無さそうな両刃の斧。太陽の光を反射してギラギラと輝きながら宙を舞う。


 しかし次の途端、炎の壁が消え失せた。

 護られていたものが無くなり、思わず「ひぃ!」と悲鳴を上げ、のけぞった村人たちだったが。


 ――そこにいたのは、ただ一匹の巨大な幻狼だった。

 百頭は超えていた筈の幻狼の大群が、跡形もなく消え失せている。


「はっはーん……アタリ、だね!」


 女はそう声を上げると、自分の手元に戻って来た斧の柄をガッシリと掴む。


「おらぁ、行くぜ、犬ッコロ! 逃げんじゃねぇぞ!」


 そう叫びながら嬉々として巨大幻狼に向かっていく女の後ろ姿を、村人たちは門の奥から呆然と見送った。



   * * *



 赤い髪の女は、鎖を振り回して狼を縛り上げ、何度も斧を叩きつけた。悲痛な鳴き声が響き渡ったが、その様子は村人からはよく見えなかった。

 不思議なことに、幻狼からは血飛沫が上がることはなく、肉片が飛び散ることもなく――気が付けば、手の平に乗るぐらいの黒い珠がごろりと地面に転がっているだけだった。

 幻狼……肉体を持たない妖の魔物とは聞いていたが、まさか本当に目の当たりにすることになるとは……と、村人たちは呆然と立ち尽くす。


「んー……まぁまぁか」


 鎖が付いた斧を腰につけ、転がっていた黒い珠を拾い上げた女が息をつく。


「ユラン様、こっちも完了っす!」

「被害は?」

「外の畑が足跡だらけになったぐらいっすかね」

「ガキは?」

「ここに」


 『ノッポ』と呼ばれていたひときわ大きな男が左肩にボロボロの服を着た子供を抱え上げている。


「下ろしてやんな」

「うっす」

「あ、あの……」


 女たちの様子を窺っていた村人の群れの中から、一人の老人が前へと進み出た。

 白い杖を付き、足を引きずりながら女の前まで歩いてくると、すっかり禿げ上がった頭を深く下げた。


「ありがとう、ございました……」


 この奇妙な連中はどう見ても山賊にしか見えないのだが、幻狼の大群から村を守ってくれたのは確かだ。

 炎で侵入を堰き止め、逃げた幻狼も駆逐してくれた。畑は台無しになってしまったようだが、幻狼に全滅させられるよりは何万倍もましだ。

 そう考え、老人はとりあえず感謝の意を述べることにした。しかしどうしても身元が気になる。


「どこのどなたか存じませんが……あの、お名前をお伺いしても?」


 ゆっくりと顔を上げ、老人は恐る恐る女に問いかけた。


「名前? ユランだ」

「おい、ジジイ! 斧鉞姫フィ・ラブリュスのお頭、ユランの姐御を知らないたぁ……」

「うるさい、デブ」


 ゴイン、と女――ユランの左拳が『デブ』の顎に命中する。


「あぐぐ……」

「こいつがデブ、隣が青髭。それとメガネに指ナシ、ノッポと赤毛に……」

「いや、あの、全員を紹介されなくてもよろしいのですが」

「姉御ぉ、いい加減特徴じゃなくて俺たちの名前を覚えてくださいよぉ」

「うるさい、黙ってろ。……まぁアタシの手下たちだよ。元山賊だけどね」


 やっぱり山賊だったのか!……と村人たちが驚愕の表情を浮かべたが、女は慣れているのか気に留めた様子はない。

「で、あんたがこの村のボス?」

と、老人を見下ろし、水色の瞳をすっと細めた。

 その射抜くような視線に、老人がハッと我に返る。


 身につけているものはボロボロで、本当に山賊にしか見えなかったが――よく見れば、美しい女だった。顔も腕も、剥き出しの太腿も傷一つ無い。恐らくずっと、こんな魔物退治のようなことをしてきただろうに。


「えー、村の長老と言いますか、えー……」

「まぁとにかく、アタマなんだよな。じゃあ、ホラ」


 ユランがずん、と長老の目の前に右手の手の平を突き出す。いかつい斧を握っていたとは思えない、滑らかな手だ。

 意味が分からず、長老が首を傾げると。


「礼だよ、礼。助けてやっただろ、この村を」


 ユランが右手を突き出したままふんぞり返る。

 それを見た長老は……いや長老だけではない、集まっていた村人たちは叫び出しそうになった。


 元山賊ということなら山賊ではないはずなのに、謝礼を要求!? やっぱり山賊じゃないか!

 いやでも山賊なら、人助けなんてせずに略奪するだけだ。

 しかし、助けられたのは確かだが、普通はこんなあからさまに要求するか?


 だいたい似たようなことを考えた村人たちがお互いの顔を見回し、次に長老を見る。はたしてどう答えるのだろうか、と。


「いや、礼と言われましても……」

「無いのか」

「何しろこんな辺境の山奥の村ですから……。しかしまさか、催促されるとは。敬虔な信徒である我らグランの民の祈りが女神シィシアに届いたもの、と思うておりましたのに」


 眉を下げ、失望したように溜息混じりに漏らす長老。ユランは「ん」と一瞬だけ口をつぐむと、


「あははははははっ!」


と大口を開け、唾を飛ばす勢いで嗤った。


「な、何がおかしいのですか! 信仰を持たぬ山賊風情に笑われる覚えはありませぬぞ! まさかとは思いますが、見返り目的でこの村を助けたのではあるまいな!」


 ユランの嘲笑に、長老が顔を真っ赤にして怒鳴る。持っていた杖を拳が真っ白になるほど握りしめて。


「祈れば自分達に都合よく事が運ぶと本気で思っているのかい? そりゃ信仰じゃなくて依存さ。どうしようもないくらい身勝手な、ね」


 ユランは長老の怒りを鼻であしらい、言葉を吐き捨てた。

 そして長老の手元を見、再び高らかに笑う。


「あははは、何がおかしいかって? そりゃおかしいさ。だってその杖、海棲巨牛シータウロスの牙だよな」

「!」

にそんなモンがあることほどおかしいことがあるか?」


 ユランの台詞に、長老と村人たちが咄嗟に視線を泳がせる。あはははは、と笑いながらもそれらを視界に入れたユランは

「ふん、なるほどな」

と独り言ち、フイ、と手を引っ込めた。


「メガネ」

「はっ」


 ユランの呼びかけに、一人の男が進み出る。ガタイのいい男連中の中ではひときわ貧相に見える、眼鏡をかけた二十歳ぐらいの男性だった。


「長老宅には色々とありましたが、とりあえずこれでどうでしょう?」


と、一通の封書をユランに差し出す。


「リュカ伯の紋章がついてるね。……なるほど」

「い、いつの間に……っ」

「礼を渋る連中が意外に多いからな、先に物色することにしている」

「それでは本当に山賊ではないか!」

「金細工ならともかく、ただの手紙に何の価値があるというんだ?」

「……っ」


 長老がギリリ、と歯を軋ませ押し黙った。ユランは「ふん」と鼻息をつくと、手紙をぐしゃりと握りつぶした。ポイッと投げ捨て、左後方を振り返る。


「しかしこの手紙は、持っていくにはちとね。おい、赤毛!」

「倉庫から果実酒の樽を一個もらっときましたー!」

「じゃ、それでいいや。……じゃあな」


 踵を返し、ユランが颯爽と歩いていく。ユランを取り巻くように歩いていた男連中もドタドタと追いかけるようについていった。

 後に残されたのは、呆然とする村人たちと、ぐちゃぐちゃになった手紙。


「長老……これ、まずいんじゃ……」

「話が漏れちまいますよ」

「だからといって連中をどうにかできるものか」

「す、すぐにリュカ伯に使いを出しましょう!」

「いやまさか、それが狙いなのか?」


 慌てふためく村人たち。

 ユラン率いる元山賊団は、辺境の山奥の村に小さくはない混乱をもたらした。



   * * *



「姉御ぉ。思うんですけどぉ、先に『助けてほしかったら謝礼を寄越せ』って言えばいいんじゃないっすか?」


 青髭が顎をさすりながら呆れたような声を上げる。同意見らしく、周りにいた男たちも一様に頷いていた。


「助けたはいいが実入りが無いとなると、効率悪いっすよ」

「お前ら、山賊はやめたはずだよな」


 ひゅんひゅんひゅん、と分銅つきの鎖を振り回すユランに、隣にいた指ナシが大袈裟に両手を振った。それぞれ指が四本しかないせいか、ヒュイ、ヒュイという奇妙な音がする。


「く、鎖はやめてぇぇぇ! いや、やめましたよ、やめましたけどぉ!」

「じゃあ、何か? 目の前に凶暴な魔物が迫ってる中、謝礼なんて無いと言ったら、お前たちは助けないのか? 村人が食われるのを黙って見てるのか?」

「うーん……」

「あたしには無理だ。身体が動いちまう。見殺しなんてできないよ。悪夢に魘されちまう」

「……」


 ある日、山賊団の前にふらりと現れたユラン。

 その腕っぷしの強さと美しさに惹かれたのは勿論だが……実は一番気に入っているのは、彼女のどこかお人好しなところだった。


 初めての出会いは、ユランの圧勝だった。山賊団はこてんぱんにやられ、持っていた銀貨十枚を奪われた。

 山賊が女一人に追いはぎをされてたまるかー、と追いかけ対峙したところで、山賊団の一人がふらついて崖から転落してしまった。

 するとユランはひょいひょいと飛ぶように谷を下り、仲間を助けた。そして持っていた銀貨二枚を差し出し、

「これでまともなモンを食え。腹が減ってるからロクな考えにならないんだ」

と笑顔を見せた。

 当然、山賊団は激怒した。

 

「その銀貨は、もともと俺たちのもんじゃねーか!」

「お前らが差し出したんだろ、あたしに? もう勘弁してくれ~ってな!」

「うぎぎぃ、舐めやがってぇ~~!」

「ああん!? どうやらお前ら、殴られ足りないらしいな!」


 ユランはそう言ってあの両刃斧についた鎖を振り回し、あっという間に山賊団全員を叩き伏せた。

 そんなことが幾度か繰り返され、山賊団はユランを追いかけ、ユランもバカ正直に相手をし……いつしか、山賊団はユランを頭とした魔物狩りを生業とする武闘派集団になっていた。



   * * *



「あ、あの……あのぉ!」


 わいわい言い合いをしながら山道を歩く、斧鉞姫フィ・ラブリュス一味のあとを、一人の少年が追いかけてきた。

 見れば、さきほどの村でノッポに助けられた少年だった。


「ん?」

「あの、オレ……オレも、連れて行ってほしい! これ、持ってきた!」


 少年がぐちゃぐちゃになった白い封書を差し出す。


「チビ……お前はこれの価値がわかってんのか?」

「長老の悪巧みの証拠!」

「……ふふっ」


 それは確かに、少年の言う通りだった。

 正確には、リュカ伯の悪巧みにあの村が大いに関与し、その恩恵に預かっているという証拠だが。


 現状、ユランは他になさねばならぬことがあり忙しい。今後旅する上で――特にリュカ辺境伯領に入る際にはいろいろ使えそうだとは思ったものの、面倒になり投げ捨てたのだが。

 どうやら少年は、村人たちが騒いでいる間に掠め取ってきたようだ。


「チビ、親は?」

「いない……だから、オレ、ずっと、こき使われ、てて。さっきも、山で籠いっぱい、薬草を採って来いって言われて……」

「ああ、だから一人で壁の外にいたんだな」


 原始の森プロト・ヒューレ周辺は幻狼だけでなく凶暴な獣や変質して魔物となってしまった生き物も出没する。それは、季節に関係なく。

 少なくとも、子供一人で外に出していい場所では無かった。ましてや、山菜ならともかく薬草は、かなり奥深くまで入らなければ生えていない。


 ユランの脳裏に、壁の中で無邪気に遊んでいたであろう小奇麗な服を着ていた子供たちの姿が浮かんだ。

 今目の前にいる少年は、あちこち穴が開いてすりきれたひどくみすぼらしい恰好をしていた。身寄りのいない少年があの村で辛く当たられていたのだろうということは、容易に想像できた。


「あ、あと、これも!」


 少年はズボンのポケットに手を突っ込むと、親指大の黒い石ころを取り出した。必死な表情でユランへと差し出す。

 何気なく少年の手の平に視線を落としたユランは、ハッとしたように水色の目を見開いた。


「……これ……」

「前に山で見つけて、何か綺麗だから取っておいたんだ。オレの、宝物」

「……」

「お姉さんが拾ってた珠に、似てる、から、もしかしたら、と思って」


 ユランがそっと、少年の手の平の黒い欠片を摘まみ上げる。

 そしてしばらく考え込んだ後、ユランは「ふむ」と頷いた。


「……奴なんだな、チビ。なるほどな」

「あ、姉御?」

「まさか……」


 黒い欠片を見ながら何度も頷くユランに、周りの男連中が不安そうな顔をする。そんな周りの様子に、少年もひどく怯えたような表情になる。


「ま、いいだろう。付いてきな、チビ」

「あ……ありが、とう、ございま、す!」


 ずっと緊張していたのか、少年が喉につかえながらもかろうじて礼を言う。そして男連中はというと、


「やっぱりー!」

「もうぐちゃぐちゃだよ、斧鉞姫フィ・ラブリュス!」


 と、天を仰ぎながら大声で喚いた。ユランは「うるっせぇなあ!」と一喝したあと、

「おい赤毛、お前が面倒をみろ!」

と近くにいた細身の男に指示をする。


「えーっ、俺ですか、姉御!」

「お前がいちばん面白い外見してるしな。ガキの相手にゃちょうどいいだろ」

「褒められている気がしねぇ!」

「だけど姉御、そうなるといろいろとマズいというか……」

「まだガキだ、食い扶持が減るって訳でもないだろ」

「いやいや、これって人攫いっすからね?」

「元山賊が何を言う」

「わたしは違いますが」

「あ、メガネはラーキスの村で拾ったんだったな」

「あーもー、俺が作った山賊団がどんどん変な集団になっていくー!」

「もう山賊じゃねぇだろ、指ナシ。その右手の指、もう二、三本、逝っとくか?」

「これ以上減ったら使えなくなる! 勘弁してくれよお!」


 男連中がわいわい騒ぐ様子に、ボロ着の少年がかすかに笑みを浮かべる。

 そしてぱっぱと自分の服の汚れを払うと、ぺこりとお辞儀をした。


「あの、ありがとうございます、お姉さん!」

「ああ。でもこんな連中だからな、元の村にいた方がよかったと思うかもしれないけどな」

「頑張ります! これからよろしくお願いします、皆さん!」

「あー、よろしくぅ」

「しっかりしてんなぁ」

「ちっ、面倒だなぁ」


 こうしてボロ着の少年を加えた斧鉞姫フィ・ラプリュス一味は、再び山道を歩き始めた。

 いかつい男連中がまだ少し怖いのか、少年はユランの隣を小走りについてくる。


「あの、お姉さん……」

「ユランでいい。こそばゆい」

「えと、ユランさん。ユランさんは何で旅をしているんですか?」

が暴れてるからね」

「アイツ……?」


 ユランはふっと微笑むと、少年から貰った黒い欠片を取り出した。西に傾き始めた太陽の光を浴びて、鈍く輝く。


「あのバカを止める。それが、あたしの役目なんだ。……ずーっと昔からのね」

「……」

「チビには関係ない話だな。忘れていいよ」

「オレ、オレの名前はジャイロって言います!」

「あー、あたし、名前は覚えらんねぇから。チビはチビな」

「えーっ!?」

「ふっ……あはははははっ!」


 ユランの笑い声が、青みがかかった森の奥へと響き渡る。

 その声が届いたのか……原始の森プロト・ヒューレの樹々がわささ、とわずかに揺れた。

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斧鉞姫 ~フィ・ラブリュス~ 加瀬優妃 @kaseyou

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