ぐちゃぐちゃの魔女

天西 照実

ぐちゃぐちゃの魔女


 その魔女は、ぐちゃぐちゃにする事が好きだった。


 実は、食堂の娘だったという。

 ひき肉を何時間も、ぐちゃぐちゃと混ぜ合わせ続けていた。

 それがハンバーグになって、お客に提供されていた事は御内密に。


 キノコ採りで森に入っていた娘の素質を、森の老魔女は見抜いていた。

「もっと色んなものを、ぐちゃぐちゃにしてみないかい?」

 老魔女の誘い文句は、娘の目を輝かせた。

 そうして食堂の娘は老魔女に弟子入りし、『ぐちゃぐちゃの魔女』の異名をもつまでに成長したのだ。



 そして自由に『ぐちゃぐちゃ』できる魔法を編み出した。


 合成不可能と言われていた物質も混ぜ合わせてしまう。

 すでに完成された薬から、余計な成分を抜いて混ぜ直す魔法まで編み出した。

 画期的な魔法薬が、次々と作られた。


 敵軍司令部の思考も、ぐちゃぐちゃにした。

 冷静な判断を下せなくなる魔法は、他に真似できる魔女がいなかったほどだ。


 ぐちゃぐちゃの魔女は、王国直属の魔女にまで出世した。


 突然の活躍に驚く魔術隊員たちは、

「あの魔女は、いつか心もぐちゃぐちゃになる」

 と、噂していた。

 しかし、魔女の心は平静そのものだ。

 ぐちゃぐちゃな状態が、落ち着く性分なのだから。



 均一に整っていたレンガの城壁も、兵士の鎧の模様も、徐々に変化した。

 国王が魔女の機嫌を取るために、様々なものをぐちゃぐちゃにしたのだ。

 それは、魔女が望んだわけではない。

 ぐちゃぐちゃの魔女は唯一、人の心がぐちゃぐちゃしている事を好まなかった。


 様々なものを『ぐちゃぐちゃ』にされた国民は当然、心がぐちゃぐちゃになった。

「私は、魔法をぐちゃぐちゃするだけで十分。国民を困らせるのはやめて欲しい」

 と、魔女は頼んだが、

「お前のためにやっているのだ」

 と、言って、国王は聞く耳を持たなかった。



 ぐちゃぐちゃになった国民の不満は、ぐちゃぐちゃの魔女に向けられた。

「ぐちゃぐちゃな国は望んでいない」

 そう言っても、誰も信じなかった。

 倒国をもくろむ革命家が、国民の不満をかき立てる。


 私利私欲、エゴ、ぐちゃぐちゃな論理。

 ぐちゃぐちゃな意識が『魔女狩り』という目的に固まる瞬間を、魔女は見逃さなかった。


 魔女は滅茶苦茶にされる前に、ぐちゃぐちゃな国から逃げ出したのだ。



 そんな魔女は辺境の地へ流れつき、ハンバーグや粘土をこねているという。

 ぐちゃぐちゃの魔女の能力を活かす事に失敗した王国が、どこまでぐちゃぐちゃになっていくのか。


 遠くから見守っているそうだ。

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ぐちゃぐちゃの魔女 天西 照実 @amanishi

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