19話「金属」

 喫茶店のもっとも奥、窓際の席を選んだ。

 外では子どもたちが駆け回っていた。

 それを遠目に見守りつつ、母親連中は井戸端会議をしている。地続きの風景。


 俺とカラ、メフィストフェレスとアリア。それぞれ向かい合う形で、テーブル席に座った。


 アリアは先ほどの発言の真意が読めないらしく、落ち着いてはいるものの、内観的な疑念に囚われているような視線で、メニュー表を渡してきた。


 混乱しているのにこの細やかな気配りは、さすが育ちがいいお嬢様という感じだった。


 礼を言い、カラとメニューを選んだ。


「私はプリンパフェ」

「じゃあ俺はミルクパフェ」


 メフィストフェレスに手渡した。


「ふむ……わたしはフルーツパフェですかね。アリア様はどれになさいますか?」

「あ、わ、ワタシは……」

「特にないのであれば、わたしが決めちゃいますよ」

「えっあ、唐辛子パフェがいいです」


 よし、みんな決まったな。

 店員さんを呼ぶために、辺りを見回した。


「すいませ〜ん」

「あ、は〜い!」


 店員さんが席に来たので、注文をした。


「全部パフェで。プリンとフルーツとミルクと唐辛子をください」

「と、え? 唐辛子……食べるんですか? アレ」

「だ、ダメでしょう、か……?」

「いえ、ダメということはないんですが……よろしいんですね」

「え、ええ……お願いいたします」


 店員さんは怪訝そうな顔をして、キッチンのほうへ戻っていった。なんでだろう。……プリン、ミルク、フルーツ、唐辛子。


「唐辛子……唐辛子!?」

「えっわっ、な、どうしたのです……?」

「唐辛子パフェってなんですか?」

「す、辛いものが好きなので、それで」


 意外すぎる一面に驚いた。

 食えるのだろうか?

 カラとメフィストフェレスは顔をしかめていた。


 ……パフェを待つ間、まず情報を共有したかったので、軽く説明をする。


「えっと……まあ、本題に入るけど、まず俺が気絶したのは『ファット・ファズ・ファクトリー』という貴族が襲いかかってきたからなんだ」


 アリアはその名前を聞いた瞬間に肩をびくつかせた。知ってはいたんだろうな。ゲームでは危機意識が薄いことによって、特に警戒していなかったことを示唆していた。


 世間知らずのお嬢様だということが原因だ。


 そして、カラも知っていたようだ。なにか言いたげに口を動かしていた。


「知ってるのか?」


 と聞いてみた。


「ランキング参位。でも私の嫌いな色」


 そこから目を伏せ、悩ましげに唇を波立たせていたが、やがてこう言った。


「色は黄土色。優越感のような。支配欲のような」

「なるほど……」


 態度にかなり表れている。『ファクトリー家』とは諸侯であり、貴族を束ねる貴族といった存在である。そのため、大きな権力を有しているらしい。


 だからこそ増長した欲望を誇示できてしまうのだ。

 彼らの半身のような平然さで身につけるものだ。


 ……ため息をついた。

 ジョシュアの記憶にある、ファウスト家の面々とまるで同類だからだ。他者から奪うことこそ本懐、といった雰囲気。


 かくいう俺も同類だ。

 ゆえに、ため息。


「アリアさん」

「は、はい……どんな処遇も受け入れます」

「なに勘違いしてんですか。俺はべつに怒っちゃいない。むしろ感謝してるんですよ」

「え……」


 アリアには分らないかもしれないが、こういうときにこそ俺は笑いたい。簒奪者はだれかが玉座にいなければ存在意義がない。


 同類といっても決定的に違う部分がある。

 彼らは弱者。俺は強者から奪う。

 地位も名誉も実力も奪い去る。


「さっきも言ったでしょう。アイツをぶっ殺してすべて奪ってしまえばいい。簡単なことじゃないですか」

「……っ」


 安心させるために笑いかけようとしたが、獰猛な攻撃性が漏れでてしまって、語気も激しく犬歯を剥きだしてしまった。


 アリアは俺の顔を見つめて呆然として。あるいはもっとほかの感情を精算しきれていないのか。

 カラに聞けば分るのだろうか?

 どうでもいいが。


「……てなわけで、協力していただけると嬉しいんです。イヤならひとり、勝手にやるので断っていただいても構いませんよ」


 カラとメフィストフェレスは黙ってその場を見守っていた。というより、口を挟ませる気はない。これは俺とアリアの問題だったからだ。


 彼女の前髪の奥。蒼い目の揺らぎを見つめていた。

 時化た夏の海のような彼女の目を。


「……彼、ファットはきっと、ワタシの音楽会に来ていました。直接は覚えてはいませんが、友人からそう伝えられたのは覚えています」


 いままでのどもりが嘘だったのかと疑ってしまうほどに、流暢な口ぶりで彼女は語りはじめた。


「ただ、それだけの関係。むしろ関係などないとばかりに、視界に彼を入れないようにしていました。でも、理解していました。それは逃避にすぎない」


 アリアは目を閉じていた。


「……あきらめていました。ワタシは臆病者でした。その結果……アナタを傷つけてしまった」


 心の裡を探るように、過去を想起するように、そう言って目を開いた。


 それだけで瞳の海は凪いでいた。


「……お願いいたします。ジョシュアさん。ワタシの代わりに彼を倒してください。そのためならいくらでも協力させていただきます。お願いいたします」


 アリアは俺に託した。

 異論はなかった。というより、そうでなくては困る。彼女が身を乗りだして解決を図るより、直々に俺のつけいる隙をねじ込みたい。白黒つけたい。


 そしてそのままファットの上を行きたい。

 ランキング参位に屈辱を与えたい。


 まだ頭かち割られた怒りはおさまっていない。


「ありがとうございます」


 俺が頭を下げるとアリアはあわてたようにして。


「わっや、やめてくださいな! ワタシがわるいのですから……頭を下げる必要などないのです」

「いえ、そうではなくて」


 もらったことに対しての謝辞。


「闘う機会を与えてくれましたから」



            ♢



 店員がパフェを席に届けにきた。

 プリン、ミルク、フルーツパフェは、まあよしとして。銀製のトレイに載せられた赫い妖気をたずさえる謎の料理は、見ているだけで眼球が痛んだ。


「あ、き、きましたね……」


 アリアがそれぞれに配置した。

 もちろん唐辛子は彼女の目の前。


「アリア様。ほ、本当に食べるんですか……?」

「え、ええ……すこし味見いたしますか?」

「あぁいえ。わたしは結構です」


 メフィストフェレスは隣のアリアに、隠しながらも珍獣を見る目線を送っていた。


 ……それぞれ、スプーンを手に持って口に運んだ。


「おいしい。ジョシュアも食べて」

「ん。じゃあこれも食べてみなよ」


 カラのパフェをスプーンでわけて食べた。

 とてもまろやかなプリンだった。うめえ。


「ご主人様。ファットと闘うのにあたって、なにか策はあるのですか? わたしの見立てでは……」

「勝てない、よな」

「……えぇ」


 そんなことは百も承知の上だったが、悪魔の洞察力をもってしても、覆らないというのは……キツい。


 メフィストフェレスは半分笑って聞いてきた。


「それでは『使い』ますか?」

「試してはおきたい……けど」


 ステータスバフ能力の話に違いなかった。

 だが、正直なところ、あまり気のりはしなかった。

 というのも、それを使ったら……。


「ジョシュア。なんのこと?」

「悪いけど、言えないんだ」


 契約に反するため、カラには。


「『使った』ら俺はどうなるんだ?」


 メフィストフェレスの茫洋に対し、冷ややかに聞いた。どこかに一日目の夜を想起していた。


 でも彼女はその時と違って、陰のある顔になって。


「使われないほうが、わたしは嬉しいです」


 そう呟いた。


「……分ったよ。なるべく使わないようにしようか」


 メフィストフェレスの表情は、安心したように、おだやかなものに変わった。なにかあるには違いなかった。悪魔の言葉。だがもう、彼女は俺にとって……。


「ど、どうされますか。ワタシになにかできれば」


 アリアが赫いスイーツの冒涜を食べる手を止め、平然としながら指示をあおいできた。


 ホントに辛いのだろうか……?

 そう思わせるくらいに平然としていた。


「じゃあそのパフェ、スプーンですくってください」

「え? ……こうでしょうか」

「それから、ここのへんに浮かせて」

「は、はぁ」


 こぼれないように、手を添えながら、俺が指した空中にそれをもってきた。


「俺たちは明日からこういう関係で」


 そして、赫い痛覚の液体を頬張った。

 カラとメフィストフェレスが、信じられないといわんばかりに、俺を凝視していた。


 ……アリアは顔が真っ赤になって呆然としていた。


「よ、よろひく」


 舌の上で爆発が起こったのだろうか?

 俺も涙を浮かべながら赫くなって言った。


 


 

 





 

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ゲームの悪役に転生した俺、原作知識で悪魔を騙す。~全ステータス最低でもバフればよくね?~  カオスマン @chaosman

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