18話「転回」

 どうやら保健室で目を覚ましたようだ。

 白いベッドを背にしてた。その周りを視線を避けるためにカーテンで囲っていた。


 後頭部や鼻の痛みは消えている。

 回復魔法ねぇ……あまりにも都合がいいよな。被害者にも加害者にも、跡に残らないなんてのは。


「あ〜なんつったかな……あの野郎」


 まだ意識がはっきりしておらず、記憶があやふやな状態だったが、だれかにアリアを激しく侮辱されたことだけは覚えてる。


 たしか、Fが多い感じの名前で。


 ……靴が床を叩く音が響いて、近づいてきた。


「おや、起きたかい?」

「……ええ、ご迷惑をおかけしました」


 カーテンを開けられて、眼鏡をかけた青年の、柔和な雰囲気をまとった男性がやさしげに声をかけてきた。この保健室の教員だろう。

 だが記憶が定まらない。誰だったか……。


「俺はどれくらい寝てたんですか?」

「う〜ん。二時間くらいかな」


 あぁ、もう講義はじまってる。

 俺は靴を履いて立ち上った。


「すぐ出ますから。ありがとうございました」

「そうかい。でもその前にアレ、なんとかしてね」


 俺がカーテンを開け切る直前に、彼は保健室の応接間を顎で指した。つられて見てみる。そこにはソファがあり、お通夜みたいな雰囲気で地面を見つめる女子三匹が座っていた。キノコでも生えていそうだ。


「勝手に殺すな」


 そう呼びかけたら、彼女らは引くくらい青白い顔をしながら、くちぐちに謝罪を述べてきた。


「ひっ! ご主人様、申し訳ありませんでした! 見捨てないでください、見捨てないでください」

「私が一生世話する。二度と手放さない」

「……いくらでも払います」


 ここまで落ちこまれたら逆にこわいよ。

 保健室の先生は隣で「うわぁ……」と小声で呟いていた。そりゃそうよ。俺だってそう言いたいよ。


「そこまで気にすることないだろ……」

「い、いえ……わたしがからかったから」

「メイに乗っかった。私が悪い」

「……全部、ワタシのせいです」


 保健室の先生が「早く出てってくれないかな……」と小声で呟いていた。そりゃそうよ。すみません、すぐに出て行きますから。


「と、とりあえずついてこい。先生、ありがとうございました……」


 それだけ言って、保健室の扉を開き廊下に出る。


 ちゃんとついてくるか不安だったが、彼女らは幽霊じみた足取りで俺の背後に歩み寄っていた。瞳孔は開きっぱなしで口も半開きだ。

 ……やだ、生気を感じないよ。


 体も重いがなにより心が重い。

 この変なのに取り憑かれたっぽい。


 本当に気にしなくても構わないのに。

 それよりも、エフ、エフなんだったか。


 エフ……ええと。

 ああそうだ、そうだった。


 次の標的──あるいは俺が標的か──ファットのことをようやく思い出せたので、獰猛な気分を抑えつけながら、計画を練ろうとしていた。


 練ろうとしていたんだけど。


「見捨てられる……終る……」

「二度と目を離さない」

「……死んで詫びます」


 ……ひとまずこいつらを正気に戻さなきゃ。



            ♢



 俺はそのまま午後の講義をサボり、彼女らを街に連れ出した。気にしなくてもいいと言っても、素直に受け取りそうになかったので、もういっそ罰と称して遊ぶことにしたのだ。


 アリアに奢らせた林檎ジュースを飲みながら、あらゆる店が立ち並ぶ目抜通りをぶらぶら歩いていた。


「その……ご主人様……」

「ん〜?」

「これが、なんなんですか?」

「罰ですけど」

「これが……罰になるのですか……?」

「罰だから」


 メフィストフェレスにはとりあえず狐耳をつけてもらった。彼女の白い髪と同じ、真っ白な狐耳。

 しかも当人に買いに行かせて、その場で装着してもらった。特にこれといった意味はない。

 昼飯時にイジってきた罰だ。


 すこし顔が赤い。はじめてメイド服にしたときとは違ってかなりおとなしい。羞恥心から周りの目を気にして、縮こまっているようだ。こうしてりゃ可愛げがあるってもんだな。


 カラが控えめに俺の袖を引いてきた。

 最近これがお気に入りらしいな。

 よくやってくる。


「ジョシュア。私にも罰」

「カラにはなにもしません」

「えっ。どういうこと」

「だってあんま悪くないし」

「目。目を離した」

「赤ちゃんじゃねーよ」


 なんか……過保護すぎじゃないか?

 いや、実際に目を離した隙に怪我しているのは間違いなかったわ。俺が理由みたいなところはあるのか。


 ……自分のことなら制御することができるが、他人のことまでは制御不能だから。自己責任ということにして安心を求めているのか?


 それならば、お門違いというやつだ。


 歩きながらカラの頭に手を置いた。


「ごめんな。心配かけて」

「……傷ついて欲しくない」

「悪かった。気をつけるよ」

「うん」


 これでよし。ついでにこれをあげておこう。

 俺は服にしまってあったメモ帳とペンを取り出し、殴り書いてからページを破り取った。


「はいこれあげる」

「なに。この。紙?」

「これは『ジョシュア券』というものだよ」

「とてももらえない」

「使えばなんでも言うこと聞いちゃうかな」

「やっぱりいる。ありがとう。大切に持っておく」


 カラはにこにこ笑って大切そうに『ジョシュア券』を上着の内側にしまった。さっき適当に考えたんだけど……そんなに嬉しがってくれるなら何万枚でも発行したくなる。


 メフィストフェレスをちらっとみると、悲しそうな雰囲気で『ジョシュア券』を見つめていた。欲しかったのかな。

 こいつこんなに可愛かったっけ。狐耳のせいか?


 あとでなんかプレゼントあげておこう。


「……さて」


 本題はここからなんだよな。

 振り向いて、最後の幽霊に聞いてみた。


「アリアさん、歩き疲れませんか?」

「あっ……あぁ……」


 さっきからこのひとだけ、背後でずっと絶望的な顔してんだよな。小声でブツブツ謝られてるのも、マジで怖いのでやめてほしい。

 髪の毛食ってますよアリアさん。あまりの惨状に涙が出そうだった。ホントに歌姫なのか?


 あと周りの目が痛いんだ。

 多分ガチの霊だと思われてるよアリアさん。


「ちょうどいいんで、喫茶店で休憩しましょうか」

「うっ……あ……ワア……」


 ストレスのあまりおかしくなっちゃったのか?

 まともな受け答えができていない。


「行きましょうね、アリアさん」

「……は、は、は、ひ」


 まあ、ファットのことを見逃していたことへの罪悪感なんだろうけど、そんなもの俺には関係ない。むしろいつまでもこの調子だと面倒なだけだ。


 それに、学園から離れたのだって、ファットの監視から一時的に逃れるためでもあった。彼女がこの調子では、わざわざここまで来た意味がなくなってしまう。


 だから喫茶店の入り口、ふたりを先に行かせたあと、振り返ってアリアの耳元に近づいて、小さな声で言った。


「ファットをぶっ殺します。協力してください」


 





 

 

 


 


 



 


 

 

 


 

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