17話「歪曲」
「アリア様、コロッケ食べてくださいな」
「あ、あ、はい」
「シュークリーム。私が作った。食べる?」
「あ、ありがとうございます……」
あのあと、紆余曲折ありながらも、アリアは事情をすべて話し終え、一晩経ってしまえばよく分らないうちに仲良くなっていた。
そしていま、いつもの裏庭で横並びを形成しながら、弁当を食べていた。姦しいっていうのはこういうことなのかな。不思議だなぁ。
メフィストフェレスもカラも友達というものには、ほとんど縁がなかったはずだし、きっとすごく嬉しいんだろうな。しかしなぁ。
「……おいし」
すごい不思議だなぁ。なんで俺は端で無言で、輪に入りにくくなっているんだろうか。みんな仲良くなってくれて非常に嬉しいが、どことなく疎外感が抜けきらない。
女子会に堂々といられるほどの胆力は、残念ながら俺にはそなわっていないのだった。
ルークんとこ行こうかな……あっちはあっちでヒロインが眼を光らせているから、なんか入りにくいけれども。
なんて考えていたところだった。
「ジョシュア」
「カラ! なになにどした?」
カラちゃん。話しかけてくれてありがとう。
いい子やで……。
「お水取って」
「はい」
「ありがとう」
「……」
それから彼女はすぐに会話に戻ってしまった。
望みが絶たれた。最終手段だ。
「あっなんか眠いわ、眠くなってきたわ」
──どうだ?
「お、おふたりとも、料理お上手なんですね」
「はじめたのはここ最近なのですが、つい凝ってしまいまして。カラ様には色々教えてもらってますよ」
「メイはまだまだ。でもセンスある」
「わ、ワタシにもできますでしょうか……」
「できる。よければ教える」
ダメっぽいな。
俺は立ち上り、空を仰いだ。
気持ちのいい青色だ……いまの俺のような。
「どこへ行かれるのですか?」
メフィストフェレスに声をかけられた。
目が合う。ニヤニヤと笑っていた。完全に手のひらで遊ばれていたというのか。気づくのが遅れた。恥ずかしくてもう後には引けない。
「いや、ちょっと旅に出たくて」
「あらそうですか。お土産よろしくお願いしますね」
「じ、ジョシュアさん……お気をつけて」
「旅立ちは黙って見送る。それが友の礼儀」
意地悪と天然と冗談が三者三様で俺のことを見送ってくれた。ふたりは行く宛なんてないことくらい分ってやってるだろうに。
いつの間にか、俺はどこかへ旅に出てしまっていたようだ。彼女らの中でいないものになってしまった。
まあ……女友達ができて、はしゃぐくらい楽しいならそれでいいじゃないか。そう思って納得することにした。納得することに……うん。
ため息だけ置いて、振り返らずその場を去った。
♢
ただ旅に出るとうそぶいたとしても、実際のところ、ひとりで静かに思考を巡らしたかった面もあった。決して強がりではない。
「ジョシュアだ……」
「最近、カラちゃんとよくいるよね」
「アリア先輩とも仲良くなったらしいよ」
「え……いまひとりなのって」
「浮気、とか?」
とはいえ静かになんて、そんなことはあるはずもなく、むしろ雑音がうるさいくらいだった。あとそんな仲ではない。
……ステータス強化、ひいては技術強化。
そのためには、戦いを経験したい。
模擬戦でも構わないのだが、再現性のない人間を参考にしても、成長には繋がらない。
アリアの戦闘スタイルは、ああみえて肉弾戦を得意としている。歌によるステータス強化と回復を繰り返しながら接近していくさまは、普段の彼女とはやはり結びつかない。揶揄されて『爆走歌姫』とかいうあだ名があった気がする。
メフィストフェレスのステータスバフを使用するにあたって、参考にするならまずは彼女だろう。
しかし……いまの彼女に戦闘能力はない。
あるイベントを通して、ようやく自身の力を自覚してからでなければ、アリア・ダ・カーポはただの清楚系性的美女でしかないのだ。
心理的には構わないのだが、参考にならないので困る。……どうしたものかな。
イベントを進行させてみるか、否か。
悩んでいる部分はそこだった。
もう関わってしまった時点で、進行させるしかないのは理解している。いまさらルークに押しつけようなんて不可能だと理解している。
そしてアリアを見捨てるなんてことは、俺がジョシュアの主人公である以上、絶対にしてはならないことも理解していた。
問題はいつ、進行させるか。
まだ焦らずともいい。いいはずだが。
確実にストーリーが変化している状況下で、ただ待つというのはどうにも不安でしかなかった。
しかし、いまの俺では……。
「ジョシュアはこちらにおります」
「でかした。謝礼は渡す」
知らない人間から名前を呼ばれるなんてのは日常茶飯事だったが、どうやら毛色が違いそうな雰囲気の発声が耳に入ってきた。
なんだろう、と思っていたら、いきなり後頭部に強い衝撃が加わってきた。と気づいたのは後のこと。
まず視界が真っ白になって、そのなかを妙な色彩が飛び回る。変な匂いがするような気がした。香水?
俺は地面に突っ伏して、動けなくなっていた。
嘔き気が込み上げてくるのを浅い呼吸で誤魔化す。
「貴様にはそこがお似合いだ」
高圧的な声色だ。
俺は後頭部を抑えながら、全身に力を込めて仰向けになって、相手を確認しようとした。
姿勢は変えられたものの、視界がまだ回復しておらず、なにも分らなかった。
「だ、れ……だ」
絞り出すように、なんとかして聞いてみたが、こいつは答えるのだろうか? 頭が痛い。気持ちが悪い。覚えていられる気がしない。
「……貴様、なぜボクのことを知らない?」
声が震えている。怒っているのだろうか。
怒りたいのはこっちのほうに決まってる。
とはいえ、それ以前に意味が分らなかった。
「し、視界が……分らない、んだ」
「そうか。では『ファクトリー家』といえば分るかな?」
それは、知ってはいるが。
なんてことだ。
嗚呼もう、気が狂いそうだ。
まさか、ありえないだろうと気を抜いていたのか?
にしたってこれは。
頭から血が流れている。すぐに俺は気絶するだろう。こんな暴挙、許されるはずがないと思っていたが……納得した。
聞いておかなければいけない。
ハッキリさせておかなければ。
「『ファット・ファズ・ファクトリー』……か」
視界が白から黒くなっていく。
ダメだ……気を失う。
「あぁ。貴様を殺しにきた」
顔を思いっきり蹴られたようだ。
鼻がきしむ音がよく響いた。
気を失う直前でよかった。
まだ痛みがマシになったからだ。
薄れゆく意識のなか、俺はやはりアリアと関わったことをすこし後悔していた。彼女と出会わなければ、ファットとも出会わなかったのに。
彼はアリア・ダ・カーポの婚約者だと思い込んでいるから。彼女が略奪されたと思い込んでいるから、俺の元へ来たんだ。
一概に勘違いともいえないのがツラい。主人公なら彼を倒して、アリアの心を奪ってしまうからだ。ルート通りに進めば、そうなるしかない。
まさかフラグのほうから向かってくるとは。なんてことだ。様子見なんてしようもないじゃないか。
それに彼は強い。
おそらく現ランキング参位のはずだ。
勝てるのか、勝てないのか。
……勝てない。
いまの俺では確実に勝てない。
思考はあとでまとめるとして、意識を手放す前にこれだけは絶対にやらなくてはいけないことがある。
ひとまずその場を凌げればいい。
それから彼との接触は極力避けて。
ステータスを向上させよう。
アリアはそのあとなんとかすればいいだろう。
とりあえず謝って、なんとか見逃してもらおう。
勝てないから、最善策を取らなければ。
「貴様のようなクズはアリアに相応しくない」
「う……」
「アリアは高貴な人物の側にいてこそ光る。例えばそう、ボクのような高潔な貴族の人間に一生飼われるべきなのだよ。貴様はアリアの使い方を分っていない。アリアの幸せを分っていない」
でも最善策なんて吹き飛んでしまった。
その言葉を聞いた瞬間、やはり謝るのはやめることにした。ダメだ。こういうのはダメだった。
人間の尊厳を嬉々として破壊する連中を目の当たりにすると、どうも明確に殺意が湧くのだ。
気絶する前にやらなくてはならないことが変わった。そもそも謝ることなんてなにもなかった。
むしろ泣き叫んで謝るのは向こうのほうだ。
「ならゴキブリでも飼ってろよゴキブリ風情が」
宣戦布告なんてする必要もないのに、ついやってしまう。自嘲しすぎて半笑いになれたから、その顔で言ってやった。
そしたらまた蹴られて──意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます