晩餐官の昼

あぷちろ

あはれ、ナカノは爆発四散

 ぐちゃぐちゃに散らばるショートケーキの残骸! 飛び散るチョコレートソース!

「あーもう無茶苦茶だよ」

 路地裏に蔓延する甘ったるい人工血液のにおい。これはカカオソースベースの新型血液だろう。

「見事にぐちゃぐちゃだな」

 声を発したもう一人が幼児のようにアスファルトをまだらに染めるホイップクリームを踏みしめる。

 食用のホイップクリームとは違い、ぬめりを帯びたこのクリームは生体義肢に用いられるものだ。

「今日、誕生日なのに。ショートケーキ食えないじゃん」

「ご愁傷さま」

 軽妙に言葉を交わす二人のジャケットには同じ桜の代紋が刺繍されていた。

 

 

 時は世紀末。西暦2099年、人類はそれとなーく進化しつつもそれとなーく怠惰に生きていた。

 科学技術も、ちっとは進歩したもののおおむね00年代レベルのまま停止していた。世界人口も増減しつつも減少傾向、主人公の住むニ本という国家は衰退まではしないものの現状維持でなんとかずるずると現代を生き延びていた。

 これまでのおよそ100年で改善した唯一といっていいもの、それが食糧事情だ。概ねどの国でも主食の無限生産化に成功し、人類は飢餓から解放されたのだ。

 ……中には絶食ブームをこじらせすぎて飢餓死過激派なる団体も発生していたが、些末な問題だろう。

 さて、逸れた話を本筋に戻そう。食料問題が解決したという事は飽食を極める事となるのはジメイ・ノ・リ。特に、かねてより食に貪欲な国であったニ本は食料において世界一位となりその食文化を全世界へ発信し、ついには料理大国を名乗るようになった。

 ニ本人は食に対する熱意を拗らせすぎて、ついには体の一部を再生し続ける食料に置換する者(SDGsだね!)や、より効率のよい調理をするために腕や足を調理器具にする者まで現れた。

 そうした、常人の枠からはみだした者を畏怖を込めて食人しょくにんと呼ぶ。

 その全てが善人ならば良かったのだろうが、千差万別十人十色。善人がいるのであれば悪人もいる。

 食人が引き起こす犯罪行為はどれもが凄惨で生産性のないものばかりだ。その道を極めた食人は犯罪行為自体も普遍であることが少なく、普通の警官や特殊部隊員では対応が難しいのが特徴の一つであった。

 犯罪をおかす食人を取り締まる……それが公安二十九課、通称・晩餐部隊。その部署に配置された人員は晩餐官と呼ばれ、世間ではヒーローとして扱われていた。


 

 晩餐部隊の男性隊員二名、名を村田と荒川という。ショートケーキが好きなのが村田で、さほどそうでもないのが荒川だ。

 二人は通報を受け、この事件現場へと足を踏み入れていた。

 村田は表情をしかめつつも、ぐちゃぐちゃに潰されたショートケーキのような顔面をした被害者へと近づく。

「ガイシャは三十台男性。登録名はナカノ・S・広場。二駅先の飲食店勤務」

 手元のスマートな端末で画像認識をかけるとあら不思議。被害者の身元がすぐに割れるのだ。

「見ての通り生体置換手術を受けており、ショートケーキが好物……ウェーイ! やはりショートケーキこそ至高のケーキなり!」

 端末に表示された文面を見てはしゃぐ村田の頭をすぱこん、と荒川がはたく。

「ばっきゃろぅ。ティラミスこそ至高だろうが」

「はぁ? イチゴが乗っているショートケーキこそ至高だが?」

「ティラミスにもイチゴ乗せればいいだろう」

「そっか」

 間抜けなやり取りをしつつ村田は、今度はチョコソースを小さい匙で掬うと、持ってきていたケーブルのついた瓶へと収める。

 ケーブルの先端をスマートな端末に接続すると……なんとまあ、次は加害者であろう人物の情報がわかるのです!

「ホシは十代男性、渋谷丸井乃介。高等学校中退、中退後は食品衛生管理会社ヤクザ者に入社。数日前にナカノが勤める飲食店に訪れている……」

 村田の台詞を遮るように荒川が言葉を重ねた。

「地上げだな」

「ですね」

 二人はこの事件を地上げトラブルに関するものであると断定し、顔を見合わせた。

「村田ァ、本部に渋谷の勤め先へガサ入れ襲撃するように連絡」

「あいあいさー」

 村田は軽快に端末を操作して警察庁に設置された本部に連絡を取った。

 こうすれば今日中に加害者は捕まり、被害者家族に連絡もできることだろう。

「これで今日のお仕事おわりっすねー。帰り際にガトーショコラでも買いますかー」

 村田はさっさとこの場からおさらばせん、と大きく伸びをして踵を返した。

 が、荒川が村田の肩を強く掴み引き留めた。

「お前さっきまでショートケーキこそ至高とか言ってなかったか? あと、退勤はまだだぞ」

「えぇ? どーせ報告上がってきてからしか書類作れないのだから今日はもう終わりっしょ」

「何言ってんだよ、俺たちもガサ入れに同行すんだよ」

「そ、そんなー!」

 ずるずるとだいの大人が大のおとなに引きずられて路地裏を抜けていく。

 ――この判断が、二人をニ本という歪な国家の闇へと引きずりこむとは、お天道様すらこの瞬間には分かっていなかった――






 つづかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

晩餐官の昼 あぷちろ @aputiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ