悪筆解読アルバイト

紫陽_凛

読まなきゃよかった

 悪筆解読あくひつかいどくのサービスを運営するA社では、三人のアルバイトをやとっている。Bと、Cと、俺である。Bは熟練じゅくれん勤続きんぞく五年目に入るベテラン、Cは入ったばかりの新人だ。そして俺は「どんな悪筆あくひつでもたちどころに読み解いてしまう」と社長にいわれるほどの逸材いつざいだという。

 いや、読めるから読めるだけの話だ。それ以外に何があろうか? 俺はただ読むだけだ。

 全国各地から流れてくる悪筆文書の数はおよそ五千。五千しかないというか、五千もあるというべきか。よくわからないながら、俺は渡された悪筆文書を読む。多くが、遺言状ゆいごんじょうだとか、どうしても読み解きたい大事な手紙だったりする。

 

 ある日、Bがインフルにかかったらしく、急に来なくなった。Cと俺は二人っきりで、悪筆文書の読みきにかかる。しかし三人でやっていたものを二人でやるのははっきり言って無理だ。無茶だ。経験の浅いCはミスを連発しつづけ、とうとうを上げた。

「もー!全部しっちゃかめっちゃかのぐちゃぐちゃですよう!」

「そういわずに、あと少し頑張れよ」

「もう読めない!これ、Bさんの【至急しきゅうボックス】に入ってたのに読めない!」

「仕方ないな、どれ、見せてみろ」

 言うなり、待っていたかのようにCはきゅるんと目をうるませた。「さっすがDさん!器が違う!」

「おめーがうるさいからだろ」


 その紙はA4サイズのコピー用紙で、ピンクのラメペンの字が並んでいる。かろうじて横書きだとわかる。

 ……悪筆には二種類ある。達筆たっぴつすぎてくせが強いものと、単純に字が汚くて読めないというものだ。俺は直感した。これは、どちらにも当てはまらない。「わざと」ぐちゃぐちゃな字を書いている。


 Bの几帳面きちょうめんな文字で、付箋ふせんに「たて」とメモがついている。俺は自分の机に戻り、そのピンクの文字をじっと追い続けた。


「どうですかどうですか?」

「うるさい、静かにしてくれ」

Cが静かになった。ようやく、没頭できる。


いわ君子くんしあやうきに近寄らずというが

いまはただ危うきわが身を思うばかり


 なんだ、論語ろんごか? にしたっておかしい。論語はこんな話運はなしはこびをしない。それにこのわざとくずされたひどい字は……。

 俺はBの付箋の字を見つめた。縦。


きみは

犬のような

にんげん

げに、おそろし

骨に

しょうこがある

かべは選べ


「はぁ?」

全くもって支離滅裂しりめつれつだ。意味が通るとしたって、なんだこれは。君は犬?

 俺は別の紙にそれを書き出していく。


 Cがそれを後ろからのぞき込んでくる。

「ああ!そんな簡単なことだったんだぁ」

「何かわかったのか?」

「はい!」

 Cは満面の笑みを浮かべ、両手に握ったびたバールを俺の頭に振り下ろした。



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