肉の解体は、ていねいに

kou

肉の解体は、ていねいに

 まな板の上に、乱暴に出された肉塊があった。

 それを見た瞬間、村越むらこし優子ゆうこは小さく悲鳴を上げた。

 高橋たかはし万希まきが包丁を手にして言った。

 眼には刃物のような光を湛えている。

「良い色でしょ。ピンク色の赤身がいい肉なの。まったく家の旦那ときたら……」

 万希は肉に包丁を入れる。腕だけでなく、声に力が入っていた。

「ほら! こうやって切るのよ」

 優子の顔から血の気が引いた。

 大きな肉塊が解体され刻まれる。血が流れ出た瞬間、優子は青ざめる。

「血が」

「慌てないの。これだけの大きさの肉よ。完璧に血抜きなんてできないわ」

 まな板の上を血が流れるが、万希は構わず肉を刻む。まな板は血に濡れ、凄惨な光景が広がる。

 優子は直視できず目を閉じた。

「逃げないの優子。幸せに成りたければ、あなたもやるのよ!」

 万希の声に、裕子は目を開ける。

 目の前には血で光る包丁を持った友人の姿がある。

「やだ。私できない……」

 震えながら訴える優子だったが、万希は容赦しない。

 優子の手を取り、無理矢理に包丁を持たせる。

 包丁を持つ手が震えた。

 だが、ここで躊躇ちゅうちょすれば叱責されると優子は思った。

 覚悟を決めて、包丁を握る手に力を込める。

 そして肉を切る。

 解体が終わった時、優子は自分の手が、血とドリップでぐちゃぐちゃになっていることに気づいた。

「最後は煮込むの。トロトロになるまでね」

 万希の言葉に優子はうなずく。


 ◆


「おいしい!」

 優子は豚の角煮を口にした途端、思わず叫んだ。

 甘辛い味と柔らかさ。

 舌の上でとろけるように溶けていく。

 今まで食べたことがないような美味しさだった。

「でしょ。なのに旦那ったら、お酒を飲むばかりで、あまり食べてくれないの」

 万希は不満げに言う。

 しかし、優子は愚痴を余所にひたすら箸を動かすことに夢中になっていた。

「彼に手料理ごちそうするんでしょ。頑張って」

 万希は優子に応援を送る。 

 その言葉を聞いた優子は嬉しくなって笑顔になる。

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