飯飯高等学校 ごはん研究会

那由羅

本日のお題:ごはんのおとも

 飯飯いいめし高等学校 ごはん研究会───

 白米を追求し更なる発展を目指す、ごはんが大好きすぎる学徒達の集まりである。


「お米を愛する者どもよ、よくぞ集まった!」


 威風堂々と黒板の前に立つのは、このごはん研究会会長、飯塚だ。


 高身長且つ筋肉質な肉体と、きれいに刈り揃えた丸刈り頭という風体の彼の第一声によって、二十人を超す会員が一瞬で静まり返る。


「今日のお題は…これだ」


 挨拶もそこそこに、バンッ───と豪快に叩いた黒板には、可愛らしい筆致で『ごはんのおとも』と書かれていた。


「我らごはん研究会にとって、稲は宝、玄米は崇高、白米は至高。これは言うまでもない事である!

 その一粒一粒を噛み締め、恵みを感謝すると共に明日への活力を得るものだ。

 …しかし、ほかほかのごはんと一緒にまんべんなくかき混ぜられる”おとも”の存在は、時に我々に癒しのひとときを与えてくれる」


 おおおお───と会員達の感嘆が会議室に響き渡る。


「どれが一番、などと決めるつもりはない。

 意見を出し合い、我らのごはんライフをより良いものに高めようではないか!

 さあ───発言を許す! 何なりと言うが良い!」

「それでは…私から」


 すっと挙手したのは、筋骨逞しい眼鏡をかけた神経質そうな男だ。名前は米田。この会の副会長だ。


 彼も頭は丸刈りにしているが、これは別に飯塚や米田に限った話ではない。このごはん研究会の会員の男達全てが、皆丸刈りなのだ。

 一人であれば威圧を漂わす強い個性とも言えようが、さすがに全員ともなるとこれが世界の常識となり、没個性と化す。


「『ごはんのおとも』と言っても多種多様です。ふりかけ一つとっても、数えきれない程の種類が売られている。どれも味に個性があり、甲乙つけがたい」

「うむ」


 飯塚の相槌を皮切りに、会員達からふりかけの話題が紛糾する。


「のりたまご、おかか、さけは鉄板だよな」

「すきやき味の、あの肉~って感じの味付けがよだれ止まらないんだよぉ」

「明太子は手が出せないけど、ふりかけの明太子味はお手頃でいいんだよねぇ」

「わさびは最初苦手だったんだけどさ、慣れてくるとあれがまた深みがあって」

「しそや梅の果肉入りが、また食欲増しちゃうんだよなぁ…」


 馴染みのあるふりかけの意見が飛び交う中、挙手しながら口を開いた者がいる。久米川だ。


「最近は缶詰、瓶詰ものも良い物がありますよね。

 僕、”おごはんですわよ”が大好きです」


 おおおおー、と会員達から歓迎の声が上がる。


「”おごはんですわよ”は、国の宝と言えよう…! 生海苔というジャンルをあそこまで昇華させるには、並々ならぬ努力があった事だろう…」

「最近は、おかずラー油なるものも出てきたよねー。色々試したいんだけどさ、お小遣いで揃えるの厳しくてさぁ」

「缶詰ものは、長期保存が効くのがいいよな。”シーオストリッチ”はツナ缶の神様だよぉ」

「缶詰も幅広いよなぁ…オイル漬け、味噌漬け、水煮…。

 オレ、サバの味噌煮好きなんだけどさあ。『ごはんのおとも』っていうよりも、あれはおかずになるんじゃねえかなっていっつも考えちゃうんだよねぇ」


 次々とあがる『ごはんのおとも』。日の光が傾きかけた頃だけあって、生唾を飲み込む会員もちらほら見られる。


「───嘆かわしい」


 ぼそりと高い声で呟きが聞こえ、会議室がさっと静まり返って行った。

 声の主を求めて皆が顔を向けた先に居たのは、このごはん研究会の紅一点、米神こめかみだ。


 熱気渦巻く丸刈り山脈の中、彼女だけは長い黒髪を結わえている。重力に逆らうように渦を巻いたその髪型は、炊き立てのごはんの上を舞い踊る湯気にちょっとだけ似ていなくもない。


「…あなた方は、一体何年この国で暮らしているのですか。

 ふりかけ、瓶もの、缶もの───どれも素晴らしいものばかりですが、我々はもっと身近なものを知っているでしょう?!」


 米神は、言うなれば『飯サーの姫』…と分類されるべき立ち位置なのだが、彼女の場合はそうしたちやほやされるような存在ではない。

 女帝───その眼光だけで全てを圧倒する、鋼鉄の女だ。


 女帝米神と会長飯塚のかち合う視線の中心で火花が散った。どちらも引けない戦いに、その場にいた者達が皆息を呑む。


「ふむ…もったいぶらずに言ってみるがいい。我々が挙げていない『ごはんのおとも』を!」

「ふん、耳をかっぽじってお聞きなさい───そう、、ですわ!!!」

「───ぬぅっ!?」


 誇らしげに高らかに挙げられたものに、『盲点!』と言わんばかりに飯塚の表情が険しくなった。


「この国は、卵による食中毒が発生しないよう徹底的な品質管理を心掛けておりますわ。生のまま食せる環境下にある卵は、世界中を見ても殆どありません。

 国の主要穀物である米と、卵を愛する者達が探究した生食可能な卵…。

 卵かけごはんは、国宝と言っても過言ではないでしょう」


 会議室がにわかにざわめいていく。『目から鱗が落ちる』とでも言うべきか。既製品ばかりに考えが向かっていた彼らにとって、米神の言葉は原点に立ち返るものだったに違いない。


「………米神が卵推すのってさ。米神んようけ───」

「ごはんと混ぜ合わせて食べる物であるならば、卵以外にも納豆やとろろ汁も『ごはんのおとも』と言えるでしょう。

 特に納豆は、千年程前の時代には都に貢物として贈られた記録が残っているとか。

 ある意味、こうしたものが『ごはんのおとも』の起源と言えるかもしれません」


 会員のつっこみを遮るように米田が横やりを入れると、また会議室がざわめいた。


「卵かけごはん…最高だよな」

「ちょっと小腹が空いた時に、ごはんと卵さえあればすぐ食べられるもんなぁ。卵かけごはん用しょうゆも結構多いし」

「納豆は毎朝食べるなぁ。匂いがアレだけどさ。腹の具合が良くなるんだよね」

「胃が疲れた時にとろろ汁はありがたいしなぁ…」


 既製品から逸れた事で、手の込んだものも該当するのか、という話も混ざって行く。


「混ぜ合わせるのがアリなら、調理する時に混ぜ合わさってるのも『ごはんのおとも』になるのか?」

「炊き込みごはん、栗ごはん、赤飯、豆ごはん…どれも、ごはんの良さを最大限引き立たせる一品…」

「家帰ったらわかめごはんだった時のテンションの上がり具合は異常っすよねぇ」

「あーやべぇ。腹減ってきたー。帰り、マスド行かねぇ?」

「この流れならそこは飯屋行くだろーが! 空気読めよ!」

「いやいやいや。ごはんは主食。それ以外の炭水化物は…デザートよ」

「「「わかる」」」


 若干脱線しかけたようだが、尚も議論は白熱していく───



 ◇◇◇



「皆、今日は素晴らしい議論が出来た事を嬉しく思う。

 より良きごはんの未来の為に、また明日より更なる精進をして行こう!」


 如何に優れたお題であろうとも、いつまでも議論を続けている訳にはいかない。

 日の暮れ具合を見計らい場を制御するのは、会長の務めと言えるだろう。


 顔を紅潮させて満足した様子の飯塚は、おもむろに席を立った。合わせて、会員達も席から立ち上がる。

 胃の位置に拳を当て、飯塚は高らかに閉会の挨拶をした。


「『素晴らしきごはんに栄光あれ』!」

「「「「「「『素晴らしきごはんに栄光あれ』」」」」」」


 明日もまた、彼らの戦いは続いていく───



 ◇◇◇  おまけ話  ◇◇◇



 会議室の片付けも終わり、米田は電気を消して会議室を出た。

 鍵をかけてつい、と廊下を見やると、壁に寄りかかって女帝米神が待っていた。


「ねえ、米田…」


 議論をしていた時の彼女はどこへやら。もじもじとしている彼女が可愛らしくて、米田の口元がつい緩んでしまう。


「ええ、米神様。振る舞い、卵かけごはんを挙げるタイミング、実に完璧でしたよ」


 日も暮れて暗がりの目立つ廊下で、ぱあっと顔を明るくする米神が眩しかった。故に、その表情がかげってしまうのがすぐに予想出来たのは、何とも悲しい。


「じゃ、じゃあ、来期の会長選挙は…?」

「それは難しいでしょうね。ほぼほぼ、飯塚会長の再選確実です」

「えーっ?!」

「一年でありながらあのカリスマ性ですよ? 猪口才ちょこざいな舌戦で太刀打ち出来るはずがない。地道に仲間を増やしていくしかないでしょう」

「ううううう………あと一年しかないのにぃ」


 米神は二年生。来年は卒業生だ。有終の美とする為に彼女なりに張り合っては来たが、覇王とも言うべき飯塚の風格は多くの会員を虜にする。正直かなり分が悪い。


(私があなたの虜なんですから、それで十分じゃないですか)


 頭を抱えて今後を模索する米神を見下ろし、米田は感づかれないように小さく溜息を零したのだった。



 おしまい

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飯飯高等学校 ごはん研究会 那由羅 @nayura-ruri

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