全自動ケーキメーカー
杉野みくや
全自動ケーキメーカー
「ただいま〜」
僕が学校から帰ってくると、地下の方からゴトンと言う物音がした。そして間髪入れずに、何者かがドタドタと階段を蹴り上がってきていた。面倒事に巻き込まれる予感がした僕はいち早く靴を脱ぎ、自分の部屋に向かおうとした。しかし、それよりも先に白衣をまとった茶髪の女性が意気揚々と姿を現した。
「おかえり!さあ少年よ!私に付いてくるのだ!」
女性は言い終わらないうちに僕の腕を掴み、地下室へと強引に連れ込んだ。
「ちょっ、そんな力強く引っ張んないでよ!ねえ博士、聞いてる!?」
僕は必死に叫んだが、目をキラキラ輝かせて興奮している彼女の耳には一切届かなかった。
地下に降りると、博士は「じゃじゃーん!」と嬉しそうに手を大きく広げた。そこには部屋の半分ほどの大きさのある機械が鎮座していた。正面には操作盤とパネルが備え付けられてあり、その右上には潜水艦にありそうな大きい丸扉が取り付けられていた。また、左側には空港の手荷物検査のような形のしたベルトコンベアがついていた。
外見だけでは正直、どんな機械なのか見当もつかなかった。操作盤や丸扉の辺りの床が白く汚れていたが、だからといって何か分かる訳でもない。
「博士、これは何?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた。これは『全自動ケーキメーカー』!作りたいケーキの材料を入れてボタンを押すだけで、この機械が自動で作ってくれるのさ!しかも、最新の熱化学と技術を駆使し、改良に改良を重ねたことでどんなケーキでも3分程度で出来上がってしまうのだ!」
ものすごい早口と声量でいつものことながら僕は圧倒されてしまった。その間に博士はまた僕の腕を掴み、操作盤の前に無理やり立たせた。
「さあ少年よ!材料は既に入れてある!そこにあるスタートボタンを押すんだ!君がこのウィリー博士の発明した『全自動ケーキメーカー』の使用者第一号となるのを見届けよう!」
いつも以上に熱の入った博士に若干引きながら僕はスタートボタンを押した。すると機械が鈍い音を立てて動き始め、モニターには現在の進捗状況が表示された。時折ぷしゅーっと排出される蒸気からスポンジのこんがり甘い香りが広がっていく。出口のベルトコンベア付近で僕たちは固唾を飲んで完成を待った。
約3分後、チンという電子レンジ音と共にベルトコンベアが動き出した。最初は嫌な予感がしていた僕も、気づけばケーキを心待ちにしていた。奥から徐々に白い壁が姿を現す。やがて少し小ぶりなイチゴのホールケーキが僕たちの前に届けられた。
「——成功だ。完成したぞ!」
博士は大喜びと言わんばかりに両手で大きくガッツポーズを取った。僕たちは早速ケーキを近くの机に運び、各々のお皿に取り分けた。
「いただきます!」
僕たちはケーキの端をフォークで切り取り、口へと運んだ。その瞬間、生クリームの濃厚な香りが鼻腔を突き抜けた。イチゴの控えめな甘さとも相性は抜群。それらを柔らかなスポンジが優しく包み込み、優しい食感を演出していた。
「美味しい!すごいよ博士!」
「ああ!これは我が発明品の中でも傑作が出来てしまったかもしれないな!」
僕たちは夢中になって食べまくり、あっという間に平らげてしまった。玄関で感じた嫌な予感は気のせいだったと僕は安心した。
「ごちそうさま。よし、この調子でもうひとつ作っていくか!」
博士はさっそく機械の丸扉を開け、材料を投入していった。
「しまった。ベーキングパウダーが切れてしまったな。ま、食用の重曹で代用するか」
博士は軽い足取りで近くに置いてあった重曹の袋を手に取った。いつも何かと失敗が多い博士なのでよほど完成が嬉しいのだろう。僕まで心が跳ねるような気分になった。
博士が鼻歌交じりに機械を向かっていると、白く汚れた床に思いっきり足をすくわれた。
「うわっ!」
足を滑らせた瞬間、手に持っていた重曹が宙を舞い、そのまま丸扉の中へと吸い込まれていった。僕はその様子を見て慌てて博士の元へと駆け寄った。
「いてててて」
博士は立ち上がるために掴まれそうなところがないかと手探りで頭上を探した。まもなくして、左手で固く丸いものを掴んだ感触がしたので、そこを支えにしながらよっこいしょと自分の身体を持ち上げた。
「あ!博士待って!」
その時、左手ががくっと下がる感覚がした。機械が鈍い音を立てて動き始める。ここで博士はようやく袋がどこにも無いことに気がついた。
「あ、あれ?重曹は?」
「機械の中に全部入っちゃったよ!」
「え!?全部!?」
間もなくして内部から爆発音がいくつも鳴り始めた。博士が操作盤で必死に止めようとするも既に遅し。制御系統がダウンし、警報音が鳴り響く。機械の分厚い側面が外側にボコっとへこみまくり、隙間から紐のように細く、黒い煙がゆらゆらと這い出てきた。
「博士!逃げよう!」
「ダメだ!最後まで諦めてはならない!なんとしてでも止める!」
ムキになる博士を、僕は非力ながらもグイグイ引っ張ろうとした。すると突然、チンという電子レンジ音と共に機械の暴走が止まった。ベルトコンベアの駆動音が静かに響く。僕たちは急いでベルトコンベアへと向かった。
「うわぁ……」
中から運ばれてきたものを見て、僕たちは顔をしかめた。黒く焦げた生地は不自然に隆起し、ところどころに大きな穴が空いていた。生クリームは完全に溶けてしまっており、焦げ臭さと甘苦い香りが絶妙に食欲を後退させた。そこにはホールケーキはおろか、スポンジケーキとすら言えないようなぐちゃぐちゃしたゲテモノが居座っていたのだ。
どうしたものかと思いながら博士の方を向くと、彼女はなぜかフォークを手に持っていた。
「で、でも、味は大丈夫かもしれない。な、何ごとも、た、試すのが大事だ」
そう言うと博士はゲテモノに手を伸ばし、端の方をそっと切った。ぐちょりと音を立て、中から溶けた生クリームが染み出す。博士はその切れ端をまじまじと見つめながら、おそるおそる口へと近づけた。
「ダメだよ博士!」
止めさせようとする僕を博士は手を挙げて制した。そして目を閉じ、ゲテモノを一気に口へと放り込んだ。
「苦っ!?甘——」
博士はその場でうずくまった。僕は近づこうとしたが、再び博士は手を挙げて制した。そして鼻をつまみ、涙目になりながらなんとか飲み込んだようだ。
「博士?」
「……い」
「え?」
「ま、まず、い。み、みず、みずを……」
僕は慌てて水道水を汲み、博士へと渡した。むせながら水を流し込む博士を横目に、ずっしりと佇むあの黒いぐちゃぐちゃを眺めて僕は大きくため息をついた。
最初に抱いた嫌な予感は、やはり気のせいではなかったのだ。
全自動ケーキメーカー 杉野みくや @yakumi_maru
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