ぐちゃぐちゃ様(KAC20233)

宮草はつか

ぐちゃぐちゃ様

「わぁー、ぐちゃぐちゃ様だぁー!」


 野イチゴを摘みに来たオレだが、森がやけに騒がしい。頭上では鳥のような者が枝にぶつかりながら飛んでいき、足もとでは小さな者たちが慌てて走っていく。なにかあったのか?


「ぎゃっ!?」


 ひとりの小さな者が、石ころにつまづいて転んだ。オレはその場でしゃがんで、その小さな者をそっとつまんで手のひらに置いた。麻の着物を着ていて、顔には目と鼻と口だけのお面を付けている。


「大丈夫か?」


 小さな者がのった手を、顔のそばに近づけて訊いた。

 小さな者は腰をさすりながら立ち上がり、オレに顔を向けると「ひゃっ!?」とびっくりしたように跳ね上がる。


「人の子がなぜここに!? はっ、その赤い帽子は……。まさか最近噂の、異国の怪しい妖術を使うという人ならざる人の子か!?」

「オレのことはいい。なにかあったのか? ぐちゃぐちゃ様とか、聞こえたけど」

「そうだそうだ! ぐちゃぐちゃ様だ! ぐちゃぐちゃ様が来たのだ!」


 小さな者は手のひらの中で、あわあわと両手を振って慌てている。

 オレは肩に乗る相棒のクロウと目を合わせた。コクマルガラスという種類の、お腹が白く小柄なクロウは、「キュン?」と一鳴きして首を傾げる。


 ズズズーーー。ズズズーーー。


 森の中から、重い物を引きずるような音が聞こえてきた。前方の草むらが揺れている。暗がりからゆっくり現れたのは、大柄な大人ほどあるゴミのかたまり。


「ぎゃぁー!? ぐちゃぐちゃ様だぁー!?」

「あれが、ぐちゃぐちゃ様?」


 ぐちゃぐちゃ様は、青みがかった粘着質ななにかでできていて、ネバネバの中にたくさんのゴミをくっつけていた。紙くずや破れた服、首のないぬいぐるみや壊れた電化製品まで、人の出すゴミがぐちゃぐちゃに混ざり合っている。まるでなめくじのようにゆっくりと、這うようにこちらへ近づいてくる。


「ぐちゃぐちゃ様は、人が出す物が集まってできた存在なのだ! ぐちゃぐちゃ様が通った地面は腐り、草木が一本も生えない道になると聞く! 我々にとってはとても恐ろしく、けがれた存在なのだ!」


 手のひらにいる小さな者が、頭を抱えて縮こまり、悲痛な声をあげた。

 逃げたほうがいいのか。戦ったほうがいいのか。でも、ワザワイと対峙した時のような、殺気立ったものをぐちゃぐちゃ様からは感じない。むしろ、なんだか……。


「なぁ、ぐちゃぐちゃ様?」

「な、なにをしておる!? 人ならざる人の子よ!?」


 オレはぐちゃぐちゃ様のそばへ歩み寄ってみた。近づくと、ゴミ特有のもわっとした匂いが鼻を突いた。ぐちゃぐちゃ様は動きを止める。目も鼻もない顔が、オレを見つめているように思えた。

 ぐちゃぐちゃ様は、オレの目線の高さで、粘着質な部分を上下に開いた。まるで口を開けるみたいだ。なにか言いたいことがあるのかと、開いた口の奥にある暗がりを見つめた。


 次の瞬間、ぐちゃぐちゃ様の口がありえないほど大きく広がり、オレへと迫ってきて――。


「えっ?」


 オレを、丸呑みにした。


「ぎゃぁー!? ぐちゃぐちゃ様は、人の物や人を食べるのだ! なぜ早く逃げなかった、人ならざる人の子よー!」

「キューンッ!」


 小さな者と、クロウは、すんでのことで逃げられたらしい。

 けれどもオレは、その声を聞くことなく、暗闇に落ちていった。



   *   *   *



「うぅーん」


 目を覚ますと、そこは水の中みたいだった。けれども息はできる。そして辺りには、ゴミがたくさん漂っていた。


「ここは、ぐちゃぐちゃ様の中か?」


 辺りを見回しながらつぶやいた。すると言葉が、まるで木霊のように返ってくる。

 ……いや、耳をすませてよく聞いてみると、なにか違うことを言ってるような。


「ありがとう! 大切にするね!」

「これじゃない! こんなのいらないよ!」

「これ、ずっとほしかった物なの。とっても嬉しいわ」

「ここに捨てれば、だれにもバレはしないだろ」


 その声は、ひとつひとつの物から発せられているようだった。嬉しそうな声、悲しそうな声、幸せそうな声、悪意のある声……。いろんな声が、ぐちゃぐちゃに混ざって、オレの中に響いていく。

 物には人の心が込められているって、どこかで聞いた言葉を思い出した。


「そっか。わかんないけど、わかったぜ」


 目の前に漂ってきたクマのぬいぐるみを手に取ってみる。新品なぬいぐるみを抱いて幸せそうな女の子の姿が頭に浮かぶ。ボロボロになったぬいぐるみをゴミ箱へ詰める冷たい大人の女性も、同時に思い浮かんだ。


「嬉しいも、悲しいも、幸せも、憎しみも、ぐちゃぐちゃになって存在している。それが、ぐちゃぐちゃ様なんだろ?」


 ――それが、人ってやつ、なんだろ?


 漂うゴミ想い出たちが、大きく揺れ動いた。波が起きたように、身体が前へと押し上げられる。前方に見える淡い光に向かって、オレは手を伸ばした――。



   *    *    *



「うぅーん」

「おぉっ、目覚めたか! 人ならざる人の子よ!」

「キュンッ!」


 目を覚ますと、そこは森の中だった。小ぶりな岩の影から、小さな者が声を掛ける。そばにはクロウもいて、心配そうにくちばしでほおをなでてくれた。


「オレ、戻ってこられたのか?」

「ぐちゃぐちゃ様がすぐに吐き出したのだ。やはり人ならざる人の子だから、気に食わなかったのだろう」


 半身を起こすと、額にベチャッと、粘着質なものが当たった。

 目を向けた先にいたのは、ぐちゃぐちゃ様。体を曲げて、こちらの様子をうかがうようにのぞきこんでいる。


「オレは大丈夫だぜ、ぐちゃぐちゃ様。ありがとうな」


 そう言うと、ぐちゃぐちゃ様は体を伸ばし、首を傾げるように横へ傾いた。


「あっ、そうだ。なぁ、見てみろよ」


 オレはそばに隠れていた小さな者をひょいとつまみあげて、手のひらに置いた。ぐちゃぐちゃ様の後ろへ回り込み、通った場所を触ってみる。


「な? 地面が腐って草木が枯れている場所なんて、どこにもないだろ? ぐちゃぐちゃ様は、穢れた存在なんかじゃないぜ?」


 草が倒れて道こそできているが、枯れているものは一本もない。明日になれば、もとの草むらに戻るだろう。

 手のひらに乗る小さな者は、地面を見て、きまり悪そうに頭をかいた。


「ぐちゃぐちゃ様は、ただ、ぐちゃぐちゃなだけなんだ。オレはそれでいいと思うぜ?」


 立ち上がって、ぐちゃぐちゃ様に向かってそう言った。

 ぐちゃぐちゃ様は口を大きく開け、体をいっぱいに伸ばして空へと声を上げる。


 ―――――――! ―――――――!


 その声は、嬉しがっているのか、悲しがっているのか。ぐちゃぐちゃな感情が混ざり合って、出てきたものなのだろう。



   *   *   *



 その後。


「ぎゃぁぁぁぁああああああーーー!?」


 家に帰ると、サンタさんの相棒である妖精のスノウが、驚愕の叫びをあげた。


「弟子!? なによこいつ!? なんでこんなの拾ってくるのよ!?」

「こんなのじゃない、ぐちゃぐちゃ様だぜ? 森で出会ってさ。今から野イチゴのジャムとスコーンを作るんだけど食べるかって訊いたら、ついてきたんだ」


 家にあがったぐちゃぐちゃ様は、楽しそうに体を揺らしながらリビングをうろうろしている。本棚の前へ行くと、不意に大口を開けた。


「あぁー!? これは貴重な本なんだから! 食べちゃダメーっ!」


 スノウは頭を抱えながら叫び、慌ててぐちゃぐちゃ様のもとへ飛んでいく。

 オレは腕まくりをして、新しくできた「友だち」のために、お菓子作りを始めたのだった。



   《おしまい》

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ぐちゃぐちゃ様(KAC20233) 宮草はつか @miyakusa

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