第25話 描写のキモ
昨日だったかな。カクヨムのトップに、短歌・俳句コンテスト(短歌の部)選考委員である大森静佳さんのインタビューが掲載されました。
https://kakuyomu.jp/info/entry/tankahaiku_contest_interview1
短歌部門に参加しようかなと思っているわたしにとってなかなか興味深い内容です。このうち、2か所について「そうなんですね〜」と感じたので、ここに挙げておきます。
ひとつ目。
>使える音が短いなかで「自分だけのその瞬間の感覚」を、生々しさを持って伝えるためには、先ほどの「硝子の駒」のような、映像的・具体的なイメージを探して選び取る作業をより大切にする必要があるとは思います。これを単に「寂しい」や「嬉しい」と書いてしまうと、記号的になってしまうので。(インタビューより抜粋。傍点は藤光)
これは大森さんが、「ひとりきりになって静かに歩いている」情景と心理とを描写するため、短歌に「耳の奥にガラスの駒を置く」という言葉を選んだ理由を解説した文章です。
まったくそのとおりだと思います。わたしよくやるんですよ〜。感情や情景を示す言葉をぽんと置いてしまうやつ。ダメなのはわかっているんですけど……ラクだから(ダメ作家! 笑笑)。
これは小説でも短歌でも一緒ですね。言葉を探すのに妥協した文章はユルくなります。安易に感情を表す言葉を使うと、読みやすくなる代わりに文章がつまらなくなる。
ストーリーのある小説なら、物語の出来が良ければ、描写の不出来を補ってくれますが、短歌は31文字しかないので、文章の不出来は短歌の完成度に直結します。言葉の吟味は小説よりシビアですね〜。
ふたつ目。
>あまりテーマとか起承転結を意識しすぎないということですかね。
これは20首連作部門について「連作を作る際は、テーマから考えるのか、一つ一つの歌の中にテーマを見出していくのか、どちらでしょうか?」という質問に対する大森さんの回答です。
なるほど〜そうですよね。
わたしは「どうせなら、20首連作部門に応募してやろう」と考えています。単発の短歌でインパクトを与えることができるほど、わたしの短歌にパンチ力はないというのが、藤光の自己評価です。でも連作なら、読む人は自然とそこにテーマやストーリーを意識するでしょう。もともと小説を書いてきたのですから、連作の方がわたしに向いていると思ったのです。
で、さっそくテーマを決めて作りはじめたのですが……。すぐに行き詰まってしまって(汗)あらかじめテーマを決めて考えると発想の範囲が狭くなる。発想に制限をかけてしまうと、せっかくおもしろいアイデアが浮かんでもスルーしてしまいかねない……ぜんぜん良くないなと思って、一旦テーマは忘れて自由に思いつくことを歌にするよう心がけてます。とにかく20首作らないと参加できないですからね!
コンテストまでに50首は作っておきたいですね〜。できるかな?
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