ぐるぐるぐちゃぐちゃまるかいてちょん

exa(疋田あたる)

第1話

「ぐーぐーうちゃうちゃまーるかいてちょ!」


 壁を向いてごきげんで歌う弟(二歳)の背中に、嫌な予感がして近寄ると。


「うわあ……セイちゃんそれ、油性クレヨンじゃん。まじかよ……」


 弟、セイタの手に握り込まれていたのは油性クレヨン(紫)。その先端はわが家の壁でごりごりと削られていた。

 

 これ、監督不行届で俺が母さんたちに怒られるやつ?


 がっくりきてしゃがみこんだ俺に、弟を止める気力はもはやない。


 てゆーか、止めても今さらだし。いっそ心ゆくまで描かせてやるかあ。


 諦めの境地に達して、でもせめて、と俺は水性のマジックを手に取り弟の横に並んだ。


「セイちゃん、お絵描き上手だね。でもあんまりあちこち描かれると消すの大変だから、この丸のなかだけにしようか」

「う?」


 俺を見上げる弟の横から手を出して、すでに紫に染まった壁面を水性ペンでぐるりと囲む。

 

 どうせ消すのは俺だ。だったらせめて作業範囲を狭くして……。


「ね、おやくそく」


 弟を見下ろして笑ったとき。

 

「にちゃ! ぴかぴか!」


 壁を指さして弟がいう。


「そう。あとで兄ちゃんがぴかぴかにするから、セイちゃんは……」


 自分に言い聞かせるつもりで話していた俺は、横から顔を照らす光に気がついた。壁を見ている弟の顔も光に照らされてる。


「壁……?」


 壁が光ってる? 


 そんなわけない、と思いながらも目を向ければ、弟の落書きがピカピカと発光している。いや、俺の描いた丸い枠も光ってるから、兄弟合作の落書きが絶賛発光中。


「け、蛍光塗料……?」

「ピカピカね! きれい!」


 言っている間にも光は増していく。

 

「おいおいおいおい、なになに? なんなの? セイちゃん、おいで! ひとまず逃げようっ」

「おう?」


 弟を抱えて逃走をはかろうとした、そのとき。

 カッ! とひときわ強い光が部屋を明るく照らし出す。

 一瞬の光がおさまり、抱き込んだ弟を落とさないよう、そろりそろりと振り向けば。


「わーっはははははは! 我こそは偉大なる魔王、ヘモス・インキガルさまだ! 複雑怪奇なる召喚陣を完成させた愚か者の顔、ようく見せてみよ!」


 白い壁をバックにぺったんこの胸を張る、ピンクツインテールの少女がいた。


 誰だこいつ、とか。どこから入ってきた? とか。言いたいことは色々あったけど、俺の心に一番響いたのは、彼女の後ろの白い壁。


「わあ、落書き消えてるじゃん。ありがとう」

「あーと!」


 発光していた紫の落書きは、きれいさっぱり消えていた。

 その喜びのままに感謝を口にすれば、セイちゃんも真似っこする。


「む!?」


 とたんに、少女は顔を真っ赤に染めてあわあわと慌て出す。


「むむむ!? 我に驚き慌てふためかず、感謝をくちにするだと!? む、むむむっ……悪くない!」


 むんっ! と赤い顔のまま胸を張った少女が俺とセイの前に降り立った。


 そういえば、さっきまで浮かんでいたような。


「しばし、そなたらの元に居てやろう。光栄に思え!」


 ふんふん、と鼻息荒く胸を張る姿は、肌にピッタリしたコスプレっぽい衣装と合間って、ちょっとあやしい。


 警戒すべきか、と思ったとき。


「ヘモちゃ、なかよし?」


 弟が首をかしげた。

 途端に、少女の顔といわず、露出している手脚や肩、腹まで赤くなる。


「な、ななななな!」

「あー。セイちゃんは仲良しになりたいのか?」

「あい! なりたい!」


 元気よく手をあげる弟のかわいいこと。

 無邪気な可愛さは自称、魔王をも打ち負かしたらしい。

 頭から湯気が出そうなほど赤くなり、あわてている少女、ヘモスに向けて弟の手をつかんで差し出してみる。


「ヘモスはどうかな? セイちゃんと仲良くしてくれるかな?」

「のあっ!」


 弟を抱えたまま、首をかしげるように傾けてみれば、陥落したようだ。

 ヘモスはセイちゃんに向けて恐る恐る、手を伸ばす。

 むぎゅ、と握るちっちゃな手の破壊力を知るが良い。


「せーちゃ、へもちゃ、にちゃ、なかよし!」

「ぬあっ!」

「ああ、仲良しだな」


 のけぞって悶絶する魔王は、まあ人畜無害だろう。

 

「良い遊び相手ができて、良かったなあ」


 にっこり笑う俺の言葉は本心だ。

 二歳児の相手をひとりでこなすのは、けっこうな重労働。それが軽減するなら、悪魔でも魔王でも、大歓迎だ。

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ぐるぐるぐちゃぐちゃまるかいてちょん exa(疋田あたる) @exa34507319

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