第9話:ダブルベーコンダブルチーズバーガーのダブル
とりあえず状況の聴取のために空港に着いた。
ここもある程度騒然としていたが実際に爆弾があったところと比べたらまぁ普通だ。ていうかどっちにしろ人多いな。羽田空港なんて用事もなきゃ来ない場所だから初めてだ。
「えーっと……第一ターミナルだね。中の警備員さんに聞こうね~」
「……そうですねぇ」
自分で言うのもなんだが心はこの車内にはない、現状を飲み込むので精一杯って感じ。
聞くところによると、羽田空港のロビーど真ん中でケンカ騒ぎの通報がまずあったとか。片方は大柄な青年で、もう片方がデカいバッグを担いだネックウォーマーの男。確実に賽ノ助のバカだが、それだけじゃこっちまで聞こえてこない。
あのフレアちゃんに確認してみたところもう1人の男は”ジェット”。なんと例のテロ組織”オウムアムア”の1人で、ハイジャックを計画していたらしい。
総じて、イカレてるとしか思えない。フレアちゃんは被害はめちゃめちゃ大きいがそれはバカと他のなにかが原因だった。ただ単独ハイジャック計画なんて完全に自分自身がイカレてなきゃやろうとも思わないだろう。まったく理解できない世界になってきているみたいだった。
「やっぱり……賽ノ助くんも”オウムアムア”を止めようとしてる……ってことなのかな?敵って言われてたし」
「そうなるんですかね……。俺はどっかピンと来てないんですけど」
でもなにが?って言われると言葉に詰まる。
俺はアイツが正義の味方だとは思ってない。むしろ現代社会においては悪玉菌みたいなヤツなんじゃないかな。友達だけど。一種のエゴイストのアイツが犯罪者だからって成敗しているはずがない。
そこが分からない限りたぶん追いつくことはできないんじゃないかな。なんとなくそう思った。
パトカーを立体駐車場に止めて歩き出す。
「初めて来ました……広いっすね」
「僕も全然来たことないけど、日本の玄関口ってヤツだからね……その分警備も厳しいハズなんだけど」
そう。結局ジェットがどうやってハイジャックしようとしたのかも分からない。状況を聞いただけだと完全に丸腰だったそうだけど、まさか。
目の前にあるのに回り込まないと入れない入口を抜け、2階出発ロビーに入る。キレイなそのロビーにはたぶんいつも通りの人たちが居て、見る限りなにか起こったようには見えなかった。まぁ1時間くらいは前の話だし片付いてるか。
「あっ、ちょっとすみません、警備の人?」
潟倉さんが慌ただしそうにやり取りしている二人組に声を掛ける。
「刑事さんです。ちょっと前のケンカ騒ぎについて聞かせてもらえます?」
「対応した警備スタッフの長谷川です」
「少年課の潟倉です……こっちは、えー……捜査協力者?の保田くん」
「あっ、どうも……?」
俺はなんなんだ?って目で見られる。バックヤードにある鏡の中の俺も同じ顔をしていた。
「えーっと、一旦いないものとして頂いて」
いたたまれなくなって提案をする。長谷川さんもそれが丸いとわかったようで本題に入る。
「では客観的な情報から。これが監視カメラの映像です」
録画が再生される。横から覗くとでっけぇバッグを足元に置いたまさしく賽ノ助が1階の吹き抜けでじっと立っている様子が映っていた。
潟倉さんがこっちを向いてきたので肯定を込めて頷いておく。
「彼は5時間半もの間ここに居ました。たまにストレッチする以外ほとんど動かずに」
早送りされてもそこだけ一時停止しているかのように動かない。
「アッハハハ!これが賽ノ助くんね?ホントに変な子だ」
潟倉さんが笑う、なんか知らんが俺が恥ずかしくなってきた。まだ早送りしているがたまにキュルッと体をほぐす以外は微動だにしない。完全に能力の無駄遣いだろ。
「そしてここで被害者を見つけてスルスルと尾行していきます」
そそくさとバッグを担ぎカメラは2階へ。
迷いなく歩く大柄の男の子と別のエスカレータから上がってきた賽ノ助が居る。ナナメ後ろから賽ノ助が話しかけたようだった。
「ここで何かしら会話があったようですが詳細は不明です。被害者に聞いても答えないとか」
…………なんか喋ったあと、2人は同じ方向に歩き出す。
2,3歩歩いた瞬間、賽ノ助が後ろに走り出した。一時停止。ちょっと巻き戻し。
「ここですね。肝心の瞬間は隠れていますがおそらくここで被害者に毒が打ち込まれたようです」
逃げ出す瞬間の賽ノ助の顔はぼんやり映っていたが、なんかガキの頃イタズラに成功したときみたいな顔をしてた気がする。アイツも間違いなくバカだ。
ちょっと離れて人混みに紛れようとしたそのとき、ジェットのその大きな体がまるでネコ科動物みたいに跳ねた。ヤバ。
大股で跳ね、その勢いをそのまま縦拳に乗せ賽ノ助の後頭部に叩き込む。賽ノ助の上半身が鹿威しみたいな勢いで床に叩きつけられていて、ぶっちゃけ面白い。
「ここからはボコボコですね。被害者の彼が中国拳法か何かで叩いていきます」
どうでもいいけど長谷川さん、動物の生態番組のナレーションみたいだな。
自然に辺りの人は円を形成し画面の奥から警備員が現れる。場面は片腕で持ち上げられた賽ノ助が不自然な挙動で吹っ飛んだところだった。すっげー。
すると一転、ジェットの様子がおかしくなる。
「毒が回ったようですね。分析をかけたところスイセンの根をすり潰したものが検出されました。致死量には足りないですけど、種類としては充分体内に入ると死に至ります」
は?やば、アイツ俺が思ってたよりトんでたカモ?
「ふーん……九郎くん、彼ってそういう知識とか、計算は?」
「知識はめちゃあります……毒物ってより植物側の方ですけど。あと致死量の計算とか……うーん、してねぇんじゃねぇかなぁ……たぶんですけど」
言ってからしまったと思った。取り繕っとかなきゃいけなかったのでは?
「フフフっ。そう、面白いね」
面白がられてしまいました……。
画面では賽ノ助がへっぴり腰でフラフラ逃げ出したところだった。突発的に人を刺した人みたいでカワイイ。バカが。
「こんな感じです。あとは被害者を病院に搬送して、それとこの中の残りの警備で彼を追跡しようとしましたが……」
あんなボコボコにされといて逃げきるのはさすがとしか言いようがない。しかもバッグを持ったままだ。
「財布を落として逃げられました」
さすがの抜け具合だ。中学のころから使ってるマジックテープの財布だった。バリバリバリー!ち中を見てみるとあらまぁ免許証があるではありませんか。
茶田賽ノ助準中型免許。タートルネックを着たボケッとした顔の賽ノ助がいた。
「ブフッ。これは今彼を探してるので、こっちで預かります。……九郎くんが持ってて」
「はい」
いらないけど。
「ありがとうございました。じゃあこの被害者…まぁ被害者か。にも話を聞きますので」
病院の場所を聞き、長谷川さんと別れる。
「……いやぁホントに面白いね賽ノ助くんは笑いをこらえるのに必死だったよ」
「こらえる気なかったように思いますけど……。まぁ実際面白いですね。向こうの仲間だってくらい引っ搔き回すじゃん」
「失礼します。警察の者ですが……あ~ジェットくんで間違いないね?」
個室の病室のドアを開けると開口一番に潟倉さんが確認を取る。
最寄りの病院に行き、ベッドに繋がれている男の子に会いに来た。ベッドから体を起こして暗く淀んだ目でこちらを睨みつけている。
「…………………はい、そうですね。俺がジェットです」
「とっ捕まえたフレアちゃんに聞いてきました。少年課の潟倉辰也です。こっちは……一応伏せといた方がいいな。彼の知り合いだよ」
「保田九郎だよ。キミをここに送った賽ノ助の友達」
「えぇ……?」
「別にいいですよ。アイツのケンカは俺のケンカです」
「…………フン」
…………我ながらクサイことを。言った内容にだけちょっとだけ後悔した。
「ま、いいか。で、ジェットくんはさ、何をしようとしてたのかな」
ジェットは目線を外に向け、今まさに飛び立つ飛行機を眺める。
「ハイジャックです。分かってると思いますけど、徒手空拳でね」
マジだったか。浅い想像をしてみるが、まるでできる気がしない。ていうか旅客機内の知識がそもそもない。防犯対策もあるはずだけどそれが何なのかは知らない。
「空では専用の警官が同乗してるって聞いてたんで、それくらいなら俺は素手で殺せます。適当な一般人なら10秒もあれば1人殺れるんですけど……」
ポツリポツリとわけのわからないことを話す。そんなことある?ただ、できるなら非常に厄介だ。どんな検査にも引っかからない凶器ってことになる。
「ただまさか、乗る前にあんなのが出て来るなんて」
どうも、あんなのの友達です。
「うーん……こっちもね、あんなのの目的がさぁ……わかんなくて困ってるんだよねぇ」
燃え尽きたみたいなジェットくんがため息をつく。
「ああ、それは簡単です……。あの野郎が何者なのかこっちは全然知らなかったんですけど、彼の目的はボイドを殺すことですよ……いい迷惑だ」
「――やっぱりィ……?」
えっぐ。俺の友達はインディアンです。
「殴る前に彼と会話をしました。彼、なんかボイドに殺意を向けられたとか言って。それを許すわけにはいかないとか……。ホント、こっちこそ殺してやろうかなぁ」
潟倉さんは頭を抱えている。
「……なぁんでそんなガキばっかなんだかなぁ……!」
それはそう。ホントに現代社会かココは?拳法でハイジャックしようとしたり人に平然と毒針刺して逃げたり爆弾と愛嬌ふりまいたり。おしまいよもう。
「……今フレアちゃんの始末と全体の対処でハチャメチャ忙しいの。ジェットくんの処分は後回しになってる状況なんだけど……」
小声になる。
「今、君の正体を知ってるのは僕たちだけなんだよね……。ここで大人しくしてくれるならさ、黙ってることもできるけど?」
そういえば彼が本当に拳法だけでハイジャックできるならここから逃げ出し大暴れするのも簡単なはずだった。でもそんな提案していいもんだろうか。
「…………だいぶ前ですけど、俺はもう1人殺ってるんで、良いんです。でも」
今なんか言った?
「でも、妹だけは」
顔を上げる。
「妹だけは許してください。アレは俺について来ただけで、ホントはこんなことしてちゃならないんです。……守ってやらなきゃ」
「……事情は知らないけど、守ってあげなきゃいけないならそれこそキミがついてあげなきゃいけなかったんじゃあないんじゃないかな。間違えたのはキミだよ」
手厳しいがその通りだと思う。どうしてテロだなんて至ったのか。
「そう……そうなんですよね。今思うと……アイツに会ったときからだ………そうだ……」
また下を向いてブツブツ言っている。ずいぶん忙しい首だな。
「そうだ、気をつけてください!急がないと……誰もボイドを止められなくなる!」
過去イチで様子がおかしい。悪い夢から醒めたばかりの子どものように不安定だ。
「明日は絶対に”コメット”と、”サテライト”の2人です。残りの”ポラリス”には役割があるし、ボイドは最後にならないといけない……!お願いです!俺の妹、”サテライト”を止めてください!」
最後にならないと……ってのが引っかかるが俺が口を出せる雰囲気じゃない。
「アイツはクラッキングの天才です!きっと取り返しのつかないことになる!」
上半身を乗り出して潟倉さんに縋る。なまじガタイがいいだけに潟倉さんの背広が破けるんじゃないだろうか。
「分かったから……!落ち着いてくれる?……いい?約束するよ、キミの妹は必ず悪いようにはしない。いいね?」
「ハイ…………よろしくお願いします……」
そこからジェットはすすり泣くばかりでおおよそ話を聞ける状態じゃなかった。ていうか毒喰らったわりに元気だったとも言える。
2人でちょっと迷って看護婦さんを呼び、「病人をいじめないでください!」と、わりとマジで怒られてから車に戻る。
「…………なんかこう言っちゃあなんですが、かわいそうに見えるというか、ホントに被害者みたいな雰囲気でしたね」
少なくとも事態は小さく前進したはずだが、2人ともなんとなく落ち込んでいた。泣きながら必死で下から頼み事されるとテンション下がること、あると思います。
「うん……勘になっちゃうけど、何かしら裏がありそうだ。不満の溜まった子どもの暴走ってだけじゃないなにかが」
潟倉さんがエンジンを掛け、携帯で何かしらの連絡をたぶん警察に入れる。
「とりあえず日も落ちたし明日も大変そうだ。送るよ。………なんか食べてく?奢っちゃるけぇのう」
うすうす分かってきたが、こういうおふざけを入れてくるのは単純にシリアスな空気が嫌いなだけだ。
「そうしましょう、肉がいいです。肉」
話しやすくて助かる。
「おっけ。バーガーにしよう。僕も疲れたよ」
2人でチェーンのハンバーガーを買いに行く。なんか距離近くね?とも思ったが今さらだった。地元で、賽ノ助と思いつきでハンバーガー食べに40km先にある隣の市のチェーン店行ったときを思い出した。
「なんか音楽流そうか?」
ウゥヮ~~~ン!!「うるさっ!?」「あ、やべ」
そういやパトカーだった。
「―――ハイ、あっブラックで。九郎くん、好きに頼んでいいよ」
一応業務時間中ということで店内には入りづらいらしくドライブスルーにした。個人的には良いと思うんだけど色々あるらしい。
「ダブルベーコンダブルチーズバーガーを2つ。あとナゲット15ピースとアイスティーのMをお願いします」
「おっと……食うじゃん。以上で」
「今日はアメフトの練習の後にあの追っかけっこがあったもんで……ごちになります」
「いいよいいよ。助かったし、車はイかれたけど」
車を前に出して、商品を受け取る。近くの駐車場に停めてゆっくり食べることにした。ダブルベーコンダブルチーズバーガーのダブルを左手で受け取る。
「あざます、いただきます」
「いいね、食べるとき手合わせるの久しぶりに見たよ」
「ふがっ……ほうでふか?……ん、考えたこともないですけど。……これも考えれば移ったヤツな気がします。賽ノ助の」
アイツの影響力デカすぎないか?……中学に上がるまでずっと2人きりならそうもなるか。
「へぇ。やっぱり猟師ってそういうとこちゃんとしてるんだね。僕はそんなこと親に言われたこともないよ」
まったくないってのも珍しい気がする。
「いや、単に気質なんだと思いますけど……。そういや今アイツの財布ここにありますけど、どうしてんでしょうね?」
「公園でハトでも獲って食べてるんじゃない?外人のホームレスみたいに」
ポテトを束で掴み食べながら事もなげに返答が来る。
「まさか」
潟倉さんは普通サイズのハンバーガー1個とSサイズのポテトとホットコーヒーという到底足りないセットだけで済ませ、発車する。
「このパトカー戻さなきゃだけど……やっぱり先に送るね……そんで」
「待ってください、そこなんですけど…!」
ここで大人しく帰らされたら無理矢理関わっていたのが台無しになる。方法は全然思いついてないがなんとかここでしがみついておかないと強制的に日常に送り返される。こうなりゃ意地だ!
「待って待って!」
「いや待ってください!ここで――」
「違うって!いいから聞いてってば!」
……柄にもなく熱くなってしまった。コーナーバックは冷静でなくてはならない。って今考えた。
「……なんです?」
「フレアちゃんのことで少し思い知ったというか……彼らみたいな無茶な子どもを捕まえるには大人の常識とかだけじゃ通用しないらしい。九郎くんみたいな、同じベクトルに無茶なバカガキの力が必要だ」
「……ってことは?」
「明日も手伝ってもらいたい。いいかな?」
「ッはい!お願いします!」
名実ともにこの事件に関してのバディになった瞬間だった。……遅くねぇかな?
「ここでいいね?そしたら明日朝、また迎えに行くから」
「絶対ですよ。できる限り手伝うんで、待ってます」
「は~い……今からちょっと調べものするから、もしかしたらその続きになるかも」
「じゃ、ありがとうございました。また」
「ばぁいば~い」
パトカーが見えなくなるまで感謝を込めて見送る。本来はこんな一般人を巻き込むのは許されないだろうに、まったくもってありがたい限りだ。…そういやハブられてるんだったか、だから出来てる節もある。世の中何がプラスに働くか分からないものだ。
………こういう新書みたいな結論に真面目に行き着くときはだいたい疲れてるときだって相場が決まってる。
さっさと風呂食って布団浴びて寝よう。
チラシが溜まりつつある郵便受けを無視して家に帰る。オートパイロットで手を着替えて服を足して用便を洗い、ちょっとしっかり目に柔軟を被り歯をやって布団を磨く。
今日はバカみたいに走ったし……右手をグーパーして確かめるが……全然いったい。親指以外は全部包帯でグルグルにしておいたが明日もプルプルしてると思った方がいいだろう。指が落ちなくて良かった。
「明日こそは良い日になるといいね……ホンットに」
おやすみなさい。
おはようございます。
…………う~ん、ボイド?のなんか癪に障る夢を見たような気がしますけど何にも覚えていませんよ~だ。
「ああ~………!!」
だっるぅ~い……。疲れたァ~。ゆびいたぁ~い。
無理矢理体を起こし、腕をグルングルン回す。メキッ!ドンガラガッシャ~ン!大地に亀裂が入ったような怪音が肩甲骨から鳴る。
「どっひゃあぁ~~……!?」
首を回してみる。ゴグンッ!みたいな重低音が世界各地に響き渡り。
「んげべっ……!」
めでたくここに死人が生まれる。
「うう~~~っ………!!」
ぐぐ~!っとえんやこら立ち上がり股関節のストレッチもする。
「なンにもしたくぅ~~?なァ~~い!!せーのッ!」
ボカン!ボカン!
「やーなの!やーなの!…………うし、おしっこ」
今日は少し調子がよい。
昨日のような展開も考えられるので動きやすい服装にして、一応新しいトレーニンググローブも用意し、SNSをチェックしてみる。
そこはまさしく混沌としか形容できないくらいに荒れ狂っていた。昨日のテロの虚実織り交ぜて食い違い合う投稿が複数。遺族を名乗る人の怒りの文が祭り上げられ、爆弾を見つけただの誰を見かけただのお巡りさんが締め落とされただの。んなワケないやろがい。極めつけは”オウムアムア”のファンイラストまでいくつか散見された。ここまでの非常事態になるとこんなパニックになるのか。なるのかな?なっとるな。あ、陰謀論。
もういいや。これじゃあもはや情報収集には使えそうにないかもな……。
ンッポポンッポ♪ ンッポポンッポ♪ テッテッテ――
「はいこちら保田です」
「あ、もしもし九郎くん?潟倉ですー。起きてるー?」
彼女か?
「彼女か?」
「違うけど?」
違った。
「着いたからね、待ってるからね、早く来てね」
母さんだったかも?
「おんざりま~す……」
「はいおはようございます。良い朝だね。天気だけはな」
今日は久々の快晴だった。曇りだった昨日とは違い、一昨日までこっちにしてはかなり降っていた雪はおおよそ溶けている。路面はまだけっこうビシャビシャだがほんのわずかだけ春の匂いが感じられる。余談だが俺は小さいころ春はクサイものだと思っていた。アレはカエルの匂いじゃなくてそこら中に生えていたドクダミって植物のものらしい。春のカエルは例外なくドクダミの匂いがする。
「ですね、パトカーのタイヤってもう交換しました?」
「え?……あぁそもそも変えてないよ」
「へ?大丈夫なんですか」
「うん、路面が真っ白になったりはしないし、そもそもスピードも出せる道がない。そっちからすればビックリだろうね」
驚いた。高校を出てすぐ、いや卒業前から自動車学校に通って賽ノ助と免許を取ったとき、俺の親も賽ノ助のじさまも先輩も学校の先生もガソリンスタンドのジジィも知らないおじさんともすべからく冬道の危険さを口酸っぱく注意してきたのに。耳に酢だこができるくらい。
だいたいどんだけゆっくり運転しても滑るぞ。
「もし北に異動になったら教えてくださいね。総動員して講習会開くんで」
「割とマジであるかもね……。そうそう!車繋がりなんだけど、今日のパトカー、また別の署のヤツなんだけど、その関係で今日は昨日みたいに送れないから……ホンットごめんね?」
場所を聞くとかなり遠い。電車も路線が合わないし一部ブッ飛んでいる。ダルい。
「…………そうだ。だったら、ちょっとでかい荷物積んでいいですか?乗り物みたいなの」
「へ?いいけど……」
助手席に乗る。
「あっ、昨日言ってた調べものってどうなりました?今日の予定は?」
潟倉さんの両の人差し指がこっちを指す。なぜ?
「それ。まずね、昨日調べたかったことは分かったよ。1人のホームレスを探してたんだけどね。まずその人に会いに行きます。この人、見せらんないけど」
黒い革が張られた渋いメモ帳を取り出して読み上げてくれる。
「”
「……なるほど………俺の知らない深い物語がありそうってことと、あんまり余計なこと言わない方がいいってことは理解しました」
くしゃくしゃな複雑そうな顔をしている。
「いや……う~ん。たぶんだけど九郎くんみたいなのは気に入られると思うよ。悪い人じゃ……悪いか……はぁ~…。会わせたくねぇ~……」
どうやら知り合いらしい。変人の友達は変人だって相場は決まっているけど、俺という例外もある。臨機応変にいけばなんとかなるっしょ。口調からするに親しげな雰囲気も感じるし。爆弾魔に近づくときよりは緊張はしていない。1人じゃないし。
「それじゃ出発だ。今日も長くなりそうね」
「―――その後、あり得んほどクソでっかい犬の鳴き声がしたとか……あ?」
「え、なに?」
雑談中、携帯で色々見ていると新しい情報が引っかかる。
「連中、また配信してますね……見ときましょう」
『秘密結社オウムアムア(本物)、第二陣発表!!』
いきなりボイドの右目辺りのアップから始まる。なんかを操作しているみたいに画面の向こうの何かをジロジロと見ていた。
「――ダメだぁ!全然分かんな~い……!始まってんのこれ?聞こえてる~?見えてる~?どうですか~?あ~もういいもんね、こうなりゃ1人で延々と警察くるまでお話しちゃおっかな~!!私昨日ね、フレアの捕まるとこ近くで見ててさ――」
「うるせェなァ……映ってるし聞こえてたよ。ちゃんと配信出来てるってさ」
またまた別の場所……今度は屋外だ。だだっ広い、駐車場かな?手前から”コメット”三札 慧人が画角に入ってくる。背中には金の刺繡”舞血技離”の文字。
「そしたら僕のいた屋根まで――あ、そう?じゃあ、始めようか」
気になること言うな!ソレ続けて!俺の話じゃなかった!?
「やぁみんな!”オウムアムア”だよ!昨日は楽しんでくれたかな?あんな所かまわず爆破するなんてフレアも思い切ったことしたよねぇ」
彼女の話と食い違っている。実際に爆弾が設置されていたのは浅草寺とか東京スカイツリーとか上野動物園とかだが、彼女は人の居ないビルだけに仕掛けたと言っていた。
「それとジェットもさ、別のところで大暴れしてもらう予定だったんだけど……。ぐふっ、ヒーッヒッヒ!警察でもない人に病院送りにされちゃってさぁ!面白いったらないよ!!まぁ僕が悪いんだけど」
コイツ失敗をまったく気にしていないように見える。今のところ最初の爆破以外なにも達成してないと思うんだけどいいのか?
「しかも、しかもだよ!?今日もこれから次の作戦行動をしようと計画してたんだけど……。あの”サテライト”って居たでしょ?最初の配信したチャンネルの女の子」
ジェットの妹のことだ。まったく似てないと思うけど。
「彼女にサイバーテロしてもらおうとしたら……ぶっ!昨日の夜に例の警察でもない人に捕まっててさぁ!!ギャハハハハ!!」
「は!!?」
賽ノ助のことだ!マジどこで何してんのかサッパリだが好き勝手にさせたときの奔放っぷりは天下一品!加減しろバカ!
もはやスプラッター映画の殺人鬼のごとき暴れようだ。
「あぁ面白いね……どんどん追い詰められているこの感じ、たまらないよ。困ったなぁ」
コイツが一番おかしいし。関係者全員変なのしかいない。
「……ということでね、今日のお話に戻ります。ホントはサテライトと、このコメットくんの2人組で計画してたんだけど……しょうがないので僕も、ちょっとだけ遊ばせてもらうね。警察も本格的に特殊部隊と編成してたし、いい機会だ」
そうだ、ここまで大規模なテロリストなんて出たら警察のそういう部隊が出て来るに決まってる。不気味な余裕が気にはなるけどこんな子どもの集団ひとたまりもないだろう。バカめ!……イヤな予感がする。
「後で僕の分をまた別で配信するからね……ぐふっ、あとはコメットからどうぞ」
1歩下がり、横であまり興味なさげに仁王立ちしていたコメットが前に出る。
「……フゥ、改めて名乗っておく。関東をナワバリにしてる”罵弖悪”の3代目総長!”コメット”だ!オレらはオレらの目的があってここに居る、このボイドの下に付く形にゃあなっちまってるがまァ利害の一致ってヤツだな」
「オレらはいわゆる暴走族ってヤツだ、これまではやれケンカだバイクで爆走だ騒音だなんだ、ただ暴れてきた。それしかねェンだ……やることは一つよ!!なァお前らァ!!!!」
ボイドが近づいてきて配信しているカメラを持ち上げる。そして、真後ろを映すと。
『オスッッッッ!!!!!』
大中大大中小大、数え切れないけど…ざっと100人はいるかもしれない。基本ゴッツイ大量のヤンキーどもが整然と休めの姿勢を取り、並んでいた。人の隙間から微かに後ろに並ぶこれまた大量のバイクも見える。ある種壮観だった。カッケーとか言ってたかもしれない……俺が無関係だったらな。
「オレらは一切の容赦はしねェ!ただただ単車転がして邪魔するヤツぁぶっ潰す!!サツも死にたくなきゃ引っ込んでなァ!!」
あちこちから鬨の声が上がる。
「オレらの要求は1ォつ!!7年前!板橋の荒川沿いで女1人ひき逃げしてくれたヤツを出せ!!見てンなら出てこい!!それまでオレらは全てをブッ壊すことをやめねェッ!!」
男たちの雄叫びの中でも不思議と通るひと際大きな怒声が東京に響き渡った。
「喧嘩上等ォッ!!!」
……最後にボイドがカメラに向かって手を振り配信は終了する……。
「――やっばいッスね。アレが”罵弖悪”ですか……?」
ヤンチャな先輩とかはいっぱいいたが、こういうマジもんの暴走族を見たのは初めてだ。もっとイかれたバカの集まりみたいなのを勝手に想像してたけど、思っていたより統率が取れているというか……集団というより組織って感じがする。
「……そう。それが関東最大の暴走族”罵弖悪”だ。…………九郎くん、ちょっと悪いけどタバコ吸っていい?」
「いいですけど……窓開けますね」
吸うんだ。会ってから2日、初めて見た。
赤信号の内に慣れた手つきで箱を取り出しピョッ!と出したヤツを咥える。安っぽいライターで火をつける。ずっと難しい顔をしていた。
「……ふぅ~…………慧人くん、コメットにはよく会ったことがある。彼のお母さんに似て感情が豊かで、人を惹きつける、カリスマ的って言うのかな。いい子だ」
信号が切り替わる。
「もう遅いけどね」
この人たちにある深い因縁が空気に滲みだす。普段の態度が態度のぶん聞くに聞けない重苦しい空気のまま埼玉県に入る。
興味がないとは言えないが、俺はこういう感じ、ヤだった。
「……そうですか」
こういうしかないよなぁ。
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