第8話:ハトの砂オーブン焼き

 「ていうか………遠いよねぇ?」

とりあえず昨日の寝床……天王洲公園に帰ってきた。我が家。とはいえあまり夕暮れ時から長居すると今日こそ通報されかねない。雪も止んでるし散歩人も湧くだろう。NPCか。そんなもんか。

現代の洞穴にモグラのごとく逃げ込みやっと荷物を置く。これを考えるのはもう何度目か分からんけれどいい加減荷物をどっかに預けたい。背嚢がどんどん重く感じるようになってきた。でもこの状況で要らないものもあんまりない。着た服は要らないけど。あとコレ。

ポケットに入れっぱなしだったフォークカタパルト。ジェットくんをやっつけた毒針発射装置はボキボキに折れていた。

しょうがない。もともと使い捨てくらいの耐久性だと思ってたし、逃げるとき道路で転がったりしたときだろう。これはもう使えない。針も捨ててしまおうか。目とか狙えるかと思って作った通常弾とスイセン弾を、念のために川…じゃないか、海?水道に投げ込む。証拠隠滅と事故防止だ。

暗がりの中地図帳を開く。ここは天王洲アイル。何回見ても気取った名前。そして……。金児さんの居たところまで指でなぞる。彩湖の辺りなので、だいたい25kmくらい。しかも直線距離でだ。道なりになると見当つかない。どうせ迷うし。無理かも。………詰みかも?

ずっと詰んではなんやかんやして詰む、の繰り返しだ。帰りたさがある。

………あ~あ、腹減ったなぁ。いつの間にか財布ないし……空港だろうな。鳥、食っちゃおうかなぁ。ハト居るうちに獲っとこうかなぁ………今さらだしいいかな、いいよね?

いいです。

許可が出たのでハトを食べちゃうことにする。どうせ行く当てもないし。

開き直ってヤバいホームレスマスターを目指すことを決めたので、背嚢から昨日の武器の一つ、レジ袋とマスクで作った投石器と石を持ち出す。

精度は投げるのとどっちがいいかみたいなものだが、つまり技術次第でどうとでもなるってことである。

変な遊びしか教えてくれなかったじさまに感謝だった。中学で周りにドン引きされたときはイヤだったけど。

辺りには、少なくとも近くには誰もいない。ベンチの周りにいるハトに決めた。

2日目の公園のときにはなんとなく枝でブン殴ったら簡単に気絶させられたんだ。どうとでもなる。イヤな遊び方だったね………。

というワケでマスクの内側に手頃な石ころを乗せて……。

バサッと。

バキッと。

はい獲った。拍子抜け。ザコめ。言いすぎました。

所詮この世は弱肉強食なので仕方なく、すぐ拾ってコソコソ水道に持っていく。

もう一度誰もいないのを確認してから急いで首をへし折り、ちょっと食ってらんないので頭は昨日買ったカッターで切り離して……。の頭は後で埋めるからポケットに入れておこう。

さて、胴体は血抜きのために逆さにしながら羽根を毟る。ヤバい自覚はあるのでとにかく急ぐ。多少残しても焼き切ればいいか。……肥えてんなぁ。

すっかり露わになった誰にも見せたことのないハトの裸体を晒した所で足から解体する。多少乱暴だけどスピード重視でいこう。

腹を裂き内蔵を全部抜く。さすがにこの環境で内臓まで食おうとは思わない。関節を外し、ヌルヌルで切りにくくなっているカッターで何とか両ももをもぐ。だいぶ腕力でいったので断面は不格好だ。

次に胴体だけど……胸骨だけ外して2つに分割するだけでいいか。

これも包丁とかないので腕力でいく。すっからかんになっている腹から手を入れてグッ!と。あれ、いかない。あ、頸椎と繋がってるところを割ってからかな?

さっきの石で、バキッ!としてグッ!

よし。後は肩関節を外して、めんどいのでねじりもぐ。最低限だけどこれでいいや。全部の部位の血を洗い流して、水飲み場をキレイにしてから脱兎のごとく帰る。火の準備をすることにした。

トキソプラズマやハトにもサルモネラの可能性があるので絶対に加熱しなければならない。とはいえこんな都会で煙でも上げようものなら一発通報だ。幸いクソ寒いので出歩く人も少ないけど、火の明かりがバレるのもアウト。橋の下にしようか。

……石、砂と昨日加工した割り箸と、その削り節、なるべく枯れた木と、最後に三角コーンを拝借する。



 「賽ノ助、だいたい30分クッキング~……!」

パチパチパチ……!

さ、始まりました!しばらく1人で行動しすぎてさみしくなっちゃった賽ノ助くんによるセルフナレーションの料理番組です!

スタジオはここ!東品川海上公園の橋の下からお送りしております!してません。誰も見るな。

まずは希望の火を灯すところから始めましょう!人類はいつだって火と共にあるのです。ちなみにすぐそばに火気厳禁の標識がありますが、これは見ないようにすることで見ないことができます。地面がコンクリートなので石を置きやすいですね。小さな円状になるように組みましょう。

そしたらその中に浅く砂を敷き、次に枯れ枝を折ったりしながら敷き詰めます。ポイントは大きいものからですね。

その上に細かな枝、割り箸と置いていきます。あぁいいですね~センスありますよ僕。

さぁいよいよ火をつけましょう!寒いし!

昨日こんなこともあろうかと取っておいた割り箸の削り節を中心のちょっと内側に盛ってライターで火を付けます。風で消えないように体で守りつつささやかな空気を吹きかけてあげて……。

燃えましたぁ!!

ライターがあるのでクソ簡単です!地元の縄文時代の遺跡でイベントやったときにやらされた錐もみ式と弓錐式よりなんぼも早いですね。

ここは時間との勝負です。煙の出る時間をなるべく少なくするためとにかく早くアチアチにしましょう!まずは適当にあった調味料を擦り込んだお肉を枝に直接全部乗せます。そしてフーフーして下の大きい枝が軽く炭化すれば次のステップ!

上から砂を被せて三角コーンをガポッと被せます!なおこの三角コーンは下に数ヶ所、てっぺんよりやや下にも穴を開けてあります。最低ですね!

これで簡易オーブンの出来上がりです!!


「腹減ったなぁ……」



 30分ほど経ったかな、そろそろ火の通ったころだろう。三角コーンを取って元の位置に返してからアチアチになった砂を払い、ハトのオーブン焼きを取り出す。地面に落としてからスケート靴にしたくらい砂まみれだけどしっかり焼けていた。

「……天才じゃったか」

出来うる限りの砂を払い、燃えカスを捨てて他も片してから慣れ親しんだ実家に帰る。待ちに待った食事の時間だ。

「……いただきます」

足先を掴みもも肉に齧りつく。それはもうジャリッジャリだった。

でも。

「め~……」

うまい。めちゃめちゃうまい。染み入るうまさだ。

いやそりゃこのハトの砂オーブン焼きよりファミレスで食べる若鶏の方が絶対にうまい。でもそんなのは今この場において何にも関係なかった。ただこの場でうまい。

あっという間に足を2本しゃぶる。手羽もすぐさま平らげ、胴体を残すのみとなったときだった。

「―――今こんな通報されてもねぇ…爆弾騒ぎに行かなくて良かったけど……ホントに居るんかねぇ」

風に乗って誰かの独り言が聞こえてくる。

内容から察するに警察だ。たぶん僕が通報されている。

風上で他の音もない中微かに聞こえた声、このままここに隠れても確実に見つかる!

すぐさま最低限手近なものだけポケットに突っ込み、あと頸椎を口に突っ込み背嚢を置いて這い出す。

声の主は遊歩道側にいるので馬鹿正直に走るワケにはいかない。

マイホームが盾になるように身をかがめながら海際に行く。手すりにつかまり振り向いてみると懐中電灯の光が見える。すぐにでもこっちに向きそうだった。

やむなし。手すりを乗り越えて一瞬自由落下する。さっきまで地面だったコンクリートで視界はいっぱいになり足先が波に当たる。

着水ギリギリにコンクリートの縁を掴んだ。急いだせいでまぁまぁの負担が腕にかかるけど、指くらいしか見えないはず。案の定直後に、空気中のチリがキラキラ反射して頭上を光のビームが通過したのが分かった。

「うわっ!ホントに居たよ……トイレかな。待ってるか」

荷物が見つかってしまった。めちゃめちゃ困るんだけど。そこに居られるのが更に困る。……とにかく一旦離れるしかないか。目の切れるところまでスライド移動していく。

「ふぇみおうえわらわふぇんははら……」

セミの抜け殻じゃねんだから。ってね。



 結局角まで着いてから上がり、コソコソその場を離れる。

「ふぁれふぁふうほおひはんふぁ……?」

誰が通報したんだろ。解体のときも調理のときも慎重に動いたし僕からは誰も見ていない。それにこう言っちゃあなんだけど、僕が、その、一般人の皆々様にことステルスにおいて遅れをとるとは…ねぇ?へへっ。思えないんですねこれが。

……まぁこれが都会ってコトか。たぶんロングでエイムされてたんだろう。世知辛い世の中だ。

同じ公園内にあるちょっと離れたブランコにとりあえず座る。

ブチッ。

「……んん。はぁ~……荷物、どうしよ」

もしこのまま戻らないとするとポケットに入っているもの以外は絶対にボッシュートとなります。一週間の旅行計画で今日が4日目の夜。もし明日明後日の内に全部終わらせられたらなんとか知らん顔で取りに行けそうではある。なんかの罰則はあるだろうけど。

それよりも当面の目的、このケンカ……鬼ごっこの方が近いか。鬼ごっこにかなり不利になってしまうのがツライ。

脊椎をペチャペチャすすりながら残された持ち物を確認する。

・ハトの脊椎・肋骨・竜骨突起(おなかにあるでっかい骨)あと肉。これは食う。

・投石用ビニールマスク

・石複数

・コショウと唐辛子

・コショウと唐辛子をくるんだ催涙弾

・ハトの頭


…………アレ?余裕かも?


地図があれば万全だったけどしょうがない。さっき見たばかりだしここは海沿いだ、ゲボダルいけど荒川の河口にさえたどり着けばあとは沿って上るだけ。体力も……まぁなんとかなるんじゃあないだろうか。

……とてつもなく気が乗らないけどそうと決まれば行かなくてはならない。ここの公衆トイレで寝る手はブツブツポリスメンがいるのでダメだろう。早急に北上しながら屋根のある寝床までは進まなきゃだ。マジでダルい。それに……。

首を撫でる。

ジェットくんにネックウォーマーを引きちぎられてしまっている。赤黒いでっかい傷痕が激しくアピールをしているのがもはや鏡を見るまでもなく分かる。こんなグロい傷痕を晒してたら今までの風景に溶け込む空気感も半減以下だろう。赤黒い……だけにね。

さらに使い切りシャンプーも替えの服もない。床に頭打ったときの鼻血が付いたシャツを引っ張る。自分ではあんまり意識できないが匂いも少しあるかも。めちゃめちゃ動いたしちょっと手を擦り合わせてみたら黒ずんだ垢が出た。……これじゃもう人混みステルス効果も使えない。垢黒い……だけにね!

「チッ……」

こんなこと考えてる場合ではないので立ち上がる。タイムロスだわマジで……。

「海があっちだから………んにゃ……!?」

懐中電灯の明かりで照らされたフェンスのキラキラがチラッと視界の端に映る。こっちに来たのか?なんでだよ……!

急いで目の前のすべり台とかはしごが複合されてるタイプの遊具の陰に隠れる。

「居るのは分かってるぞぉ!」

は?なんで?手すりから慎重に窺うけど、サーチライトは左右に大きく振れていた。ビックリしちゃうから噓つかないで。

「お巡りさん怒らないから出てきなさ~い!」

ん?子どもだと思ってる?……かな?

「いてっ!」

ん?

「人に向かってエアガン撃つのは犯罪なんだからね!」

ツンデレ刑事デカ?珍しいおっさんだなぁ………エアガンだぁ?

そんな便利なものは持ってないし何なら今なら欲しいくらいだわ。それにもちろん誓って周囲に他の人はいない………けど?

プッ

落ち着いて耳をすますと確かに今、ガスガンの音がした。

「いてぇって!」

お巡りさんが腕を抑える。完全にこっちから撃たれている。直線上に僕を置いて…後ろか!?

振り向いても誰もいない。ガスガンの射程は規定を守ってるなら50mは絶対に超えない。狙って当てることを考えればもっと短いし、ここは海沿いだ。こう風が強くちゃいいとこ25mくらいだろう。そしてお巡りさんから僕の距離がだいたい20m。どうなってる…?

プッ

また音がした。今度はよく聞いて音のする方に反射で振り向く。

後方ナナメ上。僕から5m程度離れた上空に”ソレ”は浮いていた。

「どちらさまぁ……?」

大型ドローンがチュインとほんの僅かな音を立ててカメラでこっちを見る。たぶん向こうの人と目が合った。

手を振って挨拶しておこう。どうやら新しい敵みたいだし。



 とはいえもうかなり詰みかけてないかな……?

この不気味なドローンはどうやら僕を捕まえさせたいみたいだ。おそらく通報したのもコイツだろう。逆にこっちから操縦者を特定する方法はない……。ない。たぶんそう遠くはないだろうけどそれだけじゃムリだ。

さらに当面はこっちのが問題だ。

すぐにでもお巡りさんはこっちに来るし、いくら僕がエアガンとか持ってないと言ったってそれ以外の怪しい要素はてんこ盛りだ。話したって聞かないかもしれない。

…………決めた。

とにかくお巡りさんには悪いけど、本当に悪いけど無力化しておかないと動けない。慎重に歩いていても時間からするともう10m圏内に来ているだろう。

投石器に催涙弾をセットして近づくのを待つ。催涙弾なんて言ってはいるが調味料を詰めただけだ。例え鼻とかにクリティカルヒットしたとしてもいいとこ10秒程度無力化するだけだと思っておこう。

ざっざっと土を踏みしめる音がしてくる。もうこのプラスチックボードの向こう側にいる。余計なことはしないかと気になってチラッとドローンの様子を窺う。さっきより離れたところから見守ってくれていた。僕が見つかるのが目的ならそうなるか。大方隠れてるだけだと思ってるんだろうが―――ッ!!

「にゃーん」

お巡りさんの体が真横に来た瞬間に渾身の一発芸をお見舞いする。完全に不意を突かれたお巡りさんは懐中電灯ごと無防備にこっちを向く。バチバチに眩しいけど僕は覚悟して来てるのでもう遅い。お巡りさんの身長から想定していた位置にフルスイングで催涙弾を投げる。

バサッ!

「え?うびゃっ!!――バハッ!いいいっだぁ!!」

めっちゃかわいそう。

あっぷあっぷしているお巡りさんの懐中電灯を握って突き出している方、右手首を右手で握って思いっきり対角線上に引っ張る。すると混乱したままとりあえず踏ん張ろうとして右足が前に出るので、たぶん相対した状態から背後を取る一番簡単な方法だ。

あとはもう首に腕を回すだけだ。開いている方の手は絶対に目に行っているので、頭と腕でできたわっかにするりとなるべく深いところまで突っ込んで腕を組む。バックチョークの完成だ。

もしもっと暴れるようなら飛びついて足もホールドしようかと思ったけどここまで来たらもはや関係ない。

血圧を測る機械みたいに頸動脈を背筋を使って締め上げる。どんだけ鍛えていようと人間なら例外なく5秒くらいで失神する。

…………ごめんね?

一切何も悪くない本当にかわいそうなだけのお巡りさんを丁寧に地面に降ろし黙とうを捧げる。ノリで。

さて…………。

夜の星を見上げると小さな星がある。ドローンの小さな赤いランプが点灯していた。僕とお巡りさんのささやかな幸せを奪った小さな星。……追いかけるしかないかな。どうすりゃいいかわかんないけど。

とりあえずなんか使えるものがないか、お巡りさんの持ち物を探ってみる。懐中電灯、手帳、手錠、警棒、拳銃。

…………う~ん、止めとくか。もちろんそこまでするのは気が引けるってのが一つ。

それを置いておいても単純に要らない。こんだけ電灯があれば歩けるしもともと夜目も効く方だ。警棒は無くても似たような武器は持ってるし、手錠は別に捕縛するワケじゃないんだから要らない。動けなくさせたいならこの人みたいに気絶させとけばいいし最悪足とか折っとけばいい。

銃はちょっとだけ迷ったけど僕はまだ扱いが充分じゃないと思う。猟銃ならまだしも小っちゃいヤツだし。どれだけ強力な武器だろうが使い慣れている方がいざという時に使えるものじゃないだろうか。ということで何も取らないことにした。

銃なんて取っちゃったら本格的に探されちゃいそうだしねー。

プッ、ビチッ

「いでっ。……なに?」

頭にBB弾が跳ねる。髪はちょっと長い方だけどそれでも意外と痛かった。

『ッッお前さァ、マジなんやねん!!大人しく捕まってけや空気読めへんのかボケェ!!』

あ、喋った。聞き覚えのある声だった。

『お巡りさんボコしてなにウッキウキで荷物漁っとんねん!この底辺のクズ!ボケカス殺すぞ!』

プッ

「いでっ」

『暴力は悪いことなんやぞ学校で習わんかったんかお前ホイ卒か!?あぁ!?なんとか言ってみぃや!!』

スピーカーからハチャメチャに見えてまぁまぁな正論をやんややんや喚きだしたぞ。

「でもそっちが言えた事じゃない……よね?バシバシ撃ってんだから」

『ハイ残念でしたァ!!スピーカーは付いてますけどマイクは付いてませ~ん!!なに言ってるかわかんないで~す!』

「ええ…………?」

『ワイの勝ちやで。ほな、いただきます』

プシュッ……!

うわっ、なんか開けた。

プッ

「あぶっ」

さすがに同じところを狙われ続けたら避けられる。それにしても……。

『は?避けんなや。キミ、おもんないで?』

コイツ……

「クソムカつくなぁ……!!?」

腹の底から湧き上がる嫌悪感。その口はアレか?肥溜めに繋がってんのか?魑魅魍魎の波動出てんのかな?あのときは派手で元気で都会っぽい女の子を見れたと思って嬉しかったけど。たしか”サテライト”ちゃんだったっけ。

『草やねんなホンマ………アンタ、茶田賽ノ助で間違いないな?知ってて聞いてるんやけどな』

プッ

銃口の調整はゆっくりなので見ていれば割と簡単に避けられる。

『ニュースはフレアのヤツばっかでジェット……兄ちゃんのお仕事のことなんて一つも出てこぉへん……。失敗したんやな。あの兄ちゃんが何にもなしに失敗するこたない、アンタやろ、止めたの』

まぁそれはやったけれど。ジェットくんの妹だったのか。……フレアちゃんがなんかやったんだな。それもニュースを埋めるくらいにはかなりでっかいこと。もっと軽い印象だったんだけど。読み違えたかなぁ……。

『何があったか知らんが兄ちゃんが負けたってことはどうせ卑怯な手でも使ったんやろうな。……まぁそれはええ。ええこたないけどええんや。差し向けたボイドの責任やしな』

プッ、プッ、プッ

『ただな、ボイドがホンマはどういうつもりか知らんけどな、少なくともワイ達にゃそれぞれの戦いなんやねんな』

プップップップッ!…………カシャンッ!

なんか落ちてきた。タバコの箱くらいの黒いプラスチックケース、マガジンだった。やっと弾切れか。BB弾は会話の道具じゃないので落ち着いて欲しい。

『まったく……やっとここまで来たのに急にガガイのガイが入ってきたと思いきや敵だなんだとか言われて……』

ガシャッッ!!

今度は銃そのものが落ちてきた。かなり改造してある。ハンドガンタイプのガスガンのグリップを切り落としさっきのマガジンが入るようにしてある、人が持つようにはできてない。ドローン専用だ。

『まぁでもパンピーやしなとか考えてたら、ソイツが兄ちゃんをさぁ……!!』

目線を戻すとフィ~~ン……みたいな小さな音を立てていたドローンが、おしりからサソリみたいなアームを1本伸ばす。

宅配サービス用か何かの大型ドローンを転用したんだろう。アームが機体の下に備え付けられた小さな箱を掴み取り、上部に取り付けられたまた別の銃に差し込んだ。

……へぇ~、器用だなぁ。

『邪魔なんや、すまんな』

ィィイィン……パンッ!

あぶねっ。

………………パンッ?地面の着弾地点を見ると小さく抉れていた……。

やっっっべ。

パンッ!

また実銃だよ!クッソ!とりあえず逃げパンッ!っる~!!

「止めでけろぉ!」

全力で走る!すぐ公園の遊歩道に入ると外れた弾が、ッチュンッ!と音を立てて跳ねるのが聞こえてくる。っ恐え~~!!

そんなに足は速くない方だと思うけどジグザグに走れば当たらないみたいで助かる。ランダムに走る人に当てるのがめちゃめちゃ難しいのは知ってたけど正直運だ。何とかしないといずれ当たる。

『逃げんなや!チンチンついてんか!』

「ついてらでば!!」

女の子が銃乱射しながらチンチンとか言わないで、穴開いちゃう。パンッ!いでっ!!

激アツの太ももから血が垂れるのが分かる。今のはヤバかった。

『ちょっと動けなくなってもらえたらいいんや!足出せ足!!』

「当たってやるワケないだろ!死ぬかテメ!?」

『死なへんわ!動くなボケェ!!』

いい加減にして……。

目の前に分かれ道が来た。立ち止まれないのでそのまま左の道……なるべく街路樹の密集している方だ。

「疲れるってぇ!!」

バチッ!

枝が広がっているためか道路を並走しながら撃ってくる。今度は速度と上下のフェイントだけで避けなきゃならない。バチッ!

野球場の壁が外れた弾で穴ぼこになっていく。

『もう用済みなんじゃ失せろや!』

「失せとったやろがい!」

なんかつられてしまう。そっちから来たクセにその物言いは何なんや。

『あ~もうなんで当たらへんのや!』

ガシャンッ!――リロード!

投石器に石をセットしてこの隙にブチ壊すッ!

「ふっ!」

バリッ、ビチッ!……ガシャ。

クソがッ!!壊れた!外した!疲れたってもう!!やだやだやだ!

『なんやねんさっきからソレ!アンタ巻き込まれた一般人ちゃうんけ!?』

「そうだつってんだろ!!」

また走る。ドローンもリロードしながらまだ追跡してくる。弾なんぼ積んでるんだ。あの箱全部そうなのか?

だいたい200mは走ったか……?避けながら走ってるからめちゃめちゃ疲れる……。

こんだけ走ってもまだついて来るってことは方向ミスったか……?

『どんだけ生き汚いねんホンマもんか?』

「なにがや!」

しつこすぎる!

『貰うもんは貰っとけや!断るとか常識あるんか!』

「常識あるヤツは銃撃たねぇだろ!!」

まだかよ……!?

バチッ!―――んいったぁ!!!

『オラボケェ!!』

左の前腕が抉られる。掠ったというには大きい、削られた!

「いっでぇぇぇえ!!」

『思い知ったかボケカス!……まだ止まらんのかいコラ!』

ビチッ!まだ撃ってくる。勘弁して。

ガシャンッ!またリロード!

なんでもいいわもうッ!

ポケットから適当にデカい物、ハトの竜骨突起を取り出し、フリスビーみたいにブン投げる。

バキンッ!!っしゃ!

4つあるプロペラの一つに当たり、そのハネがひしゃげる。ざまみろ!

ドローンはリロードの途中でバランスが保てなくなりフラフラと墜落した。

「ハァ…ハァ…っあーっ……いったぁ……」

マジで疲れた……。歩いてドローンに近づく。

『クソクソクソクソ……次のドローン出したるからな……待っとけよボケ!』

田んぼで農薬を撒いているデカドローンを基準にすると、このくらいの大きさのドローンの操作可能範囲はたぶん300mくらいだろう。ここまで走ってもコイツはなんの憂いもなくついて来た。だとすると僕はサテライトに近づくように走ってきたんじゃないだろうか。

逆に逃げてたら早い話だったんだけど……。

あまりゆっくりしていたらまた新しい機体が来るし、この機体のマイクを切られてしまう。

ドローンを拾ってマイクを探す。付いてるはずだ。走りながら無理矢理返事をし続けたのは理由がある。それとは関係ないけど、サテライトは一回だけこっちに返答していた。マイクないって言ったのは噓だろう。あった。

「ふぅ……おい、サテライトちゃん?」

わざと小っちゃい声で問いかける。

『………なんや?』

やっぱりな。

「ジェットくんは…ハァ…今ごろ病院だと思う。……ハァッ、キミにジェットくんからの伝言がある……ハァ…いいか?よく聞け」

どんどん声を絞りひそひそ声まで落とした。内容にも興味津々だろう。

チャンスは一度。僕も耳に集中する。賽ノ助一発芸シリーズがこんな役立つとは。

―――スゥ。


「ぅわんッッッ!!!!!!!!!」


『キャッ!』

―――ゎ…………。

真横から前に数えて左側4番目3階建てビルの屋上!!

持っていたドローンを地面に叩き付けすぐさま走り出す。

必殺”デカい屋敷にいたクソデカい犬”。僕の出せる最大火力の一撃だ。カラオケでこれを披露したら二度と誘われなくなった禁止カード。向こうで音量を上げてくれていて助かった。これで位置が特定できる。ダメだったらスタングレネード代わりにしてただ逃げようかとも思ったけど。

やっぱり彼女も僕にマンハントを挑んできたんだ。できれば決着を着けたい。

ガチャ!やっぱり裏口ドアが開いている。ここだろう。

全階に通じる階段を三段飛ばしで駆け上がり、屋上のドアの前で一度深呼吸。音の出ないようにドアノブを捻り、開いてることを確認してから……。

ッバンッッッ!!

ノブを握ったままわざと思いっきりドアを蹴る。

「ヒェッ!!?」

居た。なんか良く分からない電子機器を大量に展開し、頭を抱えながらドローンをいじる少女。”サテライト”だ。

「こんばんは!……なにか言うことは?」

「……対戦ありがとうございました……」



 とりあえずすぐさま持っていたドローンと、目につく限りのピコピコをある程度ブッ壊し持ち物もチェックする。本人は銃とかは持ってなかった。

「サテライトちゃんだよね?キミ、僕のこと殺すつもりだった?」

なぜか被害者みたいな顔をしているサテライトちゃんに穴の開いた袖を見せながら聞く。

「……さっきも言ったやろ!これ以上邪魔ならんように動けなくなってもらおうとしただけや!」

「……ふ~ん。あっ、これ貰ってくね」

グルグル巻いてある銅線を拾い、

「はい後ろで合掌」

「ヤダ」

パンッ!ビンタ。

「こちとら腕に穴が開いてるんで。殺さんだけマシだと思ってもらえれば」

左手がクソ痛い。動かないワケじゃないけど握力はまるでない。正確には痛くて握れない。

後ろ手で合掌させて、全部の指同士を銅線で縛る。最後に手首も。

「はいオッケー。うっ血ギリギリだから暴れると壊死しちゃうかも♪」

噓ぴょん。たぶん全力でわちゃわちゃしたら抜ける。まぁ彼女にもう武器はない。保険みたいなものだ。

「……ったく、ホンマになんなのこの人……」

「こっちが言いてぇんだども……巻き込まれた だけだや?」

「そういうんじゃなくて……じゃない!」

もっと使える物はないかと機材を漁ってるときに大声を出される。

「兄ちゃんはどうなったの!?病院って……無事なんだよね!!?」

なんか関西弁が消えてる。そうだ、ジェットくんは別にこんな感じじゃなかった。キャラ付けだったんかな?

「空港でちょっとお話して、で、隙だらけだったから毒針刺してみました」

右手でピースする。左手の恨みだ。

「え?あ、イヤ……お兄ちゃん!!お兄ちゃんは!!」

「うわっ…!?落ち着け落ち着けって……。死んだりしてないって……見てないけど。ほんのちょっとだったし、空港だぞ?周りに人もめっちゃいたしすぐ救急車も来てたから」

我ながらこの瞬間だけ見ればめちゃめちゃ悪い人みたいじゃない?実際には因果応報だと思ってやってるんだけど。

「ひぐっ……卑怯もの……」

半べそ……全べその負け惜しみが聞こえる。

「だいたい僕もそのときボッコボコにされたんだよ?ホラ、血も取れない」

胸元を示す。もう右足も血が滲んでるし左手に至ってはダラダラだけど。

「グスッ……ざまみろ、ざまみろ……」

「参ったな……あ、これもいいじゃん、借りる」

一番細いピンホールドライバーも拾う。こんなもんでいいだろ。

「あ、そうだ!ボイドがどこにいるか分かる?僕アイツさえ殺せれば他の人の邪魔するつもりないんだけど」

「だから邪魔なんじゃん……知らない」

なんだ、じゃあ結局歩くしか

「――でも、朝には連絡来ると思う。明日はウチの番だから……」

「おっナイス。番って?」

そういえばここまでやっておいてなんだけど、彼女らのこと計画も目的なんも知らんままやってるな。関係ないか。

「明日はウチとコメットがテロ起こす番だったの……。ウチはサイバーテロするって計画だったんだけど……」

これじゃ無理だ。と。……慧人くんは何すんだろ?

「このビルの3階もアジトになってるからそこに置いてある携帯に電話来ると思う……」

「なるほどね……ありがとう。じゃ、降りて今日はもう寝よっか。やっと普通の屋根あるとこで寝られるなぁ」

「えぇ……?」

「いやそうでしょ。ホラ。忘れてる?」

かなり近くの道路でサイレンが鳴っている。さっき思いっきりお巡りさんを締め落とした不審者が近くに出現したらしいからだ。怖いなぁ戸締りしておかないと。

「さ、降りるよ。まず下のドローンを片さないとね」

内鍵を閉められちゃ困るから連れていく。半ば呆然としてたので指の拘束も解いておいてもいいだろう。片腕がダメだろうがインドア少女くらいどうとでもなるのだ。

というワケで外に落ちてる証拠品の塊を持って帰って、2人でアジトに入る。



 デフォルトみたいな事務所だった。ほとんど物はなく、でっかいペットボトルの水が入った段ボールと、パッサパサのお徳用携帯食料とか、あとこの子の私物っぽい蛍光ピンクのリュックサックがあった。ぺちゃんこだから上にあったノートパソコンとかあったんだろう。

とりあえず応接用に使ってくださいみたいな備え付けの固いソファに座り、やっとこさひと息つく。

僕の荷物はもう絶対に取りにいけないし、今持ってるもので最大限の作戦を考える。

「あ、あの……コレ」

「……え?あ、マジ?ありがとう」

「ひっ」

救急箱を貰っちゃった。これで腕の治療ができる。

袖をまくり腕に、消毒液を……ムリムリムリ!!穴だよこれ?同じ大きさの穴があと5つ開けば腕がもげるくらいの穴だよ!?こんな痛いのに消毒とか……。

「……サテライトちゃん、手伝って……?」

「うえっ……!?」

ちょっと脅かしすぎちゃったかも。

「そんなビビんなくても……ホラ復讐のチャンスだからさ」

タオルを噛む。

消毒液を渡し腕を伸ばして――。

「―――んっぐいいいいい!!!!」

痛い!!!!!痛痛痛い!!!さいっあく!!クソクソクソクソ!ゴミゴミゴミ!!いっっっった!!なぁんで僕がこんな目にさぁぁぁあ!!?

「ッフーッ!!ッフーッ!!」

痛みを覆い隠すように乱暴に包帯を巻く。実際はぜんっぜん変わらない。

「……んんっぐぅう……ぷっ……うあ~……いっでぇ」

目がチカチカする。

「…………ふふっ」

なにわろとんねん………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る