第7話:これカスタードパンじゃないスか

 あのジェットについてはてんでまるきりサッパリ分からん。狙うべきはもちろんフレアだ。イかれた爆弾魔ちゃんの。

……さっきの配信から5分くらい経った。もしあの配信で居たとこで捕まるドマヌケズならとっくに情報があるころだと思うが……SNSを見ると、まぁそんなだったら苦労はないよねって。すでにトレンドでは金のうんちの追悼でいっぱいになっている。それ以上のことはまだ起こっていないみたいだ。しばらく張り付いておく必要があるな。

この広い東京でたかだかどの区にいるのかが分かるってだけで見つけられるとは思ってない。

今から浅草に行ったっていいとこ木っ端微塵になるだけやねんか。どんな手法でやってんのか知らないけど後から追うのはリスクをヘッジできてないにも程があるだろう。行動を予測しなくてはならない。

金のうんちを爆破する女子高生がどう動くのか……。なんについて真剣に考えてんだ?バカなんけ?

ただ俺にも分かることはある。なぜならバカじゃないので。

2パターン予測できる行動があるんだけど……。その内のどっちかというと可能性の低い方に向かうことにして、早速歩き出す。

俺の目的は賽ノ助の居場所の把握と、できれば保護…?まぁ保護か。可能性の高い方は警察も厚く見てるだろうから俺は警察じゃ手を回す余裕がなさそうな方。

彼女はやりたいことをやるだけって言っていた。一応の目的はあるってことだ。その部分で利害の一致があって、あの組織に入ってるってことになる。つまり何を吹っ飛ばしたいかってことだろう。


俺は知っている。全世界の高校生はみな一様に母校を爆破したいことを。

たぶん。


学生ってヤツの悩みは家庭か学校にだいたい集約される。それで言えば社会人は家庭か会社かみたいなとこあるかも。そりゃそうか。

あんな頭悪い組織の中でお手製爆弾まで作ってやってるんだ。それなりに深刻な事情があるんだろうけど、うん。申し訳ないが短絡的と言わざるを得ない。そんな思考回路からするにベットするには十分に思える。

うまく行きゃなんぼか会話できないかな?とか考えながら、まずは自分の大学から畔黒高校だっけ?。その間にある自宅に一旦荷物を置きに行くことにした。



 さっきの配信から15分くらいか。余分な荷物は置いて身軽になったので軽い走りで江戸川区あたりの高校に向かう。適当に見積もって30分となんぼかって感じだろうか。彼女の移動手段は知らんがまさか電車とか乗るわけがないもんな。きっと先に着くだろう。

あれから、一発やっちゃったらしい。爆破。いや2発か。

浅草寺の顔、雷門。その両脇に仁王立ちしておられる風神雷神様が衆人環視の前で粉々になったそうだ。どうやったかは知らないが網の内側に爆弾が仕掛けられていたとか。そのおかげで何人かの軽傷者とパニックによる軽傷者だけで済んだようだが。

ただ、それは完全にラインを越えてる。いやまぁうんちの時点で大犯罪ではある。ただ歴史的建造物とか観光地とか、ましてや寺だとかを破壊するならそれはもう国賊である。いくらバカガキだろうと誰も庇いきれないだろう。

これが逮捕されたらきっとアメリカンコミックのヴィランみてぇにガッチガチに捕縛されるだろう。核廃棄物くらい地下に運び込まれたら俺が面会できるハズもない。

そして賽ノ助のことは絶対に後回しだ。

賽ノ助が他のメンバーになんやかんやされる前に会うには、俺が先に遭遇することがさらに必要となった。要するに、クソカス。

クソカスなので今、さらに急いでいます。

あと浅草寺がやられたと聞いて揺らいでいるところがある。うんちから浅草寺ってことは西北方向に進んでいるってことかもしれない。時限爆弾なのか遠隔操作なのかは配信では判断つかなかったけど、どっちにしろ爆弾魔ってのは自分で成果を見たいものなんじゃないだろうか。俺だったらそうだもん。

ただ………いやう~ん。



 さらに10数分、今度は一気に展開が変わった。浅草駅。浅草寺から東北にある神社。上野動物園。そして東京スカイツリー。すべて同時に爆破。

詳細はパニックに流されて正確な情報なのかがイマイチ判断できないが…。死者複数。重軽傷者多数。それぞれの施設の機能不全による影響も計り知れない。

ヤバい。完全にヤバい。ついに死者まで出た。大テロよこんなの。

勝手にバクバクしだした心臓を抱えて考える。違和感があるのだ。

配信で見ただけなんだけど、どうもあのフレアにはここまでのブッ飛んだ覚悟みたいなのは見て取れないと思うから。いや、全部本気でどうでもいいと思って笑って何でもできるクソいかれぽんちの可能性もある。そういうヤツがいるのも分かってはいる。けど勘としか言えないけどたぶん違うと思う。

…………それも考えたって仕方ないか。元々犯罪者に会おうとしてるんだ。それがド犯罪者だっただけ。会ってみれば分かるハズ……。たぶん。

あと結局フレアの進行方向はサッパリだ。綺麗に東西南北に別れている。ここまでキレイに散ればもうどこに居るのか素人の俺には分からん。とりあえずさっきの推測の通り向かってるが根拠も薄いし。

……着いてから考えようか。

 

 軽く汗をかいてきたころに、着いた。

畔黒高校。運動部、特に陸上部が強い高校で校庭が広く、それ以上に設備が充実している印象だ。

今日は平日だが人気はない。音もない。そりゃそうか。ハチャメチャ爆破テロが割と近くで発生しているってだけでも休校もんだもの。犯人が自分とこの生徒だったときの先生ってどんな気持ちなんだろうな。

駐車場を見ればその先生たちはたぶん居ない。車がないもの。ただ、ふと目を向けると道端に一台の車が停まっている。

名前とかは知らないけど黒い無骨な、ともすれば古臭い車だった。

なんか目についてちょっとだけ注視すると運転席の男と目が合ってしまった。――あ、ヤベ。

「こんにちは九郎くぅん…?なぁんでこんなところに居るんだろぉねぇ?」

潟倉さんだった。ネチャネチャしたやらしい言い方で聞いてくる。大変お上手なその嫌な雰囲気には生来の素質を感じる。親は苦労したんだろうね。

「イヤやな潟倉はん……お散歩どすえ……」

完全に目上の人だけど、ぶっちゃけこの人には何言っても良さを感じる。学生バイトで培った"冗談の通じる人通じない人センサー"をナメるなよ。

「へぇ!こんなとこまで?僕は君の住所も覚えてるけど……随分走るんだねぇ」

「そんなジロジロ見ねーでくださいよ。恥ずかしいなぁ」

「……もういいや。その感じを見るにさ、たぶん僕と同じ理由でここにいるんだろうけど。帰って?」

「ヤです」

ヤだった。潟倉さんは困った様子で頭をポリポリ掻く。前にもましてお疲れのようだ。

「知ってるだろうけどもうさ、もう、ヤバいのよ。なんというか、死ぬよ?キミ」

知ってる。今からクサレ犯罪者に会おうとしてるんだ。考えないワケがないし、あと、死にたいはずもない。

「今の俺としては、リスクに見合った価値があります………ま、腕とか取れたら変わるかもしれないですけど……」

結局どう動こうが『あのときああしとけば良かった』ってのはあるから。せめて今自分の中にある最善の選択肢を選びたい。コレ座右の銘にしよっかな。

「チッ…!」

え?この警察舌打ちした?

「なんと言おうとダメなんだけどさぁ……強制的に帰す方法も無いのも……!そうねぇ……せめて目の届く範囲に居て。こっちは忙しいんだわクソガキどもがよ……」

ブチギレじゃん。かわいそうだけどこっちも譲らないのでしょうがない。全部終わったらめちゃめちゃ謝ろう。

「ていうか潟倉さんはなんで、えー、ここに?見たとこ1人ですし」

少年課の範囲なのかはまったく知らないけどどっちにしても、班とかに別れて統率取ってやってんだと思ってた。

背広姿ではあるが、見たとこ包囲網やってるって感じじゃない。ていうかそうだ、パトカーでもないな。

「あーね、理由は、3つあるね。いやもちろんあの、フレアちゃん?のために動いてるんだけど……まずてんやわんやすぎて僕みたいなのまで駆り出されてるってのと。彼女の高校がココだから来るかなって思ったのと」

ウ~ン…と一拍おいて

「なんか、いつの間にか捜査本部でハブられてた」

………アレか?体育の『二人組作って〜』ってヤツの延長線上か?

「パトカーも全部出てて……自分ので来た…」

自分の人差し指同士をツンツンさせている。そんなんやってる大人初めて見た。いや子どもでもいねぇか。そういうところでは?

「あぁ……浮いてそうですもんね」

「……キミ言うね。実際そうなんだけどさ。なんか先輩方にゃ鬱陶しがられててね……」

ちょっとかわいそうかも。……違うかも。

「お疲れ様です」

そういうしかなかった。あと、俺は働きたくないなと思った。



 その後、潟倉さんとショートコントかましながら、実際どう待てば正解なんかな?とか話し、2人で車で待つことにした。ヤンキーしか使わないことで有名なあの匂いのする葉っぱみてぇな形のペラペラのヤツがあったのを俺は忘れることはないだろう。

「これだっさ……」

「え?」

「あッ!!アレじゃないですか!?」

「え?」

アクションが大きくならないように小っちゃく指を指す。40m先に配信とは違うジャージを着て帽子を深く被った人が路地から出てきていた。印象だけだがたぶんそうなんじゃないかな。たぶん一度直接会ってなかったら分からなかった。

「ん~……九郎くん目ぇいいね。……そうかな?そうかも。そうだね」

犯人特定三段活用でもって潟倉さんの同意を得た。

「どう行きます?どうせめっちゃ走りますよ」

「だよねぇ。小回り効くからこの車だけじゃ確保まで……」

こうしてる間にも彼女は遠ざかっていく。

「よし。九郎くん、降りて」

「あ?引きませんて俺は」

「違う違う。このまま声掛けたらパッと逃げられちゃうから、僕が車で行って声かけるときにね、ランニングしてる一般人として近づいてもらって後は流れで。ね?」

八百長?……なるほど。潟倉さんは背広だし、俺はどう見てもヒマな健康大学生。合理的。

「分かりました。じゃ逃げたら追っかけますよ」

ガチャ。

「うん。でも気を付けてよ。キミに怪我でもされたら僕は署で浮くことすらできなくなるんだから」

「……ハイ、前向きに検討します」

バタン。

ここまでしてもらっているんだ。流石に迷惑かけすぎなのは重々承知なのでマジで気を付けなければならない。

軽く腕と足の健を伸ばして、トレーニング用のグローブを付ける。極力何気ないジョギングの雰囲気を出そうと……したい。とはいえどうすればいいんだろう?ジロジロ見ないようにはするとして……。

分からん。潟倉さんも待機してるし、逃がすかも。とりあえず走ろう。

タッタッタ……。

こんな感じだっけ?ちょっとフワフワしてる気もするがリズムをつくり、緊張感を出すように息を吐く。

潟倉さんがタイミングを見計らって追い越して行った。ちなみに抜き際にウインクしてた。マジなんなんだ。

―――あと10m。それっぽく言うと約11ヤード。じゃあ別に言い換えなくてもよい。

あの子は気付いてないみたいだ。さっき30m手前で一回振り向かれたが特に気にされなかったように思う。

いよいよ潟倉さんの車が徐行して、窓を開けて

「―――ちょ」

走り出す!

「っといいかな………」

ドチャクソ逃げ出した!逆ナンに失敗したマヌケ面をおいて俺も加速する。助走があった分かなり距離は詰まるが。さすが本職。かなり速いしフォームも安定してる。キビシイかもだぞこれ。

「――アレッ!?にゃ~も~!」

軽く振り返った彼女が後ろから俺が追ってるのに気付いた。一瞬目が合ったが、間違いない。フレアだった。

着かず離れずの距離のまま……いや、ちょっと離され気味か?ま、悔しくなんてないけど、2人で仲良く走り込みしているところにまたもや車が並走する。

「待って待ってよ!僕は―――」

「も~!めんどいってぇ!!」

言うが早いかフレアは横にあった”工事のときに三角コーンを繋ぐ縞々の棒的な長いアレ”を拾い、潟倉さんの毎週丁寧に洗ってるらしい自前の車を駆け上がる。ちょっと凹んだし足型がクッキリ。

「僕はァ……!」

同情を禁じ得ない。が、それどころじゃない。

その勢いのまま”長アレ”を器用に反対車線と歩道の間の縁石に引っ掛け、跳んだ。

んなことあるか!?とも思うが、狭い道幅を飛び越えめちゃキレイに民家の庇に飛び乗る。

俺がただの観客だったら大拍手だった。アレって結構しなるんだ。上に跳んでたら折れてただろうが横っ飛びなら耐えるのか。今後一切必要ないトリビアの種がまた一つ。

あ、べーしやがった。

「追います!」

屋根伝いに逃げられるとあっという間に見失ってしまう。しばらくそんな遊びはしてなかったがこれでも元は野山を駆け回る虫取り少年だ。ナメるなや。

ノータイムで塀に飛び乗りベランダを足掛かりに同じ家に乗る。申し訳なさが一瞬よぎるが今の俺には国家権力が付いているってことで一つ。

「クソが…頑張ってねー!」

下からの応援が届く。いいのんか?

気を取り直して更に追う。その背中は既に一軒隣の屋根の縁まで逃げていた。慌てて俺も飛び移る。

「待てって!聞きてぇ事がぁ!」

「うるせー!ばーかばーか!!」

うっざ!聞く耳持たないガキがよ。絶対に逃がさん。逃がさん…が、道より速くねぇか……!?離される!

俺は動画で齧った程度のパルクール的な動きで追ってるからか多少遅いが、フレアは全然速度が変わらないように見えた。あのフォームは、ハードル走か!着地地点を見極めてそこに減速のないよう最低限の高さで跳ぶ。洗練された無駄のない無駄な逃走。何に生かしてんだよ。

いくら東京といえど建物が密集したところばかりではない。やがて途切れる。

慣れない道…じゃない屋根を走ってかなり疲れるけどなんとか追いついている。こっちは1年で攻撃守備両方やってんだわ。ゲロ吐いたって膝はつかんぞぉ……。

「ッスぅ~はぁ!待てってば。話させ、な!?」

「――ハァ。しっつこいなお兄さんさぁ!」

ふっふっふと息を吐くフレアがやっとこっちを見る。

「コーナーバックってなァ…追っかけんのが仕事なんだわ……!」

じりじりと詰めると合わせてフレアは後ろに下がる。が、もう後はない。

「ホンットに話聞くだけだからさ……!いざ神妙に話を聞け……」

「それ捕まえる人しか言わないじゃん……」

チラッと下を確認しても、いつの間にかやや高さが上がっている。簡単には降りられないだろう。

「九郎く~ん!どお~!?」

俺たちの進んできた栄光の架橋と平行に通る道路に車を停めた潟倉さんの声がする。なにがどお~だ。テメーも走れ。いや、やっぱいいか。

「ダル~い!」

やべっ!チラッと目を離した隙にフレアは足下からなんか取り出していた。どうもベランダがあったようだ。

銀色に燦然と輝く、物干し竿。立派な武器になる。

身構える。こっちは徒手空拳だが一応グローブもある。女子高生の棒術ごとき何とかして……ッ!!?

「おわっぷ!!!」

反射で伏せる!まさか初手ブン投げなんて思わなかった!!ただの棒が槍のような鋭さで頬を掠めた。

「あっ、クソ!」

バキャ!!

斜め後ろ下から破砕音。逸れた物干し竿がなんかに当たったみたいだ。

それよりも!

今の隙にしっかり安全に降りやがっていた。こんにゃろ……!こうなりゃ飛ぶか?少し躊躇してしまうが、ダメだ!このままじゃ逃げられる!ええいままよッ――!!


ッガァンッッ!!!


「こんガキ動くなや!!警告でーッす!!」

銃を上に向けた潟倉さんが挟み撃ちの形で待ち構えていた。警告ってそれでいいんか?

さしものフレアも硬直する。銃の力は偉大だ、ざまみろ。

コッソリ俺も降りるか。

「さっきからさァ…ベコベコバキバキさァ…なぁんでテメェの攻撃は僕の車に当たんのかなァ!!?」

え?あ。道路を覗くと、助手席側のサイドミラーに、なんと物干し竿が突き刺さっていた。キレイに斜め上からズドンだ。もはや小綺麗な黒い車は見るも無残な感じに仕上がっていた。

「知らないよ……やっぱり警察じゃんか」

フレアは観念したかのようにゆっくり手を挙げる。

………やっぱりなんか違和感がある。なんていうかその目には”覚悟”が薄いような気がする。まるで、配信で言っていたように鬼ごっこで負けたかのようだった。

「あ~疲れた……。ね、コーナーバックお兄さん?」

「そう、コーナーバックお兄さんですよ」

ゆっくり下に降り、なんかにすぐ反応できるようにフレアの横に立つ。

「聞きたいことってなに?コーナーバックお兄さんは警察っぽくなくない?」

やっとここまで来た……。コーナーバックお兄さん、感無量。

「……なんか変なのが居たでしょ?茶田賽ノ助ってヤツ。俺はアイツの友達だよ。居場所、知らない?」

現状唯一の手掛かりだ。頼むから知っててほしい。

「あぁ……あの、何?あの人。バター餅くれた人ね……」

誰かは分かってるがそもそもアイツの存在にピンと来てないみたいだ。その気持ちは分かる。俺ですら意味不明なところがある。

「そう、あの…形容しがたい男。で?どう?」

「知らない。東京タワーでの配信の後ボイドとちょっと一緒だったみたいだけど……浅草で合流したときには居なかったし……」

「……そう」

「ボイドはね、『また逢えたらいいなぁ』ってボソッと言ってたよ。嬉しそうに。アイツが一番ひねくれてるからたぶん……ちょっかい出したんだと思う。知らないけど」

うわっ、キモ。

「……全然情報はないけどまだ死んでないってのと、狙われてるってのが分かればいいか……いいかなぁ?」

「え?……あっ!そうだ、あの人……人?コメットが連れて来てたんだよね。よくコメットが言ってた”金児さん”って人に頼まれたって。あの人行くとこないならそこに居るんじゃないかな………”金児”が誰なのかとかどこなのかは知らない」

人ではあっただろぉ?

「う~ん……。分かった。俺からの話はこれでおしまいだよ。あとはそっちの刑事さんとお話だ」

「は~い………」

やっぱり態度が軽い。にやにやすんなガキが。

「はい、刑事さんですよ」

「流行ってんのそれ」

「一応確認しとくけど、フレアちゃん……”下戸 蓮”で間違いないね?まったく……九郎くんが居なきゃ逃がしてたよ」

「あ~あ、もう捕まっちゃった。そうだよ、爆破担当のフレア。……これ、起爆スイッチね」

ゆっくりポケットに手を入れて、キーホルダーの付いた車のキーみたいなのを取り出し、俺に渡す。なんで?

流れで受け取っちゃったので慎重に潟倉さんに渡しに行き、また彼女と潟倉さんの間に立つ。

「……これだけ?今までの5つ分とか、他のはないの?」

「うん。他はタイマーだったし、どうしても自分でスイッチ押したかったのが1個。その後はアジトから持っていってばら撒こうとしてましたー……」

………だいぶ非合理的じゃない?とは思うけど。でもまぁこの子の目的も知らない。下手な刺激はせんとこう。

「チッ…。クソガキがよ」

し、刺激ィ…?

「クソガキって……まぁそうだけど。で、タイホ?良いよもう。アタシの負けで」

車あっち?とっか言って何故か先導しようとしてくる。自分の立場分かってないの?

「自分で動くな、ついて来い。キミが壊した車にね」

潟倉さんの声のトーンが一段下がった。常にヘラヘラしている潟倉さんですらさすがにイライラしている。

角を曲がると何ということでしょう。小汚いボロボロの車がお出迎え。

「うわっ。コレ刑事さんの車?ヤバ」

「でしょ……?サイアクだね。どれだけ壊せば済むんだか……!」

「いやぁ……でも他のみんながすることに比べたらこの程度――」

「ああもう!!さっきからさァ!分かってるの!?自分がどれだけのことをしでかしたかさァ!!」

ついにキレた。いやさっきからキレてはいたけど。

「チッ……。署でお説教だかんな……!」

塀を殴りつけた潟倉さんが、一つ深呼吸をしてまた車に歩き出す。こういうとこは大人だけど、でもキレててもそんな話し方なんか。

「………」

フレアは年相応にビビっていた。

「………ったく。浅草寺・駅・神社・上野動物園にスカイツリー……!!ガキがやっていいラインじゃねェんだぞ!……誰だってそうだわ!」


「――――――え?」


「……オイっ!なに止まってんだ。乗れ」

様子がおかしい。急に狼狽しだした。

「え……?だって廃ビルにっ、空いてるのを選んで確かに…………」

下向いてなんか言ってる。

「……どうしたの」

振り返ると。

「う、噓だ。アタシじゃ……知らない」

ジャージの背中に手を入れていた。

「―――知らないッッッッ!!!!」

素早く抜いた手には銀色に光を反射する何か。フレアはそれを腕のしなりを利かせて乱暴にブン投げる!

「動く―――」

止められない!!狙いは――俺の後ろ、潟倉さんを見ている!

「うんッッッッ!!!」

俺のすぐ横を銀の円盤が掠めた瞬間!

「ヒェッ!」

警察だろバカ!!

「ちッッッッ!!ッてぇぇええい!!」

後ろに手を伸ばす!右手1本で円盤を抑え――痛ぇ!!刃物だこれ!!!

薄く鋭い円盤が指に食い込む!

「―――インターセプトォッ!いッッッた!!」

奪った円盤を胸に抱え込む。スーパープレイってなモンよ!クソいてぇけどいてぇいてぇってば!

「どやさ!!」

血がビシャビシャに滲んだグローブを払いながらフレアちゃんに威嚇する。うーん!痛い!!

「うっ……えっ………」

「えぇ……?」

泣きたいのはこっちではァ…………?



 「………あの。ごめんなさい」

「おち、おちおちおち、落ち着いた……?」

3人でボロボロの車に乗り込む。ボロボロの俺とボロボロ泣いたフレアちゃんが後ろだ。とりあえずもよりの警察署に向かっているところだ。

「九郎くんって指が脳だった感じ?」

「痛いの!」

「………ごめんなさい」

さっきまで明朗快活だったフレアちゃんは今ではこの通り、くっしゃくしゃになってしまった。

プルプル震えながらプルプル震えている包帯を巻いた俺の手を見つめている。

「良いよ……とは言えない。フレアちゃんがしたことを考えればね。あぁいやこの手じゃなくて」

あれからフレアちゃんはごめんなさいと呟くばかり。どんな子だろうと女の子に泣かれると何故こっちが悪い気がするんだろう。不公平だ。

「……で、聞いても良いかな?キミの計画、だったもの」

「――ぅえっ。ハイ……大丈夫です」

訥々と話し出す。嗚咽交じりだったから聞き取りにくかった。


要約すると。

・当初の計画では自分で起爆する予定のもの以外は人の居ない建物だけ爆破する予定だった。

・仕掛けたのは4つだけ。自分の進行方向を誤魔化すための3つと学校を吹っ飛ばす1発。

・”オウムアムア”はそれぞれ目的が違う集団で、他のメンバーの情報は少ない。”ジェット”がどこ行ったかだけ。


「―――ホントに、誰かをこ、殺すつもりもっ……なくて……!」

爆弾なんだからそんな言い訳は通用しないってのが本音だが……。そういうこと言うのは俺の仕事じゃないし。いま論点はそういうことじゃないだろう。

「……そう。誰が爆弾イジッたか分かる?」

潟倉さんは運転しながら冷静に考えている。フレアちゃんはふるふると首を振っていた。

「……知らないみたいです」

「…………じゃあ、ジェットくん。彼はどこ行ったんだっけ」

「ヒッ……は、羽田、空港です……」

あ?羽田?

「は、ハイジャックだっ……て言ってました」

激ヤバ連中だった。

「……もう遅いかもね。急ごうか」



 一番近い警察署もお祭り状態みたいだった。俺は車から降りなかったけど。潟倉さん曰く『説明がめんどうだから』とのこと。そりゃそう。

フレアちゃんを連れて入って行って、戻ってきたのは15分後のこと。

「ハイ、消毒液と新しい包帯とクリームパン。あと車、はぁ……乗り換えね……」

「あざます……。うわ、ぺりぺりだ」

貰ったビニール袋に使い物にならなくなっちゃった右手のグローブと血で張り付いた包帯を入れて、消毒して、痛い、新しいのを巻く。痛い。

「いたい」

「ごめんねソレ。ま、僕も当たんなかったと思うけど」

「うっさ。……潟倉さん、これカスタードパンじゃないスか」

「一緒でしょ……あのパトカーで行こう。羽田」

「あの子、どうなりました?」

「まぁ……曲がりなりにも犯罪者だけど、何しろ混乱がパニックだからね。一旦保留みたいになってるよ……」

近くのパトカーに乗り移る。悪霊以外で乗り移ることってあ……いいや。

「なんか……釈然としないですね」

「むぅ……そーねぇ。シートベルト締めて」

助手席で手の具合を確認しながらシートベルトを締める。痛いけど指は全部動く。

「で、羽田どうなってるんですか?」

「それ……なんだけどね」

潟倉さんがクソデカため息をつく。どう転んでも面倒ごとに違いないな。


「キミの友達、どうなってんの?」






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