第6話:アリゲーターガーを食べ、臭っ。食べる。

「さて、羽田空港ね……」

あのボイドはたしかに羽田空港とは言ったけど……。

さっき渡された名刺を改めて見る。彼らはオウムアムアって言うらしい。意味わからん。少なくとも連中全員が敵で、しかも銃も持っていた。たぶん罠……罠とまでは行かなくても言う通りにひょこっと行ったところで主導権は向こうにある。イベントに巻き込まれるだけだ。無策で行くわけにはいかない。

あともう一つ、報復を決めたからには、僕も見つかるわけにはいかない。警察かなんかに保護されてしまえば僕は一生後悔するだろう。それは別に負けではないけど避けたい。

……狩猟は準備がすべてだ。どれほどのハンターだろうが武器もなしでは虫くらいしか取れないだろう。

方針をある程度決めたところで。

「どこで寝よ……?」

街灯の下で地図を確認する。東京タワーと羽田空港は辛うじて載っているので、海も近いからこれならいけると思う。電車は乗らない方がいいと思うから、歩いて向かうことにした。道すがらに寝られるとこがあればいいけど。あとメシも。

道的に………ここら辺になんかありそうかな。

コンビニとかあったら寄りつつだな。あぁもうさすがに疲れる。

………………うわっ、コンビニ腐るほどあるじゃんね。今までの放浪はいったい……?

「んぁ~しゃせェ」

なんて?東京弁か?いいけど……あったけぇ~。え、僕また外で寝んの?マヌケじゃない?

え~メシと、ほうじ茶と…………調味料…コレ使えるな。買っとこ。これも。

改めて見ると、コンビニ凄いな。何でもある………何でも………。


モバイルバッテリー………………?


………気持ち、入れ替えてこう。もう、携帯……ないし、ね。

うん、接着剤……よりはセロハンテープかな。あと一応ガムテープと……プラスチックフォーク。工作用にカッターと割り箸もだな。うん……こんな感じかな。

うわぁ、金が変な減り方した……。何してんだろ……コレ。止めないけど。

「ありがとうございました」

急にハッキリ言うな。

買ったものをレジ袋に入れて貰って背嚢に結びつける。後はまっすぐこの辺りに行けば。

…………歩いてばっかだな。



―――案の定だ。公園があった。僕も段々と東京人としての才覚に目覚めてきているのかもしれない。どやさ。

で、何ココ?天王洲公園……?ホント……?そんなイケメン御曹司の苗字みたいな地区ある?あるか。ここか。

もう少し歩くと東品川海上公園とかいうのと繋がっていた。今日はここで寝ようか。いい感じに屋根みたいなわけわからん遊具とオブジェの中間みたいなのあるし。夜に紛れて隠れていれば通報もされないかな。今日も雪降ってるし出歩いてる人はいなかった。

謎オブジェの内陸側、目立たなそうな横穴をテリトリーとする。

背嚢を下ろし、やっと息をつく。ここ2日歩き通しで足が少し張っている。いつもならもっと疲れるんだけど……とか考えながら足を揉んでいると、歩いたわりにずっと水平だったことに今さら思い至った。これが関東平野か。

ふぅ~っと大きく息を吐いてから背嚢に付けたレジ袋を開ける。ごちゃっとした小物とさっきまであったかかったであろうドリアとおにぎり。微かに熱があった気配だけはある。

しまった。すぐ食っとけばよかった。どうも腰を落ち着けてからでないとメシを食おうとはならないクセがあるな。最も今の状況にマナーがあるかと言われれば些か思うところがあるけど。

まぁいいかと割り箸でドリアとついでにもらったアリゲーターガーを食べ、臭っ。食べる。カロリー重視だ。おにぎりと、渡せなくなったバター餅は朝にでも食べよう。

薄らぬるくても一口食べると緊張で蓋されていた食欲が噴出する。なんだかんだ言っても現代人なのでストレスがないわけがないんだな。と思う。ん?なんで他人事?まだ余裕がありそうだった。美味かった。肉も買っとけばよかったな。

ゴミを袋に入れて縛ってまた背嚢に結ぶ。次のコンビニで捨てさせてもらおう。

…………エネルギーを摂ると体が暖まる。そして暖まっているうちにやらなければならない事がある。………おっくうだ。覚悟を決め首のネックウォーマーを取る。手ぬぐいを確認した公衆トイレでそれを濡らした。キュッと絞る。

「……うし」

冷水で体を拭く。寒い。めちゃめちゃ寒い。が、絶対に必要だ。じさまが言っていた。”気配を隠す”だなんて言われているがそんなことはほぼ不可能だって。大型哺乳類である上に身体能力も低めの生物、人間にはそんな機能はない。感覚の鈍い同じ人間相手なら多少隠せるけど、そんなことする必要はない。なんなら野生動物だってそんなことはしていない。

ただ肝要なのは”馴染む”こと。その場の空気に溶け込むこと。ただ、そうあれば良いと。

じさまによれば僕はそれが結構うまいらしい。たぶんじさまは公園の鳩を素手で掴めないだろう。

人が相手でも同じことだ。自然にふるまえばいい。状況に合わせ、自然にふるまえば周囲に同調できる。ただし不快感を与えてはいけない。それはその人にとって最も不自然な状態だからだ。

つまり、清潔にしようネって。さっき買っておいたシャンプーで頭も洗い下着を替え、上着の汚れもできる限り払っておく。

この雪の降る夜に外で体を濡らすのはサイアクだけど気合いで耐える。その甲斐あって、まぁ違和感ないくらいにはなった。後はまたネックウォーマーで首の赤黒く盛り上がった傷痕を隠せば、歩いてるだけだと旅行者くらいにしか思われないようにできるだろう。

「ふしゅるるるる………」

震えを無理やり抑え込みねぐらに戻る。

まだやることがある。武器を用意しなくては。

得意分野は罠の方だけど羽田空港に設置するわけにはいかない。それに行ったことも無いから罠とかには向かない。

だったら武器を準備しておこう。あの様子なら銃か、最低でも刃物はあると思っておいた方がいい。対人のケンカとかの心得はほとんど無いし……やっぱり飛び道具だな。

さっきのレジ袋をひっくり返す。

まずは非殺傷武器から。全員敵なのは間違いないがボイド以外は正直殺す気はない。あの女の子も、もし自分の意志僕に撃ち込んできたらそのときはどっちかが死ぬだろうけどさすがに積極的に殺すのは気が引ける。

状況にもよるけど絶対に必要だ。

これは一応2つ作っておくか。一つ目にはプラスチックフォークを……3本かな。ライターで曲げて。それとセロハンテープに、カッターで加工した割り箸………普通に削ったヤツと、そんでこの割り箸にはさっき人の家の庭で堀ったこれを着けておこう………死なないだろ。

もう一つ、空いたレジ袋を切った物にマスクを組み合わせて……これ死ぬかも。慎重に使おう。あとティッシュでコショウと唐辛子の粉末を包んで輪ゴムで閉じる。たぶん効果は薄いだろうけど催涙弾だ。

空港がどんなシステムか知らないけど金属も使っていない。これに意味があるかは甚だ疑問だけど隠しやすいサイズだし持ち込めると思う。

この材料なら弓も作れるけどデカすぎるのでやめておいた。

次に……殺傷力の高い武器だけど……。これは使うか分からないしすぐ作れるから一旦素のままで持っていこう。

仕上げに、石を拾いに行く。ついでに体を動かしてあっためる。ゲボ寒いので。

―――これで揃った。今なら6人くらいなら環境次第で殺せる。かも。

最後に2つの武器の射程を試してからおうちに帰る。

入口が狭かったので、せっかくだからマントを広げてガムテープで閉じてカーテンにした。行政に見られたらどうなるんだろうな、とか考えながら。

完全に真っ暗になった都会の洞穴で胡坐をかき、深呼吸して目をつぶる。

さっきの狙撃された場面を思い出す。

さっきは興奮状態だったが、今は冷静だ。なんなら体ごと冷えてる。冷えた頭で客観的に考える。

………………うん、やっぱり殺す。僕にはその方が自然に思える。心は透明で、黒のままだった。

「っし………寝っべ」

まったく……東京に来てから布団に一回たりとて入ってないな……。三日連続自業自得だけど……。さむ。替えの上着とかを被る。これで寝れるかな……。


モバイルバッテリー…………。

九郎…………。

ボイド、殺す…………。



 「アアァーーー!アーーッ!」

……うるさ。カラスだな。……明朝だ。散歩マンが来る前に出なきゃならん。体を起こす。体感5,6時間か。充分に眠った。マントのお陰で体温がこもってギリギリ震えない程度だった。

マントを撤去して、畳んで全部を背嚢にしまう。武器はポケットに入れていこう。我ながらかなりそれらしい物を作ったと思う。

大きく伸びをして小さな広場でラジオ体操をする。スッと染み渡る空気だ。都会だろうと朝ってのは爽やかなものだな。

「アァーーッ!」

カラスさえいなければ。うるさいな。あいつらは捕れないし追い払えもしないから困る。

ふと思いついて試す。口を大きく開け、喉を絞る。

「アァーー!アーーッ!」

お、似てる。使い道はないけど動物の鳴きまねをコレクションしている。これはただの趣味。田舎のジジィに確実にウケる一発芸だ。べご……牛が一番自信がある。

これはまぁいい。

空港にいつ、何があるかわからないんだ。早く行くに越したことはないだろう。

「へば行ぐべな」


意味わからん一日が始まる。



 やや遠かったな。しかし舗装されてる道は本当に歩きやすいな。体感11kmくらいだけど2時間かな?それくらいで着いた。さすが関東平野。

地図を見ると、昨日の金児さんのところから考えるとほぼ東京を縦断した形だった。バイクでの移動もあったとはいえ、意外と東京って狭いんだな。もうどこでも行けそうだ。また一段と東京に馴染んでしまったな。

…………とにかく着いた。着いたはいいけど。

広すぎだろ。羽田空港ってだけ言われたって広すぎる。ターミナルだって3つか?あるみたいだし。どこで待つのが正解だろうか。

ボイドももっと具体的に教えてくれればいいのに、殺しにくい……。

うん、まずいつかを考えるか。

これは簡単だ。確実なのは今日であること。多少状況は不自然だったけど東京タワーを占拠して配信をしていたようだった。派手な宣戦布告でもしたんだろう。となるともう作戦行動は始まっている。始まってからは迅速でなければならない。子どもばかりだったと言ってナメてるわけではないがすぐ警察にも捕まるだろう。

大きなコトを起こすには今日しかない。

次にどこ、だが。予測でしかないけど。

堂々とテロリストを名乗り、羽田空港を宣言してきたんだ。どう見ても派手好きなのは間違いないし、バカな話かもしれないが十中八九ハイジャックでも狙ってるんだろう。

目的は聞いてないけど彼らは全員日本人の子どもだった。それより上の存在はいるのかもしれないけど、ボイドはどうもホイホイ騙されるような雰囲気には見えなかった。から……、国内線だろう。ハナから無謀は無謀だが、何らかの勝算がなきゃこんなことはしない。国際線を狙いでもすればそれも消える。

見張るべきは国内線の搭乗口のあるところ。案内を見る限り可能性が高いのは……たぶん第1ターミナル。

そして……『彼が』って言ってた。あの中のボイド以外の男は慧人くんとあの、変なの。そして慧人くんは顔を配信のとき顔を晒していた。知らんけど飛行機にゃ乗れないんじゃないだろうか。知らんがな。

まぁだとすれば仮面の子が妥当だろう。だから顔を隠してたんだろうし。……となると困ったな。

そして、ここは完全に賭けになるけど電車から来る、と思う。東京タワーからどこに逃げたのか知らないけどアクセスは電車の方が汎用的なハズ。僕がバスのポテンシャルを知らないだけだったらアウトなんだけど。

だったら……駅の改札か、2階に上がるエスカレータかな。出発ロビーじゃ遅いし。……うん、分からない限り可能性を信じるしかない。

方針は決まった。後は場所を偵察をしてから決めよう。



 広っ。マジで広かった。

広いが一応…………ここかな。ある程度カバーできる。1階の吹き抜けから下のエスカレータを両方見張れる中央に陣取ることにした。一旦決めてから出発ロビーのある2階の地形…じゃないな、構造を把握するために散策する。監視カメラは……ある程度しか分からないが僕程度じゃ死角は分からない。無いと思った方がいいな。

ただまぁ……人通りは秋田の数百倍あるし紛れることは容易い。壁として使えるし、溶け込める。人の目が多いって言うことは自分の目もその中に隠せるということだ。だったらこのフォークの方がいいかな……。たぶん、出来る。

今は……7時か。いつかは分からない。

さて。後は待つだけだ。何もないかのように。ただひたすらに。



 「腹減ったなぁ……」

ずっと横にカレー屋やらカフェやらがあって否応なしに鼻を刺激してくる。ただいつ来るかも分からないし離れるつもりはない。ちょっとヤダなぁ。

時間を確認すると、まだ2時半。まだ来ないかの判断はできない。他行った可能性も

全然あるけどな……。

今さらだろうけど長居しすぎると段々と不自然になってくる。幸い1階は到着待ちで留まる人が多いけど。でももし映像で見られれば不審なんじゃないだろうか、とか考えだす。気にしすぎか?

ふと左側のエスカレータに乗った一人の男に目が留まる。

あれは…………。

顔に見覚えはない。でも今僕の目に留まったってことは絶対に何かある。直感は絶対に裏切らない。だから直感を自分から裏切ってはいけない。この感覚をないがしろにしていると動物は鈍っていくと教わった。

あくまで自然の範囲で観察する。

上からの確認だから正確さは欠けるだろうけど身長は180前半、かなりデカい。だったらもう1人しか思い当たらない。体にフィットした薄手のジャージはその筋肉を強調するようだった。やっぱり体格が良いな。生来のものもあるけどしなやかに鍛えてある。記憶の中で近いのは……近所の偏屈な剣道おじさんかな。じゃあ格闘技かなにかだろう。体重もありそうだ。

……周囲に仲間みたいなのは居ない。一人?だったらハイジャックじゃないのかな?荷物も薄っぺらなリュックだけだし。

何をするつもりかは分からないけど。顔を隠していた彼なら、別人の可能性を排除するために一度こっちを晒さなきゃならない。それ以外だったら先に打ち込もうかと思ってたけど、万一がある。

こっちは中央に居るので、エスカレータのあるこっちに向かってくる。時間がない。

あー……。しょうがない。正面から行くか。あまり近づかないようにはするが。

テロを防ぐことに興味はないけどボイドに繋がる情報も欲しいし、どっちにしろ話さなければならない。

ポケットの武器を確認し、長いエスカレータが上がりきるまでに急ぎ足で2階に回り込み、丁寧に横から近づいた。

「あれっ!?昨日ぶりじゃない?」

目的が目的だ。独特の空気、緊張感が伝わってくる。そんな相手から主導権を取るには、唐突に少し大きい声で話しかけて、こんな風にビクッとさせてから何でもないかのような空気を押し付ける手がある。

「偶然だね!ええと…なんて呼べばいい?」

驚き顔のままで感情はイマイチ読めない。けど……一瞬ただでさえ大きい体が膨れ上がったように見えた。迫力あるな。獣ほどじゃないけど、人間には技術もある。僕なんかじゃ一撃でのされるだろう。

「……まさかホントに居るとは。ボイドは何を考えてんだか」

無表情。

こっちは笑顔をはっつけてできる限りさりげなく彼を観の目…焦点を定めないで全体を見るようにするけど……どうやら今すぐ攻撃されることは無い、と思う。

「……ジェットだよ。そう呼んでくれればいい。お前はは昨日の賽ノ助だったか。昨日のことはボイドから聞いてる、災難だったな。アイツはイカレてるんだ」

一瞬このジェットは話が通じるとも思ったがそういやみんなしてテロリストだった。間違っても信用はしない。

「彼に代わって謝るよ。お前は何も悪くないし……俺が言うのもなんだけど関わらない方がいい」

しないったらしないもん。

「それはそれは……気持ちはありがたいけど遠慮するよ。アイツは僕に殺意を向けた。それを許すわけにはいかない……見たところジェットくんもそういうタイプにだと思えるけど……?」

一瞬被害を減らすためとか言って取り繕おうかとも思ったが本音の方が彼を刺激しないだろう。

「そう……そうか。だったら、俺の邪魔になるって分かってるよな……?それを正直に言うとどうなるかも?」

ジェットくんはまっすぐこちらに向き直る。姿勢良く、左右対称に立っている。露骨に構えたりはしてないけど…たぶん戦闘態勢な気がする。

「そうかな?ジェットくんには直接は関係ないかもよ。ジェットくんはさ、乗るんでしょ?そういう…あの、アレ」

少しだけわざとらしく周囲の様子をキョロキョロ見る。声を潜めて不安感を晒しながら言質を取るように確認する。

「ハイジャック?」

目に感情は浮かんでいない。無表情のままだった。

「……まぁね。それが俺の役割だよ」

半分かまかけただけのつもりだったけどまさかホントにハイジャックだとは。……潰れたリュックには重量を感じない。なにか向こう側に武器とか用意してるのかな……?

「……ジェットくんたちみんなの要求とかは知らないけど、ボイドにさえ会えたらいい。それもダメかな」

逡巡が見える。決めとけよ、とは言わない。

「……ま、いいか。ボイドには警察だと思って戦え、だなんて俺の都合を無視した命令があったけどどう考えてもそうは見えない。本当は俺を止められたら伝えるって話だけど」

雰囲気が弛緩する。交渉したみたいだけど、実のところジェットが1人で解決しただけなような気もする。お得だった。

「『キミの次の敵は”コメット”と”サテライト”のコンビだよ。どこ行ったらいいとかは無いけど、彼らが警察に捕まったり、あるいは死んだりする前にキミが話をしなきゃならない』……だってさ。頑張りなよ。どうせムリだろうけど」

なんでそんなこと言うんだ。…………そりゃ言うわな。

「なるほどね……。ゲーム感覚でやってんのかな。ありがとう、応援……はしてねぇわ。じゃあ行くね」

「え……?あぁ、うん。じゃあ俺も?行くから」

それさえ聞ければジェットくんに用は無くなった。

「ずっこけたみたいになってるけど興味ないもん。飛行機に乗ってどこへでも行ってまえってね。」

「へ、そう?」

「そう。あっ、知ってるだろうけどたしか、飛行機には航空警備隊みたいなのが居るかもしれないからがんばっ……いや違うか。う~ん、お達者で……?かな」

「うん、知ってる。……調子狂っちゃったな。バイバイ。二度と会わないだろうけど」

「は~いバイバ~イ。……どこの搭乗口?あっ、あっちなんね」


彼からは拍子抜けするくらい簡単に次の指針となる話を聞けた。このまま別れて素知らぬフリして次の目的地を目指すのが一番丸い選択だな。

ただし、こんな無防備なテロリストを前にして黙って去るのも味気ない。実験台になってもらおうかな。

会話の流れにまだ戸惑っているジェットくんを勢いで流して立ち話を解散する。

ジェットはAとか書いてある方向に向かい、僕は同じ進行方向にある自動販売機の方向に。

まず同じ方向に顔を向けたとき、別れの挨拶のとき手を入れていたポケットから重ねたプラスチックフォークを取り出し。

2人で横並びで2歩進む間に、もう片方のポケットから大きい爪楊枝くらいに削り、笹の葉の矢羽を付けた割り箸を取り出し、手を下げたままフォークにつがえる。4股に分かれているフォークの外側の先端はライター炙って曲げて、内側の2本と合わせて矢を支えるようにしてある。

次の1歩でフォークを引きつつジェットの手の甲の位置を確認。

次の1歩で、左手の親指と人差し指の間の水かきに向かって。

放つ。



 「いてっ」

刺さった!

弾性のあるプラスチックの使い捨て食器を見て思いついた即興のカタパルトだけど成功するものだ。

指の間の柔らかい部分に矢が刺さり血が滲んでいるのを確認すると、すぐさま下がり

人の集団に逃げ込


ガコッッッ!!!

―――――なんのおと

え、床?

キャアアアア!!とか、うおあっ!!とか、猿叫みたいなのが聴こえるけど、何のことか……。

「っ!!」

床に頭を叩き付けた衝撃で意識が覚める!

痛みはわかんないけどとにかく頭がぐわんぐわんする。それと痺れる熱さ、鼻がチンチンになっている。鼻血だなぁ…。さっきの硬いものがぶつかったような音はたぶん―――

「ンだよ今の…。せっかく見逃してやったのにさぁ……。何したワケ……?」

伏せた状態から急いで仰向けになろうとすると、横を向いた段階で首のネックウォーマーを掴まれる。掴まれている手を取ろうとするけど、それよりも速く引っ張り立たされる。背嚢は力なくずり落ちてしまった。

半ばグロッキーになった僕の目に映ったのは、腰を落として構えたジェットとその興味のない説教されてる子どもみたいに感情のない伏せた目。

小さく空いた口から「ヒュッ」と空気の通る音がした。

ダァンッッッ!!!

フロア全体に響き渡るのはジェットの踏み込んだ音だと思う。体当たりだと思った。けれど縮小していくジェットは胸ぐらを掴んだポーズのまま変わっていない、手には僕のネックウォーマーだった布キレを握っていたのは見えた。

「ごふっ――!!」

今見えた情報が脳で理解される前に今度は背中を平たいなにかで思いきり叩かれる。竹が目立つオブジェかなんかだった。そこでようやく自分が2mほど突き飛ばされたことを知る。

――伸ばした状態の腕1本で?

「タコゴミボケナメクジハゲコラミジンコダサウジムシカスカスカスカス…………」

ブツブツなんか言ってるんだけど……。頭がさらにうにゃうにゃしている。

なんなん今の……拳法ってヤツ?ていうか、まだか……?

1歩、1歩ともはやさっきまでの目的なんてどうでもいいかのように寄ってくる。

顔、こわ…。これ、失敗したかも。揺れる視界の中に、ブチ切れジェットの他には怯える観衆。もっと奥から駆け寄ってくる警備隊も見えた。

「ハハッ……でッ…!オメうしゃらしぐねぇでや……。よったいねで……」

「ああ!!?」

「何でもないです……」

「なにワケわかんないこ…と……?」

手が、震えている。動きが錆にまみれた人形みたいに鈍る。あぁ…やっぱり。ジェットが左手で右手を抑える。その右手は真っ赤になり、腫れあがっていた。

「……いいいいいっでぇぇぇ!!??」

僕は膝に手をついて一回深呼吸、なんとか落ちていたフォークだけを拾って、落ち着かせて立て直す。

「……ガフッ!ズズっ……っはぁ……。ジェットくん、すんごいんだねぇ……。ビックリしちゃった。おっっそいんだもん」

「ホンットなんなんだよオメェはよォ!!」

ジェットくんは叫び声とうめき声を交互にまき散らす。こんな元気なら死なないように調整できてるってことだ。いやぁ良かった良かった。

「すみません……誰か警察とか救急車を……。あ、呼んだ?ふ~ん、じゃいいや」

警備が対面の人垣を越えてやって来た。……鼻血のせいで体が重くなっちゃってるけど、ここで捕まっちゃったら絶対に目的には届かなくなると思う。

「ちょっと通してね~……」

まだ呆然としている人を見定め、ボーッとなっちゃってる隙にどいてもらう。

「動かないでください!あちらで話を聞きますので!!」

「あぁ良かった!助けてください!その人が急に殴りかかって来て……!!」

逃げちゃえ。振り向きジェットくんに注意を向けさせる。

「ッ待て――っぐぅう!!」

呻くジェットには目も向けず警備が来る前に逃げる。あ、荷物。なんとか前に持ち、外に出る。さっき確認したバスが停まっている道路を渡り、縁についてる速度標識を足掛かりに、下の道路の植え込みに背嚢をぶん投げる。すぐさま車を確認して僕も飛び降りる。3mくらいかな?ギリギリ無茶じゃない。

ダァンッッッ!!!

―――無茶だった。転がって見よう見まねの受け身も取ってみるが、これはツライ。でも今さら止まれないので無理矢理道路を渡り、背嚢を拾い今度は背負って歩く。何か後ろで声が聞こえたが無視して目の前の立体駐車場に逃げ込む。

―――あぁ疲れた!

足は止めずに向こう側へ走り抜け一般道に。ある程度離れた辺りで素知らぬ顔で歩き出す。うまく行ったかな?


ただ飛ばすだけなら爪楊枝でも良かった。

ポケットにまだある割り箸だった矢慎重に持ち眺める。尖った先端から1㎝下にはポケットがあり、白い塊が詰まっていた。

公園で見つけた観賞用の花、水仙の球根をすり潰したものだ。

水仙には強い毒性があり、今作用したのは”シュウ酸カルシウム”。クワズイモとかを食べちゃった人がこれのせいで病院によく運ばれている。経口摂取のデータしかないのでぶっちゃけ傷口に塗り込んだときにどうなるかは知らないけど、まぁうまくいった。さっきも言ったけど死のうが興味もない。

ま、たぶん死なないでしょ。人いっぱいいるし。サトイモとかパイナップルとかにも入ってるヤツだし。

「……っふぅ~~。やばかったぁ~」

紙一重だった。先に毒を打ち込めただけでジェットと正面からだったら為すすべなく  叩き殺されていただろうな。

向こうが最初から殺しに来ていたなら頭から落とすか何かしていただろうし……。ホントに素手でハイジャックしようとしてたんかな?

どっちにしろジェット……あの子には無理だっただろうな。優しいもん。

ちょっと振り返り、後ろ歩きででっかい羽田空港を眺める。もう僕の出てきた第一ターミナルは見えないけど。

……もしかして、たぶん今頃僕が凶悪通り魔みたいになってるんじゃ………?

「ふふっ」


次は”コメット”、慧人くんと”サテライト”だったかな?だったらまた戻ろうか。

どんだけ歩くんだか。

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