第5話:ココア味のプロテイン(お徳用)
「ありがとうございます。……じゃあ賽ノ助はおそらく無事ですね。無事なんですけど…………警察からしたらさらにマズいかもです。あの~……頑張ってくださいね」
おそらくだが、賽ノ助はヤツらに手を貸している。どうしてかは分からないけど、見る限りアイツが賛同するような主張ではない。たぶん脅されるかなにかだろう。
賽ノ助は俺の知る限り、アイツのジジイの次に強い。ケンカとか腕力だったら間違いなく俺の方が上だ。ただ、生命力とでも言うのか。生きる力みたいなものの話だ。暴力で訴えられたらアイツなら間違いなく生きるために従うだろうな。正直、一般的な倫理観にも希薄だし。
「たぶん賽ノ助は向こうにつきました……。思えばさっきの動画だって友好的だったし、逆らえない状況にあるんだと思います。……マズいですね」
「そーね………」
潟倉さんはさっきまでと変わらない顔でうんうん唸っていた。一般人が人質になったように思ってるんだろうが、それは俺の言うピンチじゃない。
「賽ノ助は、秋田の猟師、またぎってヤツなんです。それも家がそうだってだけじゃなくて4年はアイツのじいさんと一緒に山に入ってるような……。うわっ、目ぇでっか。急にそんな顔で見ないでくださいよ」
すげ~顔。
「それってマジぃ?狩りゲー得意とかそういうオチは……?」
「ないです。訓練受けたハンター。なんかの免許も取ったとか聞きました。罠だったかな」
潟倉さんが有名なゲームのメインテーマを口ずさみながら歯ぎしりするという器用なキレ方を披露する。
「痕跡とかはキビシイかも…………あ、でも東京で迷子になるとこもありますけどね」
指で机をトントンし始めたり貧乏ゆすり始めたりして全身微動四重奏になったとこで怖くなってフォローする。その内静電気帯電しそう。
「…………チッ」
うわ。大人の舌打ち、こわ。
「……ありがとう。めちゃめちゃ良い情報だよ。捜査の方向を変えた方が良さそうだ。彼らの素性を洗う方から重点的にやってみるよ」
なるほどそうなるのか。ていうか俺の意見でそんな重要そうな決定をされると不安になるな。
「うん……うん。ホントにありがとね。そろそろ遅くなっちゃうね、後は出ながら聞こうか」
時計をチラッと見て立ち上がる。だいたい7時半か。まぁ普段より遅いがバイト終わってから遊びに行くか、ジム行くか、遠出してメシ食ってればややこんな時間だ。問題なし。俺も立ち上がる。
「賽ノ助くんのことで進展があったら絶対真っ先に連絡するからね。警察に任せて。あ、でもやっぱりそっちに連絡あったときに僕に教えるのも忘れないで」
ハイハイ返事しながら一緒に会議室を出る。実際は大したことないがかなり長く居たように感じる。
ボヤけた蛍光灯が照らす薄暗い廊下を戻り、階段を下りながら、さっき幹部連中の女の子に会った時の話をする。といっても会った駅と会話の内容だけ。たぶんなんのヒントにもならないだろうな。
「―――じゃあ、僕はまだクソ仕事……あぁ違う。クソをしなきゃならないから。……最後に、あの動画配信がどんなものか、まだ判断がついていない。本当なら明日から何が起こるか分かったもんじゃない。できるだけ家で大人しくしているように」
明日の予定は大学行ってサークル行って終わり。バイトも入れてないし、言う通りにしておこう。
「ハイ、頑張ってください。……賽ノ助のこと、よろしくお願いしますね」
へらっと潟倉さんが笑ってふにゃふにゃの敬礼をする。狙ってるのか知らないけど人を安心させるような笑顔だ。……実際はブチ切れてそうだけど。
この軟体刑事さんも頑張ってくれるみたいだし、俺から渡せる情報とかもない。もう一度、よろしく言ってから別れる。
……………………なんか疲れたわ。
「…………うぅうん!!」
やっと帰ってきた……!めちゃめちゃ何かを消耗しちゃった。
この1Kのアパートも1年になるが、もう完全に俺の城と化した。田舎と違って音には気を使うがそれ以上に気が楽だ。上着を脱ぎ、手を洗うフリしてただびちゃびちゃにして拭く。
「……あぁ〜も〜!」
何よりもまずベッドに飛び込む。日課の筋トレとか課題とかもやんなきゃだが許してほしい。精一杯だ。なんもしてないけど神経が磨り減っている。弓切り式神経。なんつって。う~ん、うんち!
あっ、シャワーも浴びなきゃ。……家にいる時筋トレとかめっちゃ面倒だけどシャワー浴びたりお風呂入った後だと急にやる気出るの、バグだよなぁ。汗かくのにさぁ……。バグだよなぁ、ワケわかんねぇヤツらばっかだしさぁ!
「………しゃっ!」
気合いを入れて腕立ての要領で体を起こす。謎に疲れてはいるが俺自身がなんか疲れることをした訳ではないのであまりだらけているのはいかかがなものか?と自分に言い聞かせる。うるせぇよ。
最低限シャワーだけは敢行することとする。あまりにも強靭な意志で上着を脱ぐ。替えの下着を持ってユニットバスに……。
ふと鏡が目に入る。
先輩に倣って買ったぴっちりのアンダーウェアを着ている俺。いや筋肉がどうとかじゃなくて。首に目が行く。
なんの変哲もない首。まぁちょっといい感じに太くなってきたけど。
右手側の首筋を撫でる。賽乃介のデッカイ傷痕のあるところだ。
「ふ~んだ」
ばーかばーか。
高校卒業間際の冬のことだった。
「おはようございます。……え~、今日は何にも連絡事項はないんですが。……え~茶田くんが居ませんね。……う~ん、さっきお爺さんから連絡が来ました」
朝礼で先生がボリボリと頭を掻く。
賽乃介は完全無欠のド変人であることは全校に知れ渡っているが先生に目をつけられるようなことはしたことがないし人当たりも良い。成績だって良い方だ。むしろ忘グセがある俺の方が迷惑がられている。
たぶん山の天候が悪くて狩猟小屋に泊まることになったから休む。とかだろう。たまにあった。昨日特別天気が悪かったとかもないが、俺らの村は元々山みたいなものでちょっと離れると全然天気が違う。
「なんか……イノシシに首を切られた?とかで今入院してるらしいです……。先生ちょっと行って来ますね……。あぁ推測で喋らないで。噂話とかってのはろくなことにならないですから。戻ったら報告するからそれまで適当な話しないでな」
は?
教室が浮足立つ。先生の制止もほとんど意味がないだろう。首ってマジ?大丈夫なんか?
たぶん俺が一番ドキドキしただろう。俺は賽乃介が一番の親友だと思っているし、向こうも同じように思ってると信じているから。
俺の家は山に囲まれちゃいるが生きている大型の野生動物を見たことは無かった。親父は会社員だし他の身内にも農家も猟師も居ない。外でよく遊んだがそうそう会わないものだ。
だから賽乃介に何があったのか俺には想像できなかった。そこから先生が報告に来る3時間目の数学までひたすらもやもやしっぱなしだった。今思い返すと一瞬だったように感じるが当時はめちゃめちゃ長く感じていたと思う。
やっと経緯を聞いて安心した、と同時にちょっと感動した。俺が知っているあのジジイは偏屈で無表情で何を考えているか分かんないような田舎のジジィ!って感じだったからだ。
俺はこの時、賽乃介が居る世界のことを怖いと思った。そしてアイツとあのじさまを、カッコイイとも。
その後4日後家に行ったとき。
「なぁ、やっぱさ、怖くなんねぇか?」
「ゲホッ……あぁいで。そう。そいなんだどもな。なぁ九郎。僕はたぶんじぃみてぇに生きると思う……ずっとな。いや、じぃを尊敬してるとかは関係なぐ。そういう人間になっだんだな………」
男友達に対して直接言うようなことではないから今後も言うことは無いが、俺はアイツの傷痕を尊敬している。男ってみんなそうなんだろう。
就職とか考えなきゃならないが、クソほど面倒で嫌だ。こんなガッチガチの社会に嫌気が差す。砂漠の直射日光くらい差す。灼熱の日光は水分を奪うが、社会はメンタルと時間を奪うってなモンだ。ただ、社会を捨ててスローライフをしたいとか言ってる人間にも賛同はできない。なんか失礼な気がして。
だからこれから俺は社会に飲み込まれるが、そうなるとどうしても気になることがある。それが賽ノ助だった。
今でさえ正月くらいしか帰省できなかったんだ。もしこのまま就職したらずっと会えないじゃないか?こっちにだって友達と呼べるヤツはいるが親友は数でごまかせるワケがない。
それに、次に会う時までアイツが生きてる保証がない。アイツに限ってはそれも考えすぎじゃない。
一度夢に見てから、どうしても会いたかった。
「……………フフッ。クソがよ」
それが今、この状況だもんね、笑えてくる。笑うな。
シャワーを浴びて、結局軽くトレーニングして。スッキリしてから落ち着いて考えを巡らせると、こうなったらとことん振り回されてみるのも楽しい気がした。
「んなワケあるか」
寝た。
………かなり寝ました。
「んにゅ~~~ぃ……!!」
時計を見ると始業までなかなかにギリギリだってさ。こういうとき家をド近いところに借りられて良かったと思う。行きたくないな、とも思います。
「オラッ!起きろオラッ!……んも~分かった分かったってば。むにゃむにゃ」
うつ伏せになって、後ろ手に手を組んで全力で頭側に持ち上げるストレッチをかます。そろそろ天井も俺の手のひらが見たいころかと思って。
コキッ、ゴッ、ズドン!
「んぐっ!?……フゥー……!」
……………よし、おしっこ。
朝からSNSとかをずっと確認してるけど、例の連中のことはけっこう話題になっていた。ネットニュースにはまだなっていないようだがその内だろう。どうやらあのチャンネル……派手な女の子のヤツなのかな?アレ、そこそこ登録者居たみたいだし。
そこまで考えてチャンネルのページに行こうとしたけど、凍結していた。そりゃそうか。
結局午前中だけに授業を入れていたがサッパリ集中できなかった。あと課題の提出は今日じゃなかった。知るか。
「お疲れさっす」
「あっ、保田くんお疲れ様」
今日こそアメフト同好会の練習に参加できる。とにかく人数の多いチームスポーツがやってみたくて、この同好会で初めてアメフトを始めたが全部が新鮮で面白かった。少なくとも大学の間に飽きることはないんじゃないだろうか。
俺と同じくここで始めた先輩もタメも多いのでガッチガチじゃないのも性に合っている。先輩方の身体はガッチガチだが。特にライン。
着替えて各々で準備体操、ストレッチした後体育館のキャットウォークでランニングから入る。昔から走るのは好きだ。実家の裏辺りに田んぼを正方形に整理したときに作られたまっすぐな農道があった。ひたすらにまっすぐで、測ったことは無いけど時間とかで計算するとだいたい3km。完全に田んぼに囲まれていてちょっと引くくらいまっすぐで、その砂利道を何にも考えずに走るのだ。もうたまらんね。こっちに出てからもまぁまぁ走ってるが信号とかが煩わしくてしょうがない。
まぁウォーミングアップくらいに走ると次はラダートレーニングとか40ヤード走とかやってから外に出て個別練習に入る。
これは自慢だがだいたい36mの40ヤード走、俺は4秒6。これはそこそこけっこう速い方、のはず。なんだけど……。まぁランニングバックの先輩方には全然かなわないけど高校で陸上とかじゃないんだからいいでしょう。ほぼ陸上部だったけどな、スキー部って。
「…………んあっ」
「どうした九郎。爪でも割れたか」
クォーターバックの先輩のパスを受けてる時にふと思う。そういやこの人たちは例の連中のことは知ってるんだろうか?
特にあのフレアを名乗るいかにも走るの大好きです!の風体のあの女の子。ここの人たちは陸上部上がりの人も多い。ひょっとしたら後輩だったりするかも?
「いえ何でも。関係ない話思い出したんで後で言いますね」
とりあえず練習だ。
俺のポジションはオフェンスではレシーバー。パスを受ける係なんだけど、何しろこのボールが厄介だ。これまで丸いボールの競技はちょっとずつ齧ったけどこの楕円形のボールの扱いはまるで違う。先輩のパスがうまいから取れてるけどまだまだ集中しないとすぐ弾く。あとこの先輩ちょっと怖い。
「じゃ!クールダウンして片付け~!」
一番声のでかい先輩が合図を出す。きっかり2時間で一回締めることになっている。これまでの部活の感じで考えると短いけどみんなバイトとかあるからだ。ただし時間がある人はまだ全然個人練習とか筋トレとかやっていく。なんか2個上の先輩が特に盛り上がった代らしくて基本居る。
「それで九郎、さっき何か話があるとかなんとか言ってなかったか?」
用具を片付けながらさっきの先輩が来る。
「先輩、昨日あった意味わかんない配信の話って知ってます?え~っと…秘密結社オウムアムア、って連中の」
首をかしげる。さすがにパッと思いつかないなら知ってるはずもない。どうやら見てないらしい。周りにいた仲間もみんなパッと思い至らない顔をしている。SNSとか知らないんかこいつら。
「いやね、なんか生配信で東京にテロ宣言したイかれた連中が居まして……ちょっと俺が関係ないわけでもないんで……見て欲しいッスね」
「にわかには……って感じだけど。そんなのあるんだね……。よくわかんないけど、危ないことしないでね」
クソ速
「―――で、さっき声だけ居た変なのが俺の地元の友達ですぅ……」
残った人たちに例の配信をざっと見せる。何回見てもわけわからん。
「ヤバいっしょ……」
ややウケが多数とフーンで済ましたのが少し。あと。
「俺この女の子知ってんな。たぶん」
同期のキッカーが声を上げる。それを待ってました!
「たぶん同じ高校だったな。部活も一緒。陸上、十種競技で……なんだっけ。成績良かったヤツなんだけど」
「なんでも分かれば助かる……と思うわ、ありがとにゃ」
ざっと話を聞く。ただ後輩で性別も種目も違うので大した話はなかったかも。
「―――うし、着替えて電話するんで今日帰りますね。へばまず」
「あーい」
「てなことでこの辺りで学校に通ってたみたいです。陸上もずっと続けてたとか」
ココア味のプロテイン(お徳用)を飲みながら潟倉さんに電話する。もう知ってたらお節介だろうけど。
『ウッソー!?ホントー!?マジー!?あんがとー!!』
オールドタイプのギャルだった。この人たぶん見た感じ20代後半だろ。ストレスかな?
『マジあんがとね!……口外しないでねって僕言ったけど。僕言ったけど!』
「ぇあっ」
……そうだった。忘れてた。
「ごめんなさい……。忘れてました」
言い訳のしようもない。しようもないがするなら、せめてするなら、そんなの覚えてられるかってのは留意しておいて欲しい。言わないけど。
『まぁいいよね。いい事教えてくれたし。知ってたけど』
「…………そうですか」
そうですか。
『あんまり大人をなめちゃあいけないね。特定したの僕じゃないんだけど』
「そうですか」
調子が狂うなんてもんじゃない。関わっちゃいけないと噂の先輩と話してるみたいだ。
『じゃあまぁ知ってるんだね。彼女は『下戸 蓮』。
「…………あの、名前も今知ったんですけど」
『アレ?僕また情報お漏らしした?……いっけね』
この人のが悪いんじゃねぇかな。民間人洩らすのと警察が洩らすのは違うんじゃ。
『ま、いっか』
納得できねぇよなぁ!?
『少なくとも分かっている範囲では特に問題ある生活じゃなかったんだけどね。これは勘だけど、陸上のコーチが……。あぁいや、また話過ぎちゃった。九郎くん、聞き上手ね』
「さりげなくこっちに擦り付けないでくださいよ……。ハイ、すみませんでしたってことで……。今度こそ大人しくしてますね」
『うん、そうしてね。賽ノ助くんのことは任せて欲しいんだからね』
「それ、日本語合ってます?」
『まあいいじゃ―――』
いつもの適当な発言が途切れ、すぐ電話の向こうで小さくなった声がする。
『ハイ、配信が?も~、マジか。……分かりましたよ』
この感じ。たぶん昨日の配信は冗談じゃなかったってことかな。もはやそうだとは思ってたけど。
『はぁ~あ。ちょっと仕事だから切るね九郎くん。くれぐれも気を付けて』
「はぁい、お疲れ様です潟倉さん」
通話を切りすぐさま例の動画配信サイトでそれらしい言葉で検索をかける。一発目『オウムアムア』で出てきた。ほんの少し前の配信だ。
『秘密結社オウムアムア、第一陣発表!!』
「は~い、こんにちは~!元気?ボイドくんで~す!」
なんやねん。昨日からヘラヘラしてる男しか見てねぇような気がする。と思ったけどその一歩後ろにいる大男が目に入る。彼はたしか謙虚というか臆病な印象があったはず。
5人が画角に入っているためやや狭いが、分かる限りではその場所はどこかの事務所みたいだった。ただ、タイルカーペットは敷いてあるが、このために持ち込んだような簡素な椅子しかないからどこかの空きテナントに入っているのかもしれない。
「はい!みんな自己紹介!昨日より油断できないから人数集まるのは待たないからね」
なんだろう。簡素な部屋でパイプ椅子に並んで座った人が端から自己紹介するさま、セミナー味がある。
「というわけで僕がリーダーのボイドだよ。覚えてもらえたかな?」
フレア、コメット、サテライト、そしてボイド。昨日いた子はポラリスだったか。詳しくは知らないがたぶん天体?あたりの言葉で共通していそうだ。何を示してるのかは分からないけど。
「さぁて、すぐに来てくれたみんなはたぶんもう昨日の配信は見てくれたんだと思うけど、僕たちが『秘密結社オウムアムア』、現在進行形でテロ計画を立てているよ。早速今日からアタックする2人から話してもらおうかな」
そう言ってボイドともう2人が画面外にはける。
残ったのは。
「は~い」
長い足をパタパタさせている下戸蓮『フレア』と。
「…………」
所在なさげに目を伏せる仮面の男『ジェット』だった。
「よっと」「………ん、んん!」
2人が立ち上がりどっちから喋るか、みたいなアイコンタクトをして、まずフレアが話し出す。
「じゃ、改めてこんにちは、フレアだよ!やっとここまで来たんだね………うん。色々言いたいことはあるんだけど、手短に言わなきゃならないから計画の話だけね」
感慨深そうに言ってるけど犯罪やで……。
「まずね、要求だけどぉ~……?」
どぉ~~?
「ないです!!ない!」
バカだ。頭が良くないことだけは伝わるいい話し方だと思う。
「まぁアタシの場合はやりたいことをやるだけって思ってもらえればいいかな。というわけで何をするかなんだけどね!」
画面外から女の子、サテライトが出てきて何か球体を手渡す。だいたい砲丸投げの球くらいの黒い球体……に、ピロッと紐みたいなのが出てる。…………すげー見たことがあるな、知ってるぞ。
「これ!爆弾ね!」
だと思った。こんな爆弾みたいな爆弾あります?あ、画面端からスケッチブックを持ったサテライトが……『私が作りました』?センスよ。
「これをね、色んなとこにばら撒くってのがアタシのテロ!最初だから派手な人からやってこうってなってね!ま、捕まるか、みんなの目的が達成されたら止めよっかな。たぶんムリだけど!タハッ」
なに笑ろとんねん。
「さ、アタシとの勝負は”爆弾鬼ごっこ”だよ!!みんなぶっ飛べばいいね!」
しかし……考えてたよりマジみたいだ。爆弾の威力がどんなもんか知らないが冗談やいたずらの可能性は消え去った。
「…………うんんっ!」
声出してないと喉がつっかえるヤツだ。あるある。
「どうも、ジェットです……。あの、緊張するけど頑張ります」
頑張るな。
「え~……俺、その、クソカス親父のせいでたぶんめっちゃ強いんですけど…でもそれ以外なんもできんくて。だから暴力で現状を変えようと思います……。何やるかってのはさすがに僕でも宣言した上でやるのは難しいと思うので、そんとき思い知ってもらいます……」
口調と自信がちぐはぐで気持ち悪い印象を受ける。
「じゃあ、具体的なことは偉い人に任せた方が上手くいくと思うので、提案してもらおうと思ってます……。あの、もっと暴力で解決できることが増えたらいいなって……。これじゃなんも言ってないのと一緒だね。ウケる」
1人でウケるなよ。コイツもバカかもしれない。
クソ、ろくなやつがいないみたいだ。うんち極まりない。
「俺としてはそんなつもりないんですけど……他のみんなに合わせろってうるせぇから、どうしようかな……今何時?……あぁそう」
「じゃあ”かくれんぼ”ってことで。制限時間内に捕まえてね……」
どうしよう。思ったより計画性とかが何も感じられない。こんな連中に捕まった賽ノ助くんがかわいそうだと思わないの?……お似合いか?
「さ!というわけで今からこの2人には大暴れしてもらいます!」
ひょっこりボイドが顔を出す。なんか無性にムカつく。こっちはなんも笑えんぞ。
「まぁ、まだ実感もないだろうから楽しみにしててね!そう!!あとね……」
「茶田賽ノ助って人がどっかに居ると思うんだけど、保護してあげてね!携帯は壊したから見つけにくいと思うけど、彼が鍵だよ!」
……一体、何があったんだ?解放されたのか?鍵ってなに?なにやらかしたんだ。
「僕らが先に見つけたら、殺しちゃうから急いだほうがいいよ」
―――クソだ、絶対なんかやらかしたな!大クソだ!
「これで伝えることは全部かな?じゃあ最後に……フレア」
ボイドがカメラに近づいて、持つ。
「アタシの爆弾の威力、見てもらおうかな」
そういうとカメラは窓の外を映す。幅の広い河川が流れていた、その向こうにある黄金のうんち。あのあたりに行ったことは無いけど浅草なのは間違いない。
「アレ見える?あの、アレ…なに?……アジトは色々あるからま、一個くらいばれても良いよ。……よし、これがスタートの合図だよ!」
ズゴオォォ……ォン!!!
うんこが、爆発した。
アレの根本で爆発が起こり太い方はとなりのビルに突っ込まれ、細い先端はそのまま落下する。真ん中の部分はもう粉みじんになって舞い上がっている。もうあのビルを象徴するものは無い。
「アッハハハハ!!見た!?綺麗に吹っ飛んだ!」
「やった!上手く行った!ワイ将、才能あるんちゃうか…?」
「ぐふっ……ぐふふ……」
「うわっ……キモ……」
「やべェなァ……」
いや、狂ってんだな……。こいつらそんなことして本当に許されるとでも思ってんのかな。ずっとそうだがバカなんだろうな。
「この威力の爆弾をいい感じにばら撒いて行くからね!じゃ、ゲームスタート!ってことで!またね!!」
配信はここで終わっている。ほんの5分程度前だ。今頃コイツらは動き出しているんだろうか。フレアはどこからブッ飛ばすんだろうか?ジェットは一体何をするんだろう?
いずれにせよ俺には関係ない話だった。
だけど。
「はぁ~………クソだな。うんちだ………行くかな」
一人になるのが、怖い。
あれは確か小学生3年生のときだったと思う。あのクソ過疎地区の小学校では地域住民に小学校報っていうニュースペーパー的なのを月イチで配っていた。そういうじじばばってのは子どもが道を歩いてるだけで嬉しいみたいで割と好評のシステムだったのを覚えている。よく世間話に付き合わされたり、月夜の晩に剣道を教えてくるおっさんもいた。
その日は初夏、ジジィ方がみんなして自分の田んぼの水を見に発生する季節だった。
学校が終わって夕方、夕陽があのクソ長ぇ農道を平等に照らしていた。ちょっと人数が多かった先輩が中学に上がったせいで俺の宅配範囲が広がって面倒だったのを覚えている。なんで自分で走るのは楽しいけど強制されるとダルいんだろうな?
宅配4軒目、家から300mくらいの家だった。
トタン屋根で、ビニールハウスのパイプを使った車庫のついてるまぁ一般的な家だ。
そこの家の人は、うん、特に印象も無いが1人でコメ農家やってた人だった。そんなの地元じゃいっぱいいる。コオロギくらいいる。
いつも通りその家のポストにブチ込もうとしたときに気になったんだ。ポストにはチラシやら封筒やらがみっちり詰まっていた。何枚か踏み固められた地面に落ちてたくらいに。
…………今思うとその時点で薄々勘付いていたんだと思う。正直言ってそんなことを気にする人間じゃあないと自分では自負しているが、どうしても気になって玄関から入ったんだ。ちなみに千葉に引っ越してから家に鍵を掛ける文化があることを知った。マジマジ、一回家帰った時に隣の家のババァが居て、「今誰も居ねぇよ」って言ってたことあったもん。
……関係ねぇな。とにかく玄関から入ったんだ。東北の家には寒さ対策のために玄関の前に土間の部屋がある家がよくある。あれも玄関って言うのかな?……風除室だっけ?
その風除室?に入ったときにはハッキリ予感はあった。異質な匂いがあったんだ。臭い……臭いってのはそうなんだけど、それ以上に不快感があった。
小学生の好奇心ってのはその程度じゃ抑えられない。それでも入ったんだ。靴を脱いで一段上がってドキドキしながら「お邪魔します……」とか言って。
その家に上がるのは初めてだったけどだいたい間取りなんて同じだろう。居間っぽいところに行った。
一発だった。
引き戸を開けるとバカみたいに臭い。そりゃもう鼻の奥にこびりつくように。空気がキレイってだけの田舎でもその日、俺の脳裏には匂いが残るくらい。
目が合った。
至る所に張り付いたハエと。
ジジィだったソレと。
目の形をした蛆虫と。
ちゃぶ台には湯飲みやティッシュやリモコンが自然に置かれており、ごっついビデオデッキと繋がっている小っちゃいブラウン管の画面が俺を写していた。
どれほどそうしてたか分からないけど、ほんの少しの時間だったと思う。ハッと気付いてパニック一歩手前のバックバクの心臓のまま、近所の話すタイプのジジィの家に駆け込んだ。
後はそのジジィに全部の後始末を押し付けたので俺は何にも関わっていない。ただ、後で聞いた話だと、まぁ孤独死ってヤツだ。正味そんな話は腐るほどある。腐乱死体だけに……ってね。これは口に出さないことにしよ。
その話をしたときに親父は言っていた。
「あぁ……そういう話は今どこにでもあるもんだ。……怖かったか?――そうか。そうだな。怖いなぁ。……うん?……うん。大丈夫だ。俺たちはそうならないことができる」
酔っていた親父はしみじみと語る。今考えるとこれはかっこつけだ。
「俺には母さんもお前も居る。俺が死んだときに、いや、死ぬ前にお前らは知っていてくれる。そばにいてくれる。だから俺は安心して酒が飲めるんだ。そしてお前も、これからいろんな人と仲良くなれる。縁ってヤツだな」
もはや俺が聞いているのかどうかも気にしてない様子だ。
「だから、積極的に人と関われ。人と仲良くしろ。友達を大事に…。全部まわりまわって自分のためになる」
今では親父はこの話をしたことはすっかり忘れている。でも、俺は正しいと思った。そうあろうと思う。今までもこれからも。
「ま、ダメで元々か」
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