王国最強騎士13主の1人『泥の主』はぐちゃぐちゃの魔法で成り上がった

とざきとおる

地面をぐちゃぐちゃにする⇒出世する。なんでと彼は首をかしげる

 周りを海に囲まれている国、タートルリベリア。そこは世界で一番魔法の研究が進み、魔法文明が発達した大国である。


 国民は全員が必修で魔法を学ぶほどの国であるからには、その国を守る軍事力もまた魔法を中心とする。


 タートルリベリア王国魔法騎士団。


 この国を守る最強の騎士団は国内でも最強クラスの魔法使いが揃う精鋭集団だ。この世界に湧いてくる怪物や、悪の侵略帝国から日々人々を守っている。


 ちなみに、この騎士団が特別視されるのはそれだけが理由ではない。騎士団に所属している者には、公的な福利厚生だけでなく、さまざまな特権がある。


 例えば、国のレストランには、昼食時、夕食時には、騎士団の誰かが来ることを想定し、すぐに案内できる専用の席を一席空けておく不文律が存在する。


 国民がそのような特別待遇を認めるぐらいには、王国騎士の仕事は誉れ高いものであり、その特別待遇を『激務への感謝だ』と教えられている幼い子供たちにとって、王国魔法騎士団とは、カッコイイ憧れの職業の1つだ。


 そしてその王国魔法騎士団の顔とも呼ぶべき存在が、最強の13人こと『13主』。


「でも! その中でもやっぱり狙うは13主になることだよねー。王国最強の騎士13人! ちやほやされるんだろうなぁ。ああ、されてみたい」


「アイナはその動機だけは不純だよねぇ。他は非の打ちどころのない才女なのに。ちやほやされたいが理由で騎士団になりたいとか」


 この女子のように、騎士団見習いが通う国立学校で野望を語る者は、みなその立場を求めるほどの特別な存在。


「なに、非の打ちどころがないとか皮肉? 学年1位のあなたに言われたくないんですけど。いいなぁ、学年1位は1年生から13主の指導を受けられるんでしょ」


「そうですー、この後泥の主様にご指導をいただく予定よ」


「ぬうう。いいなー。だって主に指導を受けた人が次世代の主になることもあるし、そうじゃなくても大成するって聞いたなぁ」






 ものすごい量の本を積み上げ、そして併設されている魔法試用場と本を持ちながら行き来するのは、13主、泥の主こと、ハンス。今年で20歳。


 現在の13主では最年少の彼は、今一番の課題に頭を悩ませていた。


「ああ……今日も彼女が来てしまう……」


 ハンスはキリキリ痛むおなかを魔法薬でなんとかしながら、徹夜で今日の後輩の指導メニューを考えていた。


 今年の学年1位、ディヤ・エーモンロアは魔法においては正真正銘の天才、10歳で王国魔法騎士団に所属する条件、上位魔法を使えた存在。


 騎士団長から、

「そろそろ君も……弟子を持っていいころだな」

 と笑顔で言われ、断ることもできなかった。


「はぁ……早々にこんな大変な仕事やめたかったのに、どうしてこんなことに」







 ハンスはもともと奴隷の出だった。


 タートルリベリアでは奴隷制は認められてないので奴隷という身分ではなかったが、要は言い方を変えただけ。


 親に捨てられ、悪徳商人に拾われたときから必死に生きていた。


 ようやく自由を勝ち取ったのは14歳のころ。


 自分の生き方を自分で選べる、たとえそれで死んでも誰かのせいにならないという自由。彼はそんな普通の人間の生き方にあこがれ、脱走したのだ。


 しかし彼は運がなかった。


 必死に走った先で待っていたのは、帝国と王国騎士団が戦う戦場だった。


 もしも戦いがあったら彼は道を迂回しただろう。しかし小休止中で彼が戦場に足を踏み入れた時には、ちょうど戦いが起こっていなかったのだ。


 逃げている途中で時間がない。朝になれば追手も来るかもしれない。きっと最近まで戦いがあった場所だろう、と彼はその戦場を横切ることになる。


 真ん中ぐらいまで言ったころに、ヤバい、と気が付いた。


 帝国の主力部隊の1つ、いかつい鎧を着こんで大群で襲い掛かってくる集団を見たとき、

「あ、死んだ」

 と最期を覚悟した。


 しかしようやく手に入れようとしている自由。それをこんな不運で奪われるなど、興ざめにもほどがある。


 ゆえに。その日のハンスは人生の中で一番頑張ったのだ。


 捨てられていた本をこっそり読んで覚えた魔法。


 泥魔法。それは正直メジャーな魔法ではない。泥で人形を作って遊ぶことができるが、生活でも戦いでも使いづらい故に捨てられやすい魔法だった。


 死ぬかもしれないくらいの魔力を使って地面をぐちゃぐちゃにした。これなら自分が逃げられるくらいの時間は稼げるだろうと。


 その日は本当に頑張ったので、大群の前方半分が走っている地面をぐちゃぐちゃにして、動きを止めた。


「うわあああ」

「ばかな。鎧は魔法をはじくんだぞ」

「ばかやろう。地面に魔法をかけたんだ。これじゃ鎧が邪魔だ。うわあ、底なし沼になり始めてるぞこいつ」


 自分よりもよっぽど偉い人たちが慌てふためいているのは驚きでもあり、面白くもあったが、それ以上時間はない。


 ハンスは再び逃げだそうとしたとき、魔力の使い過ぎで意識を失ってしまった。


 ――次に目を覚ましたのは、王立魔法騎士団の医療室だった。


「起きたか?」


「え。あなたは」


「戦場でくたばるとは運の無い奴隷だ。事態は把握している。お前を追っていた商人には死んでもらった。もう安心しろ。お前は追われの身ではない」


「ええ……」


 いきなり過激すぎる言葉を聞かされて、ドン引きするハンスに、彼の看病をしていただろう男は何も気にせず話を続ける。


「それにしてもなぁ!」


「は、はい!」


「よくやってくれた。あの重装歩兵部隊を地面をぐちゃぐちゃにして足止めする。あの規模の魔法はそうそう使えるものじゃない。おかげでうちは勝つことができた。あの鎧には苦しめられていてね……」


「そ、そうなんですか。でも助けてくれてどうもありがとうございます」


「いやなに。礼を言うのはこっちだ。明日王様に君を紹介しよう。ぜひ王国魔法騎士団で君の力を活かしてくれないかい?」


「へ? いや、あの」


「決まりだ。君も今の生活がいやだったから逃げたんだろう? ならさっそく職にありつけるのはラッキーだぞう」


 その男は話を聞いてくれないタイプだった。


 それからガチで王様に紹介された。


 そしてその男に無理やり一通りの基礎魔法を教えられて騎士団に入れられた。


 望まざることに、帝国の大群を一撃で追い返した大魔法使いという評価がいつのまにかついていた。王様が広めてしまったらしい。


 ハンスは本当は、泥の魔法しか使えない。魔法騎士団はおろか、見習いの学生にすら普通の魔法技能では負けるだろうに。


 魔法騎士団は実績がものを言う。彼ほどの実績はなかなかなく、そして彼は頼みごとを断れない性格であり、結局、13主に推薦された。


 まあ試験は落ちるだろうと思っていたのだが、まさかまさかで通ってしまい、13主という最も誉れ高く、しかし国の中で誰よりも忙しい仕事をすることになった。






「自由になりたい……」


 魔法騎士団はやめたくても簡単にはやめられない。各種手続きを進める時間もなく忙殺されたまま今に至る。


「お疲れ様です。ハンス様」


「ああ……来てしまった……」


 ハンスは思う。


(ただの奴隷だった僕が国の最重要役職なんか勤まるわけないだろぉ! くそぉ、やることが多すぎるのに、失望されないように魔法の練習もしないといけない。奴隷のときより寝てないんだが)


 本当はそんな実力なんてないとばれれば、もしかすると国民をだましたエセザコ魔法使いとして非難を浴びたまま処刑されるかもしれない。


 今さら引き返せなくなったハンスは、今日も気丈に振る舞いながら、

「私が来たらいやですか?」

「いいや。仕事だからね。だが僕は忙しいから、できれば避けたいんだよ」

 と、とうとうできてしまった弟子まで面倒を見ることになった。


 奴隷だった頃よりずいぶんと充実した生活でストレスは大いに減ったが、心の中では、

(……ああ、自由になりたい……)

 と思うことは結構ある。





 ちなみに弟子になった彼女はハンスの経歴を知っている。


 自分の師匠になる人のことだ。いろいろ調べてみたのだが。


 最初は奴隷だったこと、最初は王国騎士団になるなんてとんでもないくそ雑魚魔法使いだったことも知っている。


 しかし、恐ろしいほどの努力と仕事量で、実は本当に13主にふさわしい人物にここ数年で化けていた。


 まだ自信がないのは本人だけというところが、

「師匠……不憫でかわいい……」

 と、弟子は気に入っていた。

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王国最強騎士13主の1人『泥の主』はぐちゃぐちゃの魔法で成り上がった とざきとおる @femania

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