不思議な貸本屋 ③(KAC20233)

一帆

本を汚すとおしおき??

 木曜日。

 昨日は夜遅くまで雷が鳴り、雨が降ったというのに、快晴。


 上水の緑道は、昨日の雨でぐちゃぐちゃにぬかるんでいた。桜の花びらが地面に落ちて、土と混ざって少し茶色になってしまったけど、緑道に生えている葉っぱは緑色を深くしている。春がぐぐぐっと深くなったような気がする。

 緑道を歩いていくと、不思議な貸本屋『貸本屋せしゃと』に迷わずにたどり着くことができた。本を返すという目的もあったし、『貸本屋せしゃと』で出会った桜神社の稲荷神の使徒のキツネのつねたくんと絵本を読む約束をしていたからだと思うんだけど。


「つねたはまだ来ていない」


 貸本屋がある蔵の奥から出てきた男性(龍之介さんっていうらしい)は、無愛想に言う。珍しく、髪の毛がぐちゃぐちゃだ。


 (寝起きなのかな?)


「しばらく、本を読んで待っていてくれ」


 それだけ言うと、また、あくびをして奥に引っ込んでいった。私は、つねたくんがくるまでと思って、無造作に山積みになっている絵本を手に取って読み始めた。




「おい! 龍之介!! この本、面白かったぞ!」


 突然、大きなしゃがれた声が店に響いた。私はあわてて、顔をあげて声の方を見た。そこには、女の子が富安 陽子 さんの『まゆとりゅう』を持っていた。


『まゆとりゅう』!!


 竜に乗って、冬から春にかえる様子がすごく素敵な絵本。節分が終わるころには読みたくなる絵本。私が住んでいた札幌も雪がいっぱいだったから、春一番の雨が降らないかとよく空を見上げていたものだわ。ふふふっと小さく笑いながら、女の子の方に視線を移した。


 10歳くらいの黒髪の女の子は、春らしい桜柄のトップスにえんじ色の袴を着ている。今の時代に袴とは、どこかの制服なのかしら? それとも、つねたくんみたいにどこかの神社の使徒さんとか? 可愛い女の子に化ける使徒さんって、なんだろうと思いながら、女の子の顔をよく見ようと目を凝らす。


 額の上でお団子を作っているのが、アニメのキャラクター風でかわいいな。

 

 ―― ちがう! 額から見えるのは角! 角!! てことは鬼??


 その子と目が合う。私もその子も目を大きくする。


「お、おに〇△×a♪びゃ……」

「に、に、人間!▽*★×〇●……」


 と同時に二人で叫んだ。


 どたどたどただだだだだ……ん


 あんまりにも驚いて、私は、近くにあった本の山をぐちゃぐちゃに崩してしまった。女の子(鬼)は持っていた絵本を放り投げた。


「ここは貸本屋だ。本を読みたいやつがくる場所だから、驚くことはないだろう。………それよりも、かなり派手にやったな」


 蔵の奥から出てきた龍之介さんが、ぐちゃぐちゃに崩れてしまった本を見て、髪の毛をぐしゃぐしゃっとかいた。


「ご、ごめんんさい。驚きすぎて、思わず……」

「本は元通りにしろ」

「は、はい!」

「うら、お前が持っていた本はどうした?」


(うらちゃんっていうんだ。あの子(鬼))


 うらちゃんと私は、きょろきょろと周りを見る。そして、絵本が蔵から少し離れた庭の池に浮かんでいるのを見つけた。


(よく、あそこまで飛んだなぁ……)と感心していると、うらちゃんは「あ゛―――」と叫び声をあげて、カタカタと震えだした。


「龍之介、ご、ご、ごめん……。ほ、ほんを汚してしまって」

「それよりも、早く、本を救出しろ!」

「はい!!!」


 うらちゃんは、慌てて池の中に入り、絵本を救い上げる。うらちゃんも絵本も水を含んでぐちゃぐちゃだ。そして、おそるおそる、龍之介さんの前に差し出した。


「ご、ご、ごめん。………」

「水濡れで本をぐちゃぐちゃにした場合は、借りたやつも同じようにぐちゃぐちゃにする約束だったな?………」


 龍之介さんが冷たい目でうらちゃんを睨む。うらちゃんがひゅうっと息をのむ。龍之介さんが私の知らない言葉で何かを詠唱し始める。事情がよくわからない私でも、これは、かなりまずい状態だということがわかる。


「あ、あ、あの!!」と私は思わず声をかけた。


「今なら、まだ、間に合います!」

「ん?」


 詠唱をやめて、龍之介さんが胡散臭そうに私の方を見た。


「なおせるというのか? 水に濡れた本は波打ち、読むに耐えなくなる。無駄だ」


「試してみる価値はあると思います」と強く言う私に対して、「ならば、やってみせるがいい」と龍之介さんが少し投げやり気味に言った。


「本を拭くためのタオルと白い紙と重しを用意してください」


 私は、絵本の表紙をタオルでやさしくふき取ると、龍之介さんが持ってきた白い紙をページとページの間に挟む。まだ、水は奥までしみ込んでいないから、ページも波打っていない。これなら、2,3日置けば、元通りになるはず。私は最後に、漬物石みたいな重たい石を上に乗せた。


「これで、紙が湿ってたら交換して、数日、置きます」

「それだけか?」

「はい」

「ならば、うらの処分はしばらくの間、保留だな」


 うらちゃんが、嬉しそうに、何度も首を振っている。

 

「助かった! 人間!」

「美雪です」

「助かった! 美雪! 龍之介にぐちゃぐちゃにされるところだったからな」

「ぐちゃぐちゃ?」

「そ、ぐちゃぐちゃ」


 そのぐちゃぐちゃがどういったものかわからないけれど、絶対に恐ろしいものだということだけは理解した。


「それで、美雪はどうしてここにいる?」


 私が崩してしまった本の山を積みなおすのを手伝いながら、うらちゃんが聞いた。


「つねたくんに、絵本を読む約束をしているの」

「つねたと?」

「ええ」

「うらも一緒にいていいか?」

「もちろんよ」




 しばらくして、つねたくんがやってきて、私は約束通り絵本を読んだ。


 そうこうしているうちに帰る時間になり……。

 今日は、新しい本を借りなかったけど、水濡れした本の状態を見るという約束を龍之介さんとした。


「ならば、明後日、また来るように」と何も入っていない桜柄の袋が手渡された。

すると、ひゅんと私の耳元で音がして……、気がついた時には、上水べりの緑道に立っていた。

 


 おしまい


 

 


 




 



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不思議な貸本屋 ③(KAC20233) 一帆 @kazuho21

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