思い出夜空

シンカー・ワン

At night

 夜出歩くのを忍びクノイチは嫌いではなかった。

 と言って、特別に好きという訳でもない。

 夜が親しい時期があった、その名残。

 謀略組織の構成員にとって夜は仕事は時間。そこに感慨はなく黙々と任務を遂行するだけ。

 幼いころは違った。夜風が揺らす樹々が奏でる音に脅えたり、煌々と輝く月に見惚れたり。

 物心つくかつかぬ頃に修行が始まってからはそういう風情を感じることもなくなり、夜は行動に適した時間としか思わなくなっていた。

 感情を捨て善悪は考えず、ただ命じられるがまま御国に尽くす駒。

 それでいいはずだったのがどこかで変わった。

 何がきっかけだったかは今もわからない。少しずつ積み重なっていたものがあったのかもしれない。

 自分の仕事に嫌気がさし、組織を抜けたい旨を上司に告げるとあっさり棄てられた。もっと揉めるかと思っていたが自我の目覚めた駒に用は無いと。

 ただ二度と国へ帰ることは出来なくなった。破れば問答無用で生を奪うと勧告された。

 流離さすらいの果て冒険者となり、手に入れたのはままならない自由。

 けれど駒だったころに忘れていた捨てていたものを、たくさん取り返せた。

 「いつ死んでもいい」が「できるだけ生きていたい」と思えるようになったのは忍びにとって大きな進歩。

 単独ソロだったころ野宿した際、空を見上げ煌々と輝く月を見て幼いころに感じていた夜の美しさを思い出し、泣いてしまったことも。

 人として解き放たれたのはあの夜だったのかもしれないと、忍びは振り返る。

 それからしばらく夜中に出歩くのが習慣になった。

 迷宮保有都市に設けられた冒険者街は夜もけっこう人出があり、酔漢が街娼とでも思ったか不埒な真似を仕掛けてくることも。

 まぁ、そんなときは適当にあしらったり、多少痛い目に合ってもらったりしたが。

 地方の町や村では、密会する若者たちを見かけたりもした。

 仰ぎ見る夜空は自由を称えた海のようで、忍びは嫌いではない。

 

 

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