舞台の彼女に魅せられて【KAC20235】

藤井光

筋肉という魅力

「うまい。運動の後のこいつは最高だよ。」

私の横で嬉しげにプロテインドリンクを口にする男。私のいわゆるボーイフレンド。わかりやすく言えば彼氏だ。


 名前はワタルという。

 お互い大学生で学年で言うならワタルは私より一つ上。背が高く、ちょっと前まではスリムだった彼が、今やその姿は見る影もない。

 今、私の横に座っているのはムキムキの、まるでラグビー選手だ。

 ちょっと前に話題になったラグビー選手がいた。なんていったっけ? 拝むポーズが流行語にもなった人。なんだかワタルは最近、その人に似てきた気がしてくる。


 ここは大学近くのスポーツジム。

 お互い部活が休みの日にはここへ来て、ワタルは似合ってもいない青いジャージに着替えると、がしゃがしゃと音を立てて、運動器具を動かしている。

 私はすることもなく、ベンチに座るとスマホを開き、ワタルの運動が終わるのをただ待っているだけである。


 ちょっと前はこうじゃなかった。

 どうやら少し前に、部活の先輩がひったくりの現場を見かけ、そのひったくり犯をラリアット一発でのしてしまった、という武勇伝を聞かされたのがきっかけらしい。

「俺がこうやって鍛えていたらさ、お前がいつか危険な目に遭っても守ってやれるだろ。」

ワタルはそう言って、私の横で嬉しそうに笑う。

 でも私はスリムだったワタルが好きだった。ムキムキはあんまり好きじゃない。だってなんだか匂ってきそうだし、抱きついたって固そうだし。


「そんな日がいつ来るっていうのよ。漫画じゃあるまいし……」

「お? お前今、筋肉を馬鹿にしたな。」

思わずぼやいてしまった私をワタルが冗談交じりににらんでくる。


「よし決めた。今からお前に筋肉の魅力を伝えてやる。」

「はあっ?」

「待ってろ、着替えたら連れて行ってやる。」

そう言うと、ワタルはさっさと更衣室へ引っ込んでしまった。

「なんなのよ、もう……」

いいながら私ははたと気づく。

 どこへ連れて行くつもりだろう。まさかボディビルダーみたいなムキムキがいっぱいいるようなところなんじゃ……

 ぞくぞくと寒気を感じて私は思わず両手で自分の肩を抱いた。

「お待たせ。」

意外にも早く、ワタルは私の所へ帰ってきた。


 案内されたのはジムとかじゃなかった。

 一見、ただのおしゃれなバー。並んだ座席の向こう側に変な棒が一本立った、奇妙な舞台が見えるけれど。

 ワタルは入り口の係の人に何やら話して、ポケットから財布を取り出している。


「ねえ、ここどこなの?」

ドリンクを両手に私の元へやってきたワタルに、テーブルに座っていた私は問いかける。

 お客さんは私達だけではない。気がつけば、私達の周りの座席も、すでにお客さんで埋まっていた。

「まあ待ってなって。今からすっごいものが見られるからさ。」

ワタルはそう言って舞台を見る。

 私も、引っぱられるようにしてそちらを見た。


 派手な音楽が鳴った。

 音楽に合わせるように、セパレートタイプの水着みたいな、きらきらした衣装を着た女の人が飛び出してきて、そうかと思うまもなく、するすると舞台の柱へと登っていった。


「なに?」

「いいから見てなって。」

そこからはまさに彼女の独擅場だった。


 柱を片手だけでつかまえて、逆立ちみたいになって両足を開く。そのまま足をつかまえて柱の上でくるりと回る。

 そうかと思えば、手の力だけで逆さのまま柱の上まで登っていき、手と膝で柱をつかんで回り始めたかと思うと、今度は手を離し、膝だけで柱をつかまえて、回りながら降下してくる。


「なんなの、これ……」

「ポールダンス。知らない?」

「知らないよ。」

「きれいでしょ。」

「きれいだと思うわよ。でも、なんでこんな所、連れてきたのよ。」

「筋肉って、きれいでしょ。」

「はい?」

私は思わず聞き返した。

「あの人の、どこが筋肉なのよ。」

「筋肉がなくて、あんなことできると思う?」

「それは……」

私はまじまじと舞台の上の女性を見た。

 彼女は細く、美しく見える。だがその手足や、衣装に隠れていないおなかの部分には確かに、鍛えられた筋肉を認めることができた。

「わかった?  そういうこと。」

ワタルは勝ち誇ったように私に言った。


 やがて、ショーが終わり、踊っていた女性が座席の間を回り始める。

 彼女が隣のテーブルまで来たことを確認し、ワタルが私におもちゃのお札みたいな紙を渡す。

「なに、これ?」

考えるまもなく後ろに人の気配を感じ、振り向けば、そこに彼女が立っていた。彼女の胸には大量の、私が持っているお札が挟まれている。


 おずおずと私は彼女にお札を差し出した。

 彼女はにっこり笑うと手を差し出して、お札を受け取ると同時に、もう片方の手で、私の手をぎゅっと握ってくれた。

 間近で見る彼女は美しくて、細くて、でもたくましかった。


「きれいだったね。」

帰り道、私は思わず呟いていた。

「そうでしょ。やっと気づいてくれた? 筋肉ってきれいなんだよ。」

「うん、そう思った。」

「じゃあ、これからも俺のジムに付き合ってくれる? ああ、君も一緒に鍛えたらどう? さっきの彼女みたいにきれいな体になれるかもよ。」

「うん……って、こらあ!」

ワタルは笑って逃げ始める。私も夢中で彼のことを追いかけていた。


 それから、私達は並んでジムで運動するようになった。

 いつか彼女みたいに……、私の中にも目標ができた。


 そして――


「悪い奴ってさあ、なかなか出くわさないものだなあ……」

あるとき呟いたワタルに、私は思いきりデコピンをした。














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舞台の彼女に魅せられて【KAC20235】 藤井光 @Fujii_Hikaru

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