ある最強個人勢Vtuberのカオス配信

赤川

ある最強個人勢Vtuberのカオス配信

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 Vtuberという文化が誕生して、10年余り。

 高速のデータ送受信が可能なインターネット通信網が普及し、個人で用いるパソコン等のデバイスがある程度高い性能に達し、コンテンツ配信者の動きを反映するウェブカメラや連動して動くアニメキャラの作成ソフトが入手し易くなった、現在。

 これらの条件が揃い、Vtuberとしての活動をはじめやすくなった事で、その人数は今も増え続けている。


 そして、一定の成熟度に至った事で、Vtuberの業界もある種の落ち着きを見せていた。

 すなわち、個人よりも企業のマネージメントを受けたVtuberへの人気の集中である。

 もっともそれ自体は不思議な事でも何でもなく、企業としてのコンテンツ作成のノウハウ、配信者ストリーマーへの支援や活動の管理、企業力を背景にしたメディアへの展開能力の点で、個人で活動するVtuberと企業に籍を置くVtuberでは発信力が違い過ぎるのだ。


 今や個人で多数の視聴者リスナーを獲得できるVtuberは、イラストの作成や音楽作成や演奏、企業に負けない企画力などの飛びぬけた才能を持つ者くらいとなっている。

 Vtuber文化の黎明期、素人の個人でも大きな人気を集め有名配信者ストリーマーとなれるような時代は、終わりに差し掛かりつつあった。


 そんな時節にあって、個人勢にして圧倒的な人気を誇るVtuberがいた。

 ゲームプレイ配信を主なコンテンツとする、Vtuberとしては取り立てて目立つ特色も見られない配信者ストリーマー。 

 にもかかわらず、チャンネル登録者数は30万人超えと有名企業勢の活動開始序盤並。しかも増え続けている。

 ライブ配信時の同時接続数も最低5000、最大では3万程度と多くの視聴者リスナーが集まっていた。


 愛坂クリア。


 視聴者ニキやネキからは『クリア姉さん』という愛称で呼ばれ、また最強個人勢との呼び声も高いVtuberである。


                ◇


 企業勢がつまらない、とは言わないが、やや食傷気味というのが綿葉健斗めんばけんとの正直な思いだった。

 ある切り抜きを『iスパー』に投稿された動画で見たのが、Vtuberを知り、そこからハマり込んだ切欠。

 しかし特に推しのVtuberなどは決めておらず、面白そうなゲームプレイ動画を出していれば、比較的どんなVtuberの動画も見に行っていた。

 推しは決めないが、声の質やキャラクター性でそれなりに好みというのも定まってきた。


 だが、ある程度目が肥えて来ると、気になる点や惜しい点なども見えて来る。

 本人のキャラクターは好きだが、ゲームがあまり得意ではないのだろうな、というVtuber。

 それほどゲームが好きじゃないのだろうが、話題性のあるタイトルだからやっているんだろうな、というのが感じられるVtuber。

 そんな裏の事情も、察せられるようになっていた。


 それにゲームの権利関係か大人の事情か、企業勢の有名Vtuberは、プレイするゲームも同じタイトルに偏りがちだ。

 どんな配信を行うかは、そのVtuberの自由。ついでに、ゲーム下手なのも需要があると理解はしている。

 そうは思うが、慣れのようなものは如何ともし難く。

 何かこうゲームガチ勢でトレンドには外れたタイトルをプレイするような尖ったVtuberがいないものか、と。

 綿葉健斗めんばけんとは企業勢だけではなく個人勢のVtuberを渡り歩く、迷子の視聴者リスナーと化していた。


 i-Tubeのお勧め動画タイムラインで『愛坂クリア』の動画を見かけたのが、そんな時だ。


(愛坂クリア……? どこの箱だ? 視聴者参加モノ多いな。10万回再生はまずまず。『セメント配信』、ゲームガチ勢か……?)


 動画のタイトルからいくつかの情報を読み取った綿葉健斗めんばけんとは、好みに合致する予感を覚えて、その動画を再生してみる。

 そして、納得すると同時に少し落胆した。


 プレイを見れば分かる。確かに、ゲームは上手い方。体験してみた系ではない、攻略に本気でかかるタイプだ。見ていて安定感がある。

 トークも悪くない。個人勢の素人にありがちなクセや偏りが無いこなれ・・・方をしており、いわゆるプロレスも面白い方に入るだろう。

 キャラクターにも親しみが持てる。アバターのデザインは洗練されソフトも定番のモノを使っているようだ。声質は明るいのに落ち着きもあり、愛らしいが安心感も感じられる。学校にいたら人気者になるだろう。

 高価な機材を使っているらしく、配信画質も企業勢並みだった。 


 だが、飛びぬけて面白いかというと、そうでもない。


 まぁ個人勢にしてはクオリティ高いんじゃない?

 そんな感想で纏めて次の動画を探しに行こうとしたその時、綿葉健斗めんばけんとの目に留まったのは、動画の横に流れている視聴者リスナーのコメント欄だった。


[迫真w]

[全力過ぎて草]

[死にたくない感が凄いw]

[粘る粘る]

[熱い友情が生まれているの草]

[なんでこのヒトらこんなに必死なの笑]

[姫プというか姫が特攻]

[まだだまだ終わらんよ!]


 コメント欄の面白さもVtuberの華。配信者ストリーマー視聴者リスナーで作るのが、Vtuberの動画配信というモノである。どちらが欠けても片手落ちだ。

 故に綿葉健斗めんばけんとはコメント欄も重視するのだが、今まで見てきた他のVのコメントからすると、愛坂クリアのそれはどこか異常であった。

 Vtuberによって固定視聴者リスナーにも特色が出るモノだが、アイドルのようにひたすら褒めそやす者、しもべのように心酔する者、友達のように軽口を叩き合う者、といった他にも見られるタイプではない。

 あたかも、白熱の試合を観戦するサポーターのような視聴者リスナーであった。


 しかし、やはりゲームの内容自体は、本気を感じはするが超絶うまいワケでもないという。

 いったい何が、視聴者リスナーをここまで惹き付けるのか。

 愛坂クリアの動画から個人チャンネルのページに入ると、そのホーム画面に配信予定の動画が既に登録されている。

 1時間後に『地球防衛大隊Ⅵ』を視聴者参加マルチプレイで配信となっており、綿葉健斗めんばけんともライブ配信を見てみる事とした。


                ◇


「なんだこれ!? どうなってんだ!!?」


 そして、綿葉健斗めんばけんとは混乱の極致にあった。


 ところは、『地球防衛大隊Ⅵ』ミッション22。

 目の前に広がるのは、どこか作り物じみた都市の姿。空には銀色の巨大な円盤。ビルの間や道路の上を、人間よりはるかに大きなアリが埋め尽くしている。

 プレイした事もあるので知っていた。そこは地球防衛大隊Ⅵの舞台だった。


 問題は、何故か綿葉健斗めんばけんとが生身でゲームの中に立っている、という点だろうが。


「いくぞー戦友諸君! E!D!S! E!D!S!!」

「うぉおおおお!」

「え゛!? ちょ!? なにこれどうなってんの!!?」

「はい!? なにここどここれなにがどうしてこうなった!!?」

「E!D!S! E!D!S!!」

「わーれらー! ほへーいはー! たーだーすーすむーのみー!!」


 左右を見ると、同じように周囲を見回しながらパニくっている者たちがいる。よく見なくても身に着けているアーマーや手にした銃器は、地球防衛大隊Ⅵに登場するプレイヤーの装備だ。

 更によく見ると、混乱しておらず戦意に満ちている者が若干名。EDSテーマソングを熱唱しているのが数名。

 そして最前列の中央には、地球防衛大隊のよそおいではない特殊な服装の少女が、ゲームでお約束のフレーズで気勢を上げていた。


 長いピンクのストレートヘアに、明るさの弾ける愛らしい容貌。

 水着のような黒のチューブトップと、黒いミニスカート。透明なジャケットという近未来的で活動的なコスチューム。

 地球防衛大隊Ⅵのプレイ配信中な、愛坂クリアそのヒトであった。

 だがそれもおかしい。

 愛坂クリアもモニター上の虚像アバターであり、生身の存在ではないはずだった。


 そんな当然の疑問を差し挟む時間さえ、今は無かったのだが。


「それじゃみんなよろしくお願いしまーす!」

「『よろしく』とは!?」

「どうでもいいから撃て撃てぇ! 近付けたら死ゾ!!」

「敵の動きを止められる奴はとにかく撃て! 俺はミサイル装備だから近付かれたら死ぬのでよろしく!!」

「なにこれ夢!? 俺クリア姉さんの配信見てたはずなんだけど!!?」

「間違えてタートルミサイル持ってきたー! 誰かマーカー撃ってー!!」


 押し寄せるアリ型モンスター。目の前にすると極めて動きが気持ち悪い。


 地球防衛大隊シリーズは数の暴力に抗うゲームである。無数の敵に撃って撃って撃ちまくって生き残るそれだけがルールだ。

 敵を倒して得る武装強化が間に合ってないと成す術なく死ねるので、ある意味死にゲーでもある。


 しかし、いざその巨大アリ型モンスターが目の前に迫ってくると、死んでなどいられない。


 参加視聴者12人。うち半分が状況を把握しておらず。

 それでも、恐怖か生存本能か、持っている武器、直前にセッティング画面で選択してきたそれを、巨大アリに向け撃ちまくっていた。

 青い体液を撒き散らしバラバラになるモンスター。

 一方で、敵を押し留め切れず噛み付かれて振り回される視聴者プレイヤーもいた。


「ぎゃああああ死ぬぅうううう! 助けてぇええええ!!」

「撃て撃てぇ! 助けろぉおお!!」

「ノーマルってFF何パーセント!?」

「ダメだぁあお終いだぁあああ!!」

「諦めるな敗北主義者がぁ!!」

「お前が諦めたら俺らが死ぬんだよ!!」

「あっ!? ヤベ! リロードリロード!!」

「性能だけで☆の無い武器持ってくるんじゃねぇ!!」

「戦犯がぁああ!!」


 アリの大顎に持ち上げられる仲間プレイヤーを助けるべく発砲する他プレイヤー。

 辛うじて体力ミリ残りで解放されるプレイヤー。


 そのようにして密集していたプレイヤーのEDS隊員たちが、飛んできたビームにまとめて吹っ飛ばされた。


「いぎゃぁあああ!!」

「そうだーここオーク兵がいるんだぁあああ!!」

「遠距離から撃たれるぞぉ! こっちも長距離いけるヤツ撃てぇ!!」

「ふたりやられた! 起こせ起こせ!!」

「俺体力無い! 体力転がってないのか!?」


 プレイヤー部隊を吹き飛ばしたのは、イノシシのような頭をして機械の鎧を着た敵モンスターだった。

 手にした大型火器の連射で次々起こるエネルギーの大爆発。

 爆発範囲内にいて大ダメージを喰らい宙を舞うプレイヤー。

 爆風で崩れるビル。

 更に押し寄せるアリ。

 飛んで来る武器を持った腕を生やした小型円盤。

 地上は撃たれ放題。

 もはや戦場はメチャクチャのぐちゃぐちゃ。阿鼻叫喚の地獄だった。


「あははははは! おもしろッ!!」


 そんな中、ピンク髪のVtuber、愛坂クリアは声を弾ませ対空射撃に全力を出していた。

 ジェットパックを装備して空を飛べる兵科、ウィングトルーパー。

 地形や高低差を乗り越える自由度が魅力の特性でもって、戦場を飛び回り、エネルギー武器で敵を薙ぎ払い、また倒れた視聴者リスナーの回復も忘れていない。

 混乱しながらバズーカ撃っていた綿葉健斗めんばけんとにも、愛坂クリアは本当に楽しそうに見えた。

 そして、よそ見していて移動をおろそかにしていたら円盤に撃たれて自分が空を飛んだ。


                ◇


 錯乱の極みのような戦場であったが、そういうゲームであると思えば、然るべくしてクリアできるようになってはいる。

 死屍累々のミッション22『戦場にて狩る者』。

 幾度となく吹っ飛ばされながらも、プレイヤー側はどうにか最後の一体まで敵の排除に成功していた。


 そして、綿葉健斗めんばけんとは呆然としている。

 愛坂クリアという気になるVtuberを見付け、ライブ配信を見ながらプレイヤーとして参加したと思ったら、何故かゲームの中にいた。何を言っているか分からねーと思うが以下略。


「みんなありがとー! 参加してくれたニキは次のヒトにプレイを譲ってあげてねー! じゃー次のミッションに――――!!」


「『次の』じゃねぇー!!」


 何が起こっているのか全く分からないまま、次のゲームが始まってしまう。

 と、思われたその時、愛坂クリアのセリフに全力で待ったをかける者が現れた。

 黒いハーフコートに、フードで顔を隠している、何者か。

 地球防衛大隊に登場する、いかなる兵科の格好でもなかった。


「うわぁ!? り、リヒター……!? 今日はお仕事だったんじゃぁ……??」


「ヴィヴィアン様のところに頼まれたケーキ届けてきただけだよ!

 それよりクリア、配信でそれ・・使うなっつったろオマエー!!」


「ひー!? ごめん許してー! でもどうせならみんなでマルチプレイやりたいしー…………!!」


「マルチなら普通にやりなさい! アンダーワールドを作ってまで引き込むんじゃありません!!」


 物凄い勢いでお怒りなフードの誰かさんに、天真爛漫から一転して涙目になるクリア姉さん。

 そうしてピンク髪のVtuberがどこかに引きずられて行ったかと思うと、綿葉健斗めんばけんとはパソコン画面の前にいた。


「…………んあ? は??」


 暫し思考停止してたようで、我に返っても少し混乱する。

 パソコンの画面の中では、地球防衛大隊Ⅵの次のミッションがはじまっていた。

 視聴者参加型配信は一回プレイしたら次のニキ(ネキ)に席を譲るのがマナーである。

 自分はプレイ済みなので、そこでマルチの参加を一回抜けたのだろうと思った。


「ハァ……なんか、すごかったな」


 自然と、ため息交じりにそんな独り言を口にしてしまう。

 ゲームにこれほど夢中になるなど、何年ぶりだろうか。それこそ小中学生の頃以来だったかもしれない。

 何だか知らんが凄まじい臨場感だった。

 まるで本物の戦場にいるかのように死に物狂いになり、よく覚えてないが全力で戦っていたような気がする。

 なぜそんな事になったのかさっぱり分からなかったが、とにかくメチャクチャのぐちゃぐちゃで制御不能な配信であった。


 しかし、悪くない感覚に思えた。


                ◇


 愛坂クリアのプレイヤー参加配信でゲームの中に取り込まれた視聴者リスナーは、ゲームが終わればそのことを何故か忘れてしまう。

 残るのは、圧倒的なリアリティと熱狂の余韻だけ。

 そうして最強個人勢Vtuber、愛坂クリアの中毒者は増えていくのだ。


透愛とあさん……クリアを出してください。もいっぺん改めて思いっきり説教してくれる」


「ひえぇえ……く、クリアは当面出て来ないんじゃない、かな? ほ、ほとぼりが冷めるまで…………」


 その配信の裏で、愛坂クリアの中のヒトが、同級生の陰キャ男子に思いっきり詰められている事を、視聴者リスナーたちは知る由もなく。

 今日も人知れず、無自覚な都市伝説のように、ネットの中に存在するVtuber『愛坂クリア』とゲームプレイ配信であった。




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