ほら、一瞬でこんなに
水乃流
きれいになるかな?
割れた窓を放置しておくと、ほかの窓も割られてしまう、棄損した部分を放置した結果に関する理論だが、例外はあれどおおむね合点がいく。人間の心理なんてそんなものだ。
さてここに、割れ窓理論を実践してしまったような町がある。自治体が清掃業者との契約でもめたために、町にごみが何週間か放置され、それをきっかけに町中がごみでぐちゃぐちゃな状態になってしまったのだ。自治体も住民たちも、「こりゃいかん」と気付いた時にはもはや手遅れ、清掃業者でさえ手の付けられない状態になっていた。
「このぐちゃぐちゃな状態をなんとかしなければならん!」
しかし、お金もなければ手段も思いつかない、どうしたものかとみなが頭をひねっていたところに、ひとりの男──N氏がやってきた。
「私に任せてください。一瞬で町の中からごみをなくしてみせましょう。その代わり、方法については詮索しないでください。それを約束してくれるなら、無料でやりますよ」
本当か? と訝しむ者もあったが、ダメ元でやってもらおうということになった。
「それではしばらくの間、みなさん町を離れていてください」
N氏の言葉に従って、住民は避難した。そろそろ悪臭に耐えられなくなっていたこともあって、2日ほどで町はからっぽになった。そこからさらに二日ほどして、N氏から「終わったから戻ってきても大丈夫」と連絡があった。こんなに早く片付くわけがないと、不審に思いながらも町に戻ってみると、山のように溜まっていたゴミは跡形もなく、町は塵一つないきれいな町に戻っていた。
住民はみな喜び、口々にN氏へ感謝の言葉を述べた。
「いえいえ、たいしたことはしていません」
「そんなことはありません! いやぁ本当に助かりました。ぜひ、あなたを名誉市民に」
喜ぶ町長に、そっと耳打ちする男がいた。その男は、最初からN氏のことを信用せず、町に隠れて様子を伺っていたのだ。男は、N氏が掃除機のようなもので、ゴミを次から次へと吸い込むところをつぶさに観察していた。
「あの掃除機さえあれば、ゴミ問題は解決ですよ。それどころか、町の一大事業にできるかも」
男の口車に乗ってしまった町長は、N氏が眠ったところを見計らって部下に襲撃させ、まんまとくだんの掃除機を手に入れた。
「だめだ、それを動かしちゃいけない」
「Nさん、独り占めはいかんですよ、独り占めは。これは町の共有財産にしましょう」
そういって、町長が掃除機を持ち上げようとしたとき、カチリと小さな音が聞こえた。次の瞬間、掃除機が爆発したように爆ぜ、中から得体のしれないぶよぶよしたものが飛び出してきた。
「だから言ったのに」
そういうとN氏は、灰色のぶよぶよしたなにかの中でもがく人々をあとに、町を去っていった。
ほら、一瞬でこんなに 水乃流 @song_of_earth
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