第六話 脳みそチャレンジの賞品
あいつはおれの目障りだった。
昔からあいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。
あいつのせいでおれはいつだって二番手だった。
小学校でも、
中学校でも、
高校でも、
大学でも、
そして、脳科学の研究員になったいまも。
まわりの評価は常にあいつが一位。おれが二位。評価だけなら『見る目がない』と強がることも出来るが、あいつは確かに実績においてもおれを上回る結果を出しつづけていた。
――くそっ、いまに見ていろ。いつか必ず出し抜いてやる。
そんな思いを抱えて悶々としていたある日のことだ。おれはふと立ちよった本屋で運命の書と出会うことになる。その本のタイトルは、
『脳みそチャレンジの賞品』
帯には『天才とは野性の脳にアクセス出来る人間のことだ!』とあった。
ほう、野性の脳か。脳科学の研究者としてはなかなかにそそられるコピーじゃないか。おれはその本をパラパラとめくった。
『天才とは、野性の脳にアクセス出来る人間のことである。人間には野性の脳と文明の脳の二種類がある。野性の脳とは生命活動そのものを司る基本の脳。文明の脳とは情緒や精神性など人間らしい部分を司る新しい脳である。
人間は普段、思考するために文明の脳を使っている。ところが、野性の脳の能力は文明の脳をはるかに凌ぐ。
例えば、世の中にはどんな複雑な計算も見ただけで答えてしまう人間がいる。そのような人たちはいちいち計算しているわけではなく、パッと答えが頭に浮かぶのだという。
しかし、それはちがう。この人々も計算しているのだ。ただし、野性の脳が勝手に計算して文明の脳に答えを伝えている。野性の脳の演算能力はあまりにも速くて文明の脳ではその働きを捉えられない。だから、『パッと答えが浮かぶ』ように思えるのだ。
野性の脳を活用することで人間は誰しも『天才』と呼ばれる能力を発揮出来るようになる。
そう。
天才になる。
それこそが、自分の脳に挑戦し、勝利することの賞品なのだ。
その賞品を得るには野性の脳にアクセス出来るようにならなくてはならない……』
そこまで読んで、おれは発作的にレジに向かった。
この本は本物だ。
読む価値がある。
そう直感していた。
――この本を読んで野性の脳を使えるようになれば、あいつを追い落としてやれる!
いや、まて。ここは研究室の近くの書店だ。あいつも同じようにこの本を見つけ、読むかも知れない。そうなったら意味がない。
よし。
ここを含め、近隣の書店すべてをまわって全冊、買い占めよう。
聞いたことのないタイトルだし、出版社も無名だから書店で現物を見なければ存在に気がつくこともあるまい。
かくして、おれは幾つもの書店を巡り、『脳みそチャレンジの賞品』を買い占めた。ちょっとした散財だったが、これであいつを追い落としてやれるなら安いものだ。
「見ていろ、今度こそおれの勝ちだ!」
そして、数日後。
本の内容をすっかり飲み込んだおれは、意気揚々と出勤した。そして、見た。あいつのデスク、そこに『脳みそチャレンジの賞品』があることを!
「お、お前。お前もその本、買ったのか?」
「いや。この本はおれがペンネームを使って書いたんだ。せっかくの理論なのに、上が認めてくれなかったからな。なにか急に幾つもの書店で売り切れたものだから注目されてね。売りあげが一気に伸びたし、大増刷は決定するし、取材は入るしでもうガッポガッポだよ」
完
あいつはおれの目障りだった 藍条森也 @1316826612
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