「岩や草木に溶け込んでいるようだったねぇ。潜んでる場所がまるで分からなかった。でも、確かにそれは一つ多かったのさ。あれは何かの術だろうねぇ」

「俺には全く分からなかったよ。なんで、ユリさん達には分かったの?」

「氣法の技で『氣取きどり』って言ってねぇ。周囲の氣の流れを読み、感じ取ることが出来るのさ。鍛錬すれば、常時それが出来るよ」

「……つまり、私達の近くを何者かがずっと付いて監視してたってこと? いつから、どこから?」

 ヒナノは顔を青くしていた。それも無理はない。下手をすれば、自分達は何も気付くことなく命を取られていたかもしれない。

「いつからは分からん。だが、幸いしたこともある。こうして俺達に容易に氣取らせる距離まで、それを許してしまったのだからな」

「その賊は今もいるの?」

「いや、アタシ達がきた時にパッと消えたよ。走り去るでもなく、飛び立つのでもなく、パッとね。考えられるのは、別の場所に瞬時に移動出来る『瞬転移しゅんてんい』って術だろうねぇ。かなりの使い手さ。そのカムナすら門外不出で、一部の者しか使いこなせない魔術だって聞くよ」

「その使い手と、二人とではどっちが強い?」

 ゴウの口から思わず出た。不安からではない。好奇心からだ。

「無論、俺達だ」

 牛頭法士が即座答えた。さっきの背赤との戦いを見れば、それが慢心から出た言葉とは思えない。

「ふふっ。男どもはすぐに強さ比べをしたがる。だけど、牛頭法士に勝てる人間は、この大陸にそうはいないさ」

 きっとユリの言葉も出任せではない。ゴウは牛頭法士の巨躯を見上げた。大きい。山のようだ。そう思わせるのは、身体だけではない他の何かもあってだろう。だが、今のゴウには、それが何かはっきりとは分からない。知りたい。

「おーい! 大変だ!」

 遠くから声がした。見ると、数名の人が駆けてくる。皆斧や槍を持ち、目立つ格好をしていることから退治屋だと分かった。

「あの感じ、只事ではないね」

「ああ、修羅場を見てきたかのような氣の乱れだ。話を訊いた方が良さそうだ」

 確かに駆けてくる退治屋達の足取りや表情から、二人の言う通りに見える。牛頭とユリは彼らへ向けて歩き出した。ゴウとヒナノもその後へ従う。何事かと、背赤から逃げ出した退治屋達も戻ってきた。

「た、大変だ……み、みな……」

 口を開き始めたのは、鹿の毛皮を被った男だった。駆けてきたのと動転しているのが合わさっている為か、言葉に荒い息が混じって話が中々進まない。

「……皆殺しだ」

 やっと出てきたはっきりした語が酷く物騒だった。しかし、前後の言の脈がない。集っていた人達の間には戸惑いしかなかった。

「どういうことだ? ゆっくり話せ」

 そんな声が上がる。それに応えるように、毛皮の男がゆっくり息を吸った。

「背赤を追って山狩りをしてたら、偶然いき着いてしまったんだ。ここから三里南東の集落だ。おそらく、百人はいた。男はもちろん、女、子供、年寄りに至るまで、皆殺しにされていた」

 そう話す男の記憶が伝播したようだった。ゴウの身の毛がゾワリと立った。短い悲鳴にも似た息を呑む者もいる。その場にいる誰もが戦慄を覚えていたようだった。

「なんだ、それは? 背赤の仕業じゃないのか?」

 丸坊主の男が震えた声で訊いた。

「いや……」

 毛皮の男が仲間へ目配せをする。それを受けて、糸眼の女が口を開いた。

「あれは熊じゃないわ。刃による傷で死んだ者。それに混じって、重い鈍器なような物でぐしゃぐしゃに骨の砕かれた者もいた。明らかに、複数の人間の手によるものよ。米や食料がごっそりなくなってたから、盗賊の仕業だと思うけど……」

「おいおい。だとしたら、相当な数の盗賊団だぞ」

「そんな噂、ここいらで聞いたことがねぇ」

「湧いて出たのかよ」

 女の推察に、そんな声が飛ぶ。皆、新たに厄介な魔物が現れたような顔だ。 

「こいつは……」

 ユリがポツリと呟き、牛頭法士へ目配せをした。それを受けて彼は一つ頷いた。

「その件、俺達に任せてもらおう」

 牛頭法士が声を上げた。場の人々の眼が一斉に向く。駆けてきたばかりの退治屋達は、その存在にようやく気付いたのだろう。驚きの表情を浮かべていた。

「あなた達は、堕龍人殺しに火狂い……」

 糸眼の女は息を呑んだ。その反応から、ゴウは思った。二人の武勇は、その二つ名の由来によるものだけではないと。

「ああ、背赤もこの御二人が退治してくれたんだ。だが、あんたらだけじゃ、この広い山の中……」

 丸坊主の男がしかめた顔で顎をさすった。

「盗賊どもだとするなら、不気味だねぇ。退治屋の情報の網に引っかからず、突如湧いて出た。それに、そいつらは相当な命知らずさ。ここはアマツだからねぇ。大量の人殺しに掠奪とあっちゃ、サムライや朝廷子飼いの術士どもが黙っちゃいない。どう考えても、普通じゃない。だけど、アタシらにはその心当たりがある」

 ユリの眼が閃いた。退治屋一同は息を呑んだ。

「心当たりって、ユリさん、もしかして」

 ヒナノの仔犬の吠えるような声が上がった。ゴウも思った。それに覚えがある。

「ああ、アタシらの勘が正しければね。だけど、これは飽くまで勘さ。それにあんたらを巻き込むわけにはいかない。だから、山へ入るのは、アタシと相方だけ良い。あんたら退治屋達は万が一の為に、この町へ張ってておくれ。何せ、その盗賊どもは得体の知れない、頭のおかしな奴らさ。ウダツへやってくるとも限らない。ここいらの領主へ報告すれば金くらい出してくれるだろ」

 ユリの提案に頷く者も多かった。「さすがだ」と漏らすものもいる。

「あっ、そうそう。もうすぐこの町へこの子らと同じような格好をした、センエの一族ってのがやってくる。丁重にもてなしておいた方が良いよ」

 退治屋達の眼がゴウとヒナノにも集まった。彼らの性質上仕方ないのか、品定めされているようである。それの這いずる視線をすり抜けるように、ヒナノが苦味を含んだ愛想笑いを浮かべた。

「おお、センエなら知ってる。里の色んな物と、山のお宝と交換してくれるって聞くぜ。そいつは楽しみだ」

 シヨウ山地へ住む退治屋だろうか。確かに、センエの一族はたまに町へ下りて、山の珍しい色石や獣の毛皮と食料を替えたりもする。ゴウの掘り当てた碧の色石も、一俵の米になったこともある。

「そいじゃ、まあ、よろしく頼むよ」

 ユリの言葉が合図となって、一同が散っていく。張り切っているのか武器を振り回す者もいれば、思うところがあるのかどこかへ駆け出す者もいた。

「すごい……お金払わずに済んじゃった」

「お使いとは言え、子供に大金を払わせるのは気が引けるからねぇ」

 ヒナノとユリの会話を聞いて、ゴウはようやく理解出来た。懐の金の大粒に手を遣る。これを見せることもなく、大勢の人を動かしてしまった。ユリが今目の前で施したことも魔術ではないだろうか。そう思えてならない。ゴウは、緋色の髪をなびかせる彼女の顔を見上げた。

「いつも通り、見事だな」

 牛頭法士がユリへ向けてニヤリと笑いを送った。

「ありがとよ。さ、アタシらもいこうかねぇ」

 いつものこと。ユリは鼻を高くするでもなく、牛頭の言葉通りその風情であった。

「良かったね、ヒナノ。この二人ならきっと大丈夫だ」

「そだね。予想以上に大物捕まえちゃったみたい……」

 そんなゴウとヒナノのヒソヒソ話をよそに、牛頭法士とユリはすでに歩き始めていた。二人の後姿は昼を下った陽の光を受けていた。ゴウはそれに一間眩そうに眼を細め、追い付こうと小さく駆けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DARODO〜堕龍人〜 十輪かむ @kamu_towa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ