六
「岩や草木に溶け込んでいるようだったねぇ。潜んでる場所がまるで分からなかった。でも、確かにそれは一つ多かったのさ。あれは何かの術だろうねぇ」
「俺には全く分からなかったよ。なんで、ユリさん達には分かったの?」
「氣法の技で『
「……つまり、私達の近くを何者かがずっと付いて監視してたってこと? いつから、どこから?」
ヒナノは顔を青くしていた。それも無理はない。下手をすれば、自分達は何も気付くことなく命を取られていたかもしれない。
「いつからは分からん。だが、幸いしたこともある。こうして俺達に容易に氣取らせる距離まで、それを許してしまったのだからな」
「その賊は今もいるの?」
「いや、アタシ達がきた時にパッと消えたよ。走り去るでもなく、飛び立つのでもなく、パッとね。考えられるのは、別の場所に瞬時に移動出来る『
「その使い手と、二人とではどっちが強い?」
ゴウの口から思わず出た。不安からではない。好奇心からだ。
「無論、俺達だ」
牛頭法士が即座答えた。さっきの背赤との戦いを見れば、それが慢心から出た言葉とは思えない。
「ふふっ。男どもはすぐに強さ比べをしたがる。だけど、牛頭法士に勝てる人間は、この大陸にそうはいないさ」
きっとユリの言葉も出任せではない。ゴウは牛頭法士の巨躯を見上げた。大きい。山のようだ。そう思わせるのは、身体だけではない他の何かもあってだろう。だが、今のゴウには、それが何かはっきりとは分からない。知りたい。
「おーい! 大変だ!」
遠くから声がした。見ると、数名の人が駆けてくる。皆斧や槍を持ち、目立つ格好をしていることから退治屋だと分かった。
「あの感じ、只事ではないね」
「ああ、修羅場を見てきたかのような氣の乱れだ。話を訊いた方が良さそうだ」
確かに駆けてくる退治屋達の足取りや表情から、二人の言う通りに見える。牛頭とユリは彼らへ向けて歩き出した。ゴウとヒナノもその後へ従う。何事かと、背赤から逃げ出した退治屋達も戻ってきた。
「た、大変だ……み、みな……」
口を開き始めたのは、鹿の毛皮を被った男だった。駆けてきたのと動転しているのが合わさっている為か、言葉に荒い息が混じって話が中々進まない。
「……皆殺しだ」
やっと出てきたはっきりした語が酷く物騒だった。しかし、前後の言の脈がない。集っていた人達の間には戸惑いしかなかった。
「どういうことだ? ゆっくり話せ」
そんな声が上がる。それに応えるように、毛皮の男がゆっくり息を吸った。
「背赤を追って山狩りをしてたら、偶然いき着いてしまったんだ。ここから三里南東の集落だ。おそらく、百人はいた。男はもちろん、女、子供、年寄りに至るまで、皆殺しにされていた」
そう話す男の記憶が伝播したようだった。ゴウの身の毛がゾワリと立った。短い悲鳴にも似た息を呑む者もいる。その場にいる誰もが戦慄を覚えていたようだった。
「なんだ、それは? 背赤の仕業じゃないのか?」
丸坊主の男が震えた声で訊いた。
「いや……」
毛皮の男が仲間へ目配せをする。それを受けて、糸眼の女が口を開いた。
「あれは熊じゃないわ。刃による傷で死んだ者。それに混じって、重い鈍器なような物でぐしゃぐしゃに骨の砕かれた者もいた。明らかに、複数の人間の手によるものよ。米や食料がごっそりなくなってたから、盗賊の仕業だと思うけど……」
「おいおい。だとしたら、相当な数の盗賊団だぞ」
「そんな噂、ここいらで聞いたことがねぇ」
「湧いて出たのかよ」
女の推察に、そんな声が飛ぶ。皆、新たに厄介な魔物が現れたような顔だ。
「こいつは……」
ユリがポツリと呟き、牛頭法士へ目配せをした。それを受けて彼は一つ頷いた。
「その件、俺達に任せてもらおう」
牛頭法士が声を上げた。場の人々の眼が一斉に向く。駆けてきたばかりの退治屋達は、その存在にようやく気付いたのだろう。驚きの表情を浮かべていた。
「あなた達は、堕龍人殺しに火狂い……」
糸眼の女は息を呑んだ。その反応から、ゴウは思った。二人の武勇は、その二つ名の由来によるものだけではないと。
「ああ、背赤もこの御二人が退治してくれたんだ。だが、あんたらだけじゃ、この広い山の中……」
丸坊主の男がしかめた顔で顎をさすった。
「盗賊どもだとするなら、不気味だねぇ。退治屋の情報の網に引っかからず、突如湧いて出た。それに、そいつらは相当な命知らずさ。ここはアマツだからねぇ。大量の人殺しに掠奪とあっちゃ、サムライや朝廷子飼いの術士どもが黙っちゃいない。どう考えても、普通じゃない。だけど、アタシらにはその心当たりがある」
ユリの眼が閃いた。退治屋一同は息を呑んだ。
「心当たりって、ユリさん、もしかして」
ヒナノの仔犬の吠えるような声が上がった。ゴウも思った。それに覚えがある。
「ああ、アタシらの勘が正しければね。だけど、これは飽くまで勘さ。それにあんたらを巻き込むわけにはいかない。だから、山へ入るのは、アタシと相方だけ良い。あんたら退治屋達は万が一の為に、この町へ張ってておくれ。何せ、その盗賊どもは得体の知れない、頭のおかしな奴らさ。ウダツへやってくるとも限らない。ここいらの領主へ報告すれば金くらい出してくれるだろ」
ユリの提案に頷く者も多かった。「さすがだ」と漏らすものもいる。
「あっ、そうそう。もうすぐこの町へこの子らと同じような格好をした、センエの一族ってのがやってくる。丁重にもてなしておいた方が良いよ」
退治屋達の眼がゴウとヒナノにも集まった。彼らの性質上仕方ないのか、品定めされているようである。それの這いずる視線をすり抜けるように、ヒナノが苦味を含んだ愛想笑いを浮かべた。
「おお、センエなら知ってる。里の色んな物と、山のお宝と交換してくれるって聞くぜ。そいつは楽しみだ」
シヨウ山地へ住む退治屋だろうか。確かに、センエの一族はたまに町へ下りて、山の珍しい色石や獣の毛皮と食料を替えたりもする。ゴウの掘り当てた碧の色石も、一俵の米になったこともある。
「そいじゃ、まあ、よろしく頼むよ」
ユリの言葉が合図となって、一同が散っていく。張り切っているのか武器を振り回す者もいれば、思うところがあるのかどこかへ駆け出す者もいた。
「すごい……お金払わずに済んじゃった」
「お使いとは言え、子供に大金を払わせるのは気が引けるからねぇ」
ヒナノとユリの会話を聞いて、ゴウはようやく理解出来た。懐の金の大粒に手を遣る。これを見せることもなく、大勢の人を動かしてしまった。ユリが今目の前で施したことも魔術ではないだろうか。そう思えてならない。ゴウは、緋色の髪をなびかせる彼女の顔を見上げた。
「いつも通り、見事だな」
牛頭法士がユリへ向けてニヤリと笑いを送った。
「ありがとよ。さ、アタシらもいこうかねぇ」
いつものこと。ユリは鼻を高くするでもなく、牛頭の言葉通りその風情であった。
「良かったね、ヒナノ。この二人ならきっと大丈夫だ」
「そだね。予想以上に大物捕まえちゃったみたい……」
そんなゴウとヒナノのヒソヒソ話をよそに、牛頭法士とユリはすでに歩き始めていた。二人の後姿は昼を下った陽の光を受けていた。ゴウはそれに一間眩そうに眼を細め、追い付こうと小さく駆けた。
DARODO〜堕龍人〜 十輪かむ @kamu_towa
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