それは引き出しの中に

闇谷 紅

取ってきて


「ちょっと、セロテープ取ってきて」


 僅かにぼくが顔を顰めたのは分かっただろうか。


「自分でやれ」


 そんな言葉が喉元まで出かかって、かわりにため息を吐き出し歩き出すあたり、ぼくはお人よしなのだろう。

 なんでもセロテープは隣の部屋のテレビ台を兼ねた横長なチェストにしまってあるらしい。


「これか」


 ドアが開けっ放しの隣室に向かえば、なるほど問題のチェストはすぐ目に飛び込んできた。


「引き出し複数あるんだけど?」

「一番上の右端のとこ、たぶんー」


 振り返らずに声を張り上げれば、隣の部屋から声だけがやってきて。


「はぁ」


 たぶんってなんだよと口の中でもごもごしつつ言われた引き出しに手をかけた。


「うわぁ」


 中は散々な有様だった。


「ぐちゃぐちゃ」


 そんな言葉がしっくりくるカオスのるつぼ。


「文房具だけにしとけよ」


 ペンや定規、ハサミにテープ、それだけならまだ理解できる。


「お菓子にDVD、殺虫剤に塗り薬……タヌキの置物まであるじゃないか」


  タヌキは指人形サイズのものだったが、統一感皆無だ。しかも整頓されてない。


「っだぁ、もう!」


 こういうのは見ていられない質だ。それはぼくに取りに行かせたアイツも分かってるはずだというのに。


「いったん全部出すか。で、ジャンルごとに……ん?」


 床にぶちまける勢いで引き出しの中身を取り出してゆくと、底に一枚の紙が敷いてあったことに気づく。


「『いつもありがと、愛してるよ』……って」


 わざわざ取りに来させたのはこれを見越してってことなんだろう、だが。


「姉弟でこれって……どうなん?」


 いや、広い世間、弟に過剰な愛情表現する姉だって存在するかもしれないが。


「そもそも、引き出しの中のぐちゃぐちゃさで台無しなんだよなぁ」


 結局引き出しの整理はしないといけない訳だし。そのまま適当に戻しても良いっちゃあそうなんだが、ぼくの性格的にそれは受け入れられなかったのだ、これだけは。

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それは引き出しの中に 闇谷 紅 @yamitanikou

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