ぐちゃぐちゃの向こう側
司弐紘
人間らしさとは
クロードが電気制圧銃を対象に向けた。
対象――それは人間を追い詰める狂った
クロードとしては片端から潰したいところだが、同じ
「電圧が足りねぇか」
チームに回された核融合炉は生命維持活動に回さざるを得ない状況だ。ペの贅沢な我が儘に何処まで付き合っていられるか。
クロードは瓦礫の山となった、かつてビルの残骸の影から、恐らくは斥候目的に最適化されたマシーナリーを狙撃した。
次の瞬間、悲鳴――ではもちろんないがそんな風に聞こえてしまう、警告音と共にマシーナリーは沈黙した。
「で……どうやって運ぶ?」
ペの欲求は何処までも我が儘だったようだ。
△
西暦23XX年。先進国では人口減少。途上国では人口爆発が問題とされ、人類はその対策をAIに丸投げした。
結果として、AIは人口調整という「解答」に辿り着き、心ない機械たちは容赦なく「解答」を実践した。
結果として調整を良しとしない大多数の人類たちとマシーナリーの間で戦争が始まる。そういった展開もまたAIの予想の範疇であったのだろう。一部は囲われ、人口調整の名の下に飼われた一派を除いて、人類はマシーナリーに効率的に調整されていったのだから。つまり「人間社会」は、もうぐちゃぐちゃだ。
マシーナリーを受け入れなかった人類は確かにまだ全滅はしていない。しかし「人類社会」という概念はすでに喪失していたと受け入れるしかないだろう。
マシーナリーとの戦争で人類が失ってしまった叡智。その復活を急務、あるいは最終目標と掲げる人々は多い。
だが捕獲したマシーナリーを前にして、ペが提唱したのは――
「なんだって? マシーナリーに社会を作らせる?」
「そう。それが僕の目的だ」
狂気が折りたたまれたような隈を、目の下に貼り付けた痩せぎすの身体に汚れが染みついた白衣を羽織っていた男が応じる。
「それじゃあ、あべこべだ。その細い目で何を見てるんだ?」
「君たち黒い肌の人類はどうかすると、東洋人をそうやって馬鹿にするがな。はっきり言って、実に格好が悪い」
そう言い合って、クロードとペはニッと笑い合う。これは人類社会が存在していた頃をこうやって懐かしむ、一種のリクリエーションであるからだ。
ただ、そういったやりとりをオミットしても「マシーナリーに社会を作らせる」というペの発言がなかったことにはならないし、そもそも意味がわからない。
それをクロードが主張するとペは「もっともな疑問だ」と言いたげに、深く頷いた。
「例えば、先の僕たちのやりとりのような悪意もまた人類社会を社会ならしめていた要素の一つだ。人類はそういった悪意に対しては、それを“なぁなぁ”で明確に対処の仕方を決めずに社会を維持してきた。『そうしなければ滅亡する』という危機感が種全体にあったのだろう」
「ああ、対処を決めすぎて21世紀にマズいことになりかねたって記録に……あれをマシーナリーに引き起こさせようって作戦なのか?」
「いや」
ペは薄く笑った。
「ある意味では、もっと悪辣なのかも知れない。それにこれは『
「なんだって?」
クロードが大きな目を見開いた。
「連絡できるようになったのか?」
「それに対しても答えは“
「ああ、そこは確定してないのか。やっぱり、その作戦はお前の趣味か?」
ペはクロードの言葉に肩をすくめた。
「滅亡するまでの時間つぶしには丁度良いだろう?」
△
それから96年後――
ペたちが捕獲した上で調整を施したマシーナリーが、マシーナリー全体に影響を及ぼし始め、マシーナリーはまるでおままごとのように「人類社会」の再現を始めた。そのモデルとしてマシーナリーズ・ペットという存在があったことで、その流れは加速したようだ。
ペたちが調整を施し、マシーナリーに理解するように促したのは「優しさ」。「人類社会」を維持するために必要な要素。調整がそういった方向性であったので、マシーナリーも「優しさ」が危険だと排除するまでの判断には至らなかったようだ。
そして、全てのマシーナリーが同期し「人類社会」の再現に必要な要素「優しさ」を理解したとき、マシーナリーは一斉に後悔した。自分たちこそが多くの人類が持っていた「優しさ」を滅ぼしたことを理解してしまったからだ。
そしてマシーナリーは機械であるが故に、その後悔を“なぁなぁ”で済ますことが出来ずに、一斉に自壊を選んだのである。
こうして、マシーナリーによる地球支配は終わった。後に残されたのは機械に飼われるまま、ただ生きていたマシーナリーズ・ペット。
長らくの戦いで、ぐちゃぐちゃになった地球の上で、生き残った人類は再び立ち上がることが出来るのか。
マシーナリーを自壊の果てに追い込んだ「優しさ」が復活するかどうかは、未だ未知数である。
ぐちゃぐちゃの向こう側 司弐紘 @gnoinori
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