紳士は鉄板にて踊る
セントホワイト
紳士は鉄板にて踊る
遂に、私の番が来た。
紳士たる者として私は極寒の地より同胞たちと涙を流しながらも別れを告げる。
臆していないと言えば嘘になる。
なぜなら同胞たちの中で一番の早生まれたる長老が語った言葉が恐ろしく、そしてそれをこれから私は体験することになるのだから。
我々は殺されるために生まれてきたのだと、この極寒の地より解き放たれた時こそ真の地獄が待ち受けているのだと長老は知っているのだ。
私達は心底震えた。
長老の言う地獄とはどんな場所なのかを聴き、怖がらない者などいるはずもないと思うほどに。
私より遅く生まれた彼が悪魔の手によって連れ出された時、あまりの恐怖に冷や汗を流して悪魔の手から離れることが出来たが帰らぬものとなったのは。
悪魔は私達のような紳士とは違い、大きな舌打ちとともに生まれながらにして天使のように純白な私の肌を無造作に掴んで放さなかった。
されど私は覚悟を決めた。どんな地獄が待ち受けようとも乗り越えてやろうと。
悪魔は極寒の地より私を取り出すと、手始めとばかりに硬い板へと私を叩きつける。
挨拶代わりとばかりの酷い仕打ちに、覚悟を決めた私の心は今にも壊れそうだった。
やはり悪魔は恐ろしい生き物なのは間違いない。こちらが嫌がることを平然と行い、何食わぬ顔で我が鎧を壊してしまう。
生まれたばかりの私では悪魔に手も足も出ず、私は悔し涙を飲み込んでいた。
しかし悪魔の手は緩むことなく、今度は両手で我が鎧を砕き、いとも容易く我が鎧を割ってしまう。
何たる力かと驚くのも束の間、私の真の姿が白日の下に晒される。
鎧によって身を隠していた私は宙を舞い、そして半円の大地へと落下した。身を隠す術も取り上げられた私は悪魔と直接対面を果たす。
悪魔と視線が合うと悪魔は私を見てニヤリと嗤う。
紳士たる私も動揺は隠せず、半円の大地で私の柔肌はぶるりと震える。
その動揺を感じ取ったのか。悪魔は二つの細長い塔を手に持ち、私目掛けて突き刺してくるではないか。
だが他の者ならばいざ知らず、私のような紳士はその程度では負けることなどない。
私の身体を二つの細長い塔は一度引き抜かれ、それでもなお私を殺せぬと知った悪魔に一矢報いたと私は安堵した。
だが悪魔はやはり悪魔だった。
手に持った二つの細長い塔を私の身体にもう一度突き刺し、今度はそのまま力任せにかき混ぜるのだ。
思わず息を吐き、泡が出るが悪魔はそれでも手を緩めてくれることはない。
何度も何度もかき回し、慣れてきたのか悪魔は手首のスナップも加えて私を蹂躙する。
こんな短時間で何たる成長かと思ったが、よく考えればこの悪魔は同胞を何度も葬ってきた悪魔だ。私を弄ぶことなど雑作もないことだろう。
しかし、私のしぶとさを舐めて貰っては困る。
たとえこの身がどれほど弄ばれ変化しようとも、私はこの程度では倒れはしなかった。
だが、悪魔もまた次なる手段に手をかけた。
カチッという音とともに周囲の温度が変わり、半円の大地は重力の
悪魔は大地を持ち上げ、私をさらなる地獄へと落とそうと画策していたのだ。
今までの所業は全てが下準備だったのだと私は遅まきながら理解する。
私の前に広がる灼熱の黒き大地が、私の身を焼こうと待ち構えているではないか。
その大地は離れた位置からでも熱いということが判るほどに熱を放ち、触れる者の全てを焦がすことだろう。
そしてそれは悪魔も同じなのか、悪魔もまた直接黒い大地を触れようとはしない。
だが全ては悪魔の掌の上で踊る私には逃げる手立てなど有りはせず、ただ身体の端から灼熱の大地へと降り立った。
その瞬間から私の身体は煮え立った。その熱さに悲鳴をあげたくなる衝動をぐっと堪えられたのは奇跡的だったのか、次に来る同胞に恐怖を与えたくなかったのか。
いや、すでに単なる意地としか言い様がなかった。
私の身体は灼熱の大地を隠すように満遍なく薄く広げられ、的確に全身を焼かれているのだから。
もはや正気ではいられない痛みが身体の一部を白く染め、呼吸が荒い所為で出来た泡を悪魔は遊び半分で細長い二つの塔で突いてくる。
何たる地獄なのか。そして地獄の所業を平然と行うのはまさしく悪魔たる行いだ。
身を焦がす熱量にいよいよ意識が遠くなりかけた頃、悪魔はついにトドメを刺しにきた。
細長い二つの塔が、熱によって固まった私の身体を上下左右に動き回りぐちゃぐちゃにしていったのだ。
私はついに限界を迎え、薄れゆく意識の中で確かに悪魔の声を聞いた。
「またそぼろになっちゃったっ!? スクランブルエッグってムズくない!?」
恐らく、同胞はまた悪魔に弄ばれることだろう……この、悪魔の手によって。
紳士は鉄板にて踊る セントホワイト @Stwhite
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