悪夢の終わりに見る夢は

かなぶん

悪夢の終わりに見る夢は

 眠りと共に訪れる悪夢。

 何度視ても慣れるはずもないソレに、心はとうにすり減っていた

 けれど――その日の目覚めはいつもと違い、少女は熱味を帯びた吐息をつく。



 この世界には時折、常にはない力を持って生まれる子どもがいる。

 そして、この国ではそんな子どもたちを一所に集め、育てる機関があった。

 能力が不安定な子どもたちを保護し、監視する故に、名を「籠」と言う。

 「籠」に集められる子どもの経歴は様々だ。

 誉れとして送られる子もあれば、金銭と引き換えに事実上売られて来る子、泣く泣く引き離される子も。

 集められた子は自立できる年齢になるまで、一般教養を身につけながら、持って生まれた能力がどういうものか見定められ、適した将来を提示されることになる。

 全てはその能力で世に害なすことなく、自らを傷つけることもなく、能力に呑まれぬよう、人として生きていくために。

 とはいえ、そうして集められた子が全て、能力と共に生きていくわけではない。

 先に述べた通り、子らの能力は不安定であり、中には素質を見出されながらも、結局何の能力も発現せず大人になる者がいる。いや、大半の子がそうだ。

 子どもの能力には発現時期があるらしく、「籠」の保護観察期間内で能力が発現しなかった場合、それ以降で現れることはほぼないと言って良い。

 能力の発現した子を「神子」と呼ぶためか、能力が発現せずに自立できる年齢を迎えたそういう者は「籠」において「なりそこない」と称される。

 名称についての議論はさておき、「なりそこない」と判じられた場合、彼らには「籠」の外に出ることが義務づけられていた。

 ただし、何もせず放り出すわけではない。

 頼れる縁者があるならそこへ帰し、いなければ「籠」に認定された施設や人物へ預け、望むならば職のある場所へ送り出すのだ。

 それが「籠」の保護の名の下、一度世間から切り離されてしまった者たちへの、せめてものはなむけ、せめてもの罪滅ぼしなのだから。

 ――だが、それでも歪められてしまうモノはある。

 「籠」の中で育ったがための無防備は、特に狙われやすい。

 たとえそれが「籠」の選んだ人物であったとしても、信頼で終われないほどに。


「ひ、ひぃっ!!?」

 曇天が広がる夜の公園を、転げ回るように走り続ける小太りが一人。

 後ろばかり気にして走るソレは、警戒するそこに誰もいないことを知ると、走りを歩きへ変えながら、荒い息を安堵の笑みへと変えていく。

「や、やった……ま、撒いてや――」

「残念だが、ここで終わりだ」

「!」

 後ろではなく、死角となった前から届く、静かな声音。

 驚愕に戻した時にはすでに遅く、相手の姿を捉えた瞳は身体から離れ、徐々に光を失っていく。後に続くのは、首から上を喪った身体と、首から下を喪った頭が同時に倒れ落ち、引きずり転がる鈍い音。

 ――預けたはずの「なりそこない」たちが売られている。

 「梟」がその一報を聞いたのは、今日の夕方。

 そして今、件の預け先は「梟」の足元に転がっていた。

 これを「烏」が知ったなら、「犯した罪に対して呆気なさ過ぎる」と怒りそうだと思いつつも、冷えた目で生きていた「モノ」を見下ろす「梟」にはどうでもいい話。

 大切なのは、「コレ」がもう、何もできないという事実のみ。

(……降りそうだな)

 絡みつく湿気にちらりと上を見て、そのまま踵を返す。

 「梟」の役割はここまで。

 「モノ」の処理は、「鼠」の仕事だ。

 綺麗好きの「鼠」のことだ、明日の朝、誰がここに訪れようとも、「モノ」から垂れた染み一つ見つけられはしないだろう。

 何も知らず、平凡な一日を過ごすことができる。

 寸前までの行いそのものを忘れたていで、呑気な想像に「梟」は少し笑む――が。

「あのっ!!」

「!」

 突然かけられた声は前方から。

 長い黒髪の少女が一人、そこにいた。

 追い込む前に先んじて「鼠」が人払いをしていたはずだが、見落としたのか。

 珍しく、驚きと焦りの両方に襲われる。

 「梟」の後ろには、今、処分したばかりの「モノ」がある。

 限られた灯で形は誤魔化せても、漂う臭気は消せやしない。

 口封じは「梟」の仕事ではない。いや、そもそも標的でもない相手へのそういった考えは、「籠」自体にない。

 あるとすれば、それは――。

 対処法をなぞり、実行する、直前。

「あのっ、すみません、私、あなたのことが好きです!」

「……は?」

 思わず出てしまった声。

 「梟」は慌てて口を押さえるが、その間にも少女は「愛の言葉」を投げてくる。

 どう考えても、「梟」ごと背後の「モノ」を前にしながら言うべきではない台詞の数々に、普段、あまり表情らしい表情を見せない「梟」は動揺していた。

 何せ、少女の様子は、確かに愛の告白と受け取って良いものだったのだから。

 上気した頬、潤んだ瞳、怯えよりも勇気を表わす震え。

 こんな場面でなくても戸惑う告白に、輪をかけた状況から立ち去る時を失う。

 と、雨粒が地面に落ちた。

 もちろん、それは少女にも落ち、

「だから……お願いします。私を、殺してください」

 祈るように乞われた、告白の驚きを塗り潰す願い。

 聞き間違いかと思っていれば、雨は叩きつけるものへと代わっていく。

 その中で。

 雨とも涙ともつかないもので頬をぐちゃぐちゃに濡らした少女は、告白を嘘偽りとしない頬の赤みを保ったまま、繰り返し繰り返し、「梟」に願う。

 ぐらりとその足が崩れるまで。

「!」

 役目はどうあれ、「梟」は冷酷な男ではない。

 倒れかけた身体を抱き留めた「梟」は、その熱が告白だけで上がったわけでもないことと、その顔が平均的な体格の割にやつれていることを知り、とにかく、今は少女を連れて「巣」へ戻るべきだと判断する。

 降りしきる激しい雨音の中、「殺して」と譫言のように繰り返されるか細い声は、耳に入れないように努めながら。

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