貴方もなのね
三咲みき
貴方もなのね
私は元アパレル店員だ。
ゆえに、こういうのは非常に気になる。
視線の先にある台には、サイズ別&種類別でトップスが置かれているはず………だった。
しかしそこにあるのは、多くのお客さんが触れた後の、見るも無残な光景。
ひとことで言うなれば「ぐちゃぐちゃ」だ。
トップスが乱雑に置かれていて、もはやどれがどのサイズか一見しただけではわからない。下の方に隠れている服を手に取るためには、掘り出さなければならない。そして何より見た目が悪い。これではお客さんに不親切どころか、不快な思いをさせてしまう。
とは言っても、仕方ないっちゃ仕方ない。ここはオフィス街の地下にある店舗。改札へ行くにはこの店の前を通らなければならない。そして時刻は19時20分。店内は会社帰りの女性客であふれかえっている。私もそのうちの一人だ。
店員はお客様対応に忙しく、商品を整頓する余裕がない。
ああ、きれいにしたい………。
ぐちゃぐちゃの売り場が気になる………が、私はここの店員ではない。客という立場で、商品を整頓するのはいかがなものか。周りの目も気になるし。
でもやっぱりきれいに畳みたい。きちんとサイズ別でわけて、色もきちんと揃えて、誰が見てもきれいな売り場になるようにしたい。
私は乱雑に置かれた一枚をとった。やわらかい生地で、この服に袖を通したら、きっと気持ちいいのだろうなと思った。それを素早く畳んだ。大丈夫きっと誰も見ていない。もう一枚、もう一枚と、次々に畳みなおしていく。
さすがにこの辺で止めておこうか。すべてきれいにできたわけではないが、見た目はだいぶマシになったと思う。
私は整頓した中から一枚を手に取った。畳みながら、試着したいと思った一着だった。
店内を見まわし、すぐそばでせっせと商品を畳みなおしている店員さんを見つけた。
「あの、試着室使ってもいいですか」
声をかけた店員さんは、最初自分に話しかけられていると気づかなかったようだ。数秒してからこちらを振り向いた。
「あの、私……店員じゃないです………」
最後の方は消え入りそうな声で言った。
よく見ると彼女は肩からショルダーバッグを下げていた。服装もオフィスカジュアルで、たった今仕事を終えてきたような雰囲気がしている。
「………ふふっ」
まさか私と同じく商品を整頓してるお客さんがいたなんて。
わかる。気になるよね。私は笑いながら彼女に言った。
「貴方もなのね」
貴方もなのね 三咲みき @misakimaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
これが私の秘密/三咲みき
★38 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます