モテ期到来?!

平 遊

夢にまでみたハーレムは・・・・

「で?何個貰えた?」


 高校からの帰り道。

 幼馴染のヨウコから、『今年のバレンタインの戦果』について問われた俺は、ふんっ、と顔を背けた。

 知ってるくせに、聞いてきやがる。

 相変わらず、イヤな奴。


「へぇ?じゃ、賭けはあたしの勝ちってことで」

「ん?賭け?・・・・あぁ」


 言われてようやく思い出す。

 そういや今年の初め、ヨウコとこんな賭けをしたんだっけ。


『賭けてもいい。あんたは今年、1個もチョコ貰えないよ』

『はぁっ?!お前には言ってねぇけど、俺だって毎年何個かは貰えてんだよ』

『へぇ。じゃ、たつみが1個も貰えなかったら、あたしの言う事なんでも1つだけ聞いてよ』

『ああ、いいぞ。その代わり、俺が1個でも貰えたら、俺の言う事なんでも1つだけ聞けよ?』

『受けて立とうじゃないの』


「・・・・で、なんだよ?俺になにさせたいんだ、お前は」


 どうせ、どこかの有名店のスイーツを奢れとか、人気のスニーカーを買えとか、そんなことだと思っていた俺は気軽にそうヨウコに聞いたのだが。


「ねぇ、たつみ。あたしと、付き合って」

「・・・・それは、どういう・・・・?買い物とかに、か?」

「バッカじゃないの?」

「いってっ!お前っ、人の頭を思いっきりはたくなっ!」

「ふふんっ」


 ドヤ顔で俺を見るヨウコの顔は、予想外に赤く染まっていた。



 嘘だろ?

 ヨウコが俺と付き合う?!

 俺達、そんな甘い関係になったことなんて、一回もねぇぞ・・・・?


 家に帰り、俺はベッドの上に制服のままゴロリと寝転がった。

 けれども、さっきのヨウコの態度は、冗談にはとても見えなかった。


 ・・・・俺、ヨウコと付き合うのか?


 目を閉じ、ヨウコと付き合う俺自身を想像してみる。


 ガキの頃から、何をするにもずっと一緒だったヨウコ。

 どっちかと言えば美人の部類に入る方だし。

 どっちかと言えば、スタイルもいい方だし・・・・胸も程よくでかいし。

 あの、暴力的な所と口の悪ささえ無ければ、いい女・・・・なのかも?

 うん。

 そうだ。ヨウコはいい女だ。

 ガキの頃から、ずっと。

 きっとずっと昔から、俺はヨウコに惚れていたんだ。

 ・・・・全く相手にされないから、忘れかけちまってたけど。

 でもなぁ。

 付き合うならやっぱ、女子らしい子もいいよな。

 なんなら、両手に花、くらいな感じで?つーか、色んな女の子と付き合ってみたいから、むしろハーレム状態でもいいかも?!

 美人や可愛い子に囲まれて愛されるなんて、それこそ天国じゃね?!

 ヤリたい放題シ放題だしな・・・・ぐふふっ。

 なんつって。


 そんな事を思った時。

 スマホがメッセージを受信した。

 同じクラスの、綾瀬ミカからだった。


 ”たつみくん、ちょっとお話があるの。今、たつみくんのお家の近くにいるんだけど、出て来られないかな?”


 綾瀬とは同じクラスだが、クラス一、いや学年一、いやいや学校一の高嶺の花と言われているくらい、才色兼備な女子だ。

 その綾瀬が、普段特に話をすることも無い俺に話って・・・・?


 少し気にはなったものの、俺はベッドから飛び降りて、


 ”近くの公園で待っててくれないか?すぐ行くから”


とメッセージを送ると、急いで家を出た。



「突然ごめんね、たつみくん」


 申し訳なさそうに顔を曇らせて、綾瀬が俺に頭を下げる。


「別にいいよ。それより話って?」

「うん・・・・」


 俺に頭を下げたまま、今度はモジモジと靴で足元の土をいじり出す綾瀬。

 全く顔が見えやしない。


「綾瀬?」

「・・・・あのね、たつみくん」


 急に顔を上げた綾瀬は、頬を真っ赤に染めて、潤んだ目で上目遣いに俺を見上げる。

 ・・・・ちょっとこれ、反則じゃね?!

 胸のドキドキが止まんねぇんだけどっ!


「なっ、なんだよ?」


 ことさらぶっきらぼうにそう言葉を放った俺に、綾瀬は言った。


「良かったら私と、付き合ってください」

「・・・・・あのぅ、それはその、買い物とかに、ってこと・・・・か?」

「うふふっ、たつみくんって、面白い」


 小さく吹き出し、綾瀬は可愛らしく、俺の二の腕をペシペシと優しく叩く。


「お返事、待ってます。じゃあ、またね」


 ニッコリと笑うと、綾瀬は俺をその場に残したまま、小走りに公園を出て行ってしまった。


「なんだ、俺・・・・いきなりモテ期到来かっ?!」


 訳の分からない現象に、呆然としてそう呟いたとたん。

 スマホが新たなメッセージを受信する。


 ”たつみん、ちょっとお話があるの。今、時間大丈夫?電話してもいいかなぁ?”


 今度は、隣のクラスの吉田カホからだった。

 吉田とは同じ中学だったから偶に廊下で顔を合わせた時には少しくらいは話すけど、こいつも男子からの人気は高かったはず。

 なんせ、あざと可愛い女子ナンバーワンの呼び声が高いヤツだ。

 ・・・・あざといって分かっていたって、男は惹かれちまうんだよなぁ。


 まぁ、でも俺と吉田との仲だ。

 メッセージを打つのも面倒なので、俺はそのまま吉田に電話をかけた。


『ごめんね、たつみん。わざわざ電話してくれてありがとう☆』


 キャピッとした表情が、電話の向こうに透けて見えるような、吉田の声。


「いいよ別に。で、なんだ?話しって」

『ん~と。あのね?』


 これまた、探るような上目遣いが電話の向こうに見えるような声で、吉田は続けて言った。


『あたしね。たつみんが大好きなの。あたしと付き合って』

「・・・・ええと、どこの買い物に、だ?」

『いやだもぅ~、たつみんたら面白いっ!きゃはっ☆そうじゃなくって・・・・ね?』


 耳から忍び込む甘い声に、体がブルッと震える。


『お返事、待ってるから。じゃあね、たつみん♪』


 切れた電話を手に、俺は暫くその場に立ち尽くしていた。



 ・・・・一体どうなってんだよ?


 その後も、クラスの他の女子や、部活の先輩や後輩からも、告白の電話やメッセージが鳴りやまず、受けた告白は総勢30人超。

 ちょっとした、いや、かなりのハーレム状態だ。


「いくらモテ期ったって、限度があるだろっ!」


 俺の心は嬉しいなんて感情はとっくに通り越し、突然発生した非常事態に付いていくことができず、訳が分からずにぐちゃぐちゃ状態。

 だいたい、俺はそんなに器用な方じゃないんだ。

 いくら、告ってくれたコがみんな可愛くて美人なコだったからと言ったって、全員に平等に『好き』っていう感情を持てる自信なんて、全く無い!

 かと言って、こんな滅多に無いバラ色のチャンスを、ミスミス逃すことなど、できるものかっ!


 チクショーッ!

 こんなことなら、もっとモテ男の極意を学んでおくんだったっ!

 平気で何股でもかけられるようにっ!


 心の中で叫べども、時すでに遅し。

 今までそれほどモテた経験も無い俺には、「モテ男の極意」など持ち合わせがある訳もなく。


「どうすりゃいんだよ・・・・全員と付き合うなんて、俺にはとても無理だ・・・・だからって、俺なんかが彼女たちを振るのはもっと無理だっ!助けてくれ・・・・誰かっ、助けてくれーっ!」


 ヨウコーっ!


「えっ?!」


 自分の叫び声で、目が覚めた。

 気づけば俺は、制服姿のままベッドの上に寝転がっている状態。


「そっか・・・・そうか。夢、だよな・・・・たはっ」


 のそりと起き上がり、ノロノロとスマホのメッセージを確認すると、案の定、綾瀬からのメッセージは入っておらず、吉田からの着信履歴だって無い。

 もちろん、その他大勢の女子からの連絡があった記録も、無し。


「・・・・ってことは?」


 誰に向けての照れ隠しだかもはや分からないが、ポリポリと頬を掻き、俺は小さく呟いた。


「ヨウコの事も夢・・・・だよな?」


 ちょうどその時。

 俺のスマホからコールの着信音が鳴り出した。

 発信者名は、ヨウコ。

 しばらく着信音を鳴らし続けた後、俺は恐る恐る電話に出た。


「もしも」

『遅いっ!彼女からの電話くらいさっさと出なさいっ!』


 鼓膜がビリビリするほどの、ヨウコの怒鳴り声。


「ごめんっ・・・・えっ?」


 ちょっと待て。

 今ヨウコ、なんつった?


『早速だけど、週末映画連れてってね。初デート、楽しみにしてるから!ちゃんとデートプラン練っといてね、たつみ♪』


 一方的に言うだけ言うと、ヨウコはそのまま電話を切った。


 ・・・・今、俺の頭の中、ぐちゃぐちゃなんだけど。

 もしかして、ヨウコの事は、現実だった・・・・ってことか?!

 それとも、まだ俺は、夢の続きを見ているのかっ?!


 試しに思い切りつねった頬の痛さなのか。

 それとも。

 初めて彼女ができた嬉しさなのか。

 それが、実はガキの頃から密かに想いを寄せていたヨウコだからだったのか。

 ぐちゃぐちゃな感情が整理できないままの俺の目から、何故だか涙がポロリと零れ落ちた。


【終】

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