少年Aの供述
伊崎夢玖
第1話
殺人犯である少年Aに面会した時の様子をここに記す。
「僕が殺った。殺したんだ、彼女を。」
少年Aは息をするように少女の殺害を認めた。
悪いことをしたという感じは見られない。
むしろ、幼児が「聞いて、聞いて!」と言わんばかりの興奮が見受けられた。
「僕は彼女を愛していた。それはもう殺してしまいたいほどに。まぁ、本当に殺しちゃったんだけど…」
そう言って彼は目を閉じ、話し始めた。
「彼女はとても人気があったんだ。近所はもちろん、学校でも…。彼女を嫌う人なんていない。人間が百人いれば百人全員が彼女を好きになる。それほどに彼女は魅力的な人だった。だから、どうしても彼女を手に入れたかった。けど、僕はこの見た目でしょ?彼女と釣り合わないって周りから言われてて…」
そっと開けた彼の目には光がなかった。
何を今考えているのか、全く分からない。
「バカにしたヤツらをギャフンと言わせるためにも、彼女が欲しかった。付き合えるだけでもよかったんだけど、いざ彼女を前にしたら、欲が出ちゃって…」
少し頬を赤らめて彼は続けた。
「僕だけの彼女にしたくなっちゃったんだ」
「だからといって、殺していい理由にはならない」と反論するが、「それが?」と何が悪いのか分からないと言った顔でこちらを見てくる。
「呼び出して、まず睡眠薬入りの飲み物を渡したんだ。彼女は素直ないい子だったよ。警戒することなく、全部飲み干してくれた。三十分もしないうちに昏々と眠り始めて、ぐっすり寝てる彼女を抱きかかえて、ベッドに連れてって、手足を縛り付けて起きるのを待ったんだ。ちょっと薬の量を間違えたから半日くらい寝てたかな?起きた時の彼女の驚いた顔は今でも忘れない。かわいかったなぁ…」
彼に何を言っても通じない。
こちらが黙っていることをいいことに、彼はそのまま続けた。
「なんとなく状況を把握してきたら、『離して』って怒りだしたんだ。まぁ、当然っちゃ当然だよね。起きたら手足を縛られてるんだもん。僕だって怒ると思うし。怒り散らす彼女に僕はこう言ったんだ。『僕と一緒になって』って。そしたら、何て答えたと思う?『イヤに決まってんだろ!このブタ野郎!!』だって。あの彼女の口からそんな罵詈雑言が出てくるなんて思わなくて、萌えちゃった。これが俗に言うギャップ萌えってやつなんだね。そこから止まんなくなっちゃった」
語尾にハートがついているかのような口調で見たことのない満面の笑みで少年は話す。
「止まんなくなっちゃったというと?」と質問すると、「この手にかけることを」と笑みを携えたまま続けた。
「どう殺したかは内緒。これは誰にも教えてあげない。僕と彼女の秘密。さっきまで罵詈雑言を吐いてた彼女が涙を零しながら僕に乞うんだ。『何でもするから命だけは助けて。お願い』って。『本当に何でもしてくれるの?』って聞いたら『する』って。『だから、命だけは…』って壊れたレコードみたいに何度も何度も乞うんだ。だから、手を緩めることなく、殺してあげた。だって、僕は最初にお願いしたんだもん。『一緒になって』ってね」
まるで、恋人の惚気話を話しているように続ける。
「完全に死んだのを確認して、バラバラにした。なるべく綺麗な形で残してあげたかったから。内臓は腐りやすいから一番最初に取り除いて捨てた。いらない部分だし」
そこまで言って、彼は突然黙った。
何を聞いても黙ったまま。
これでは駄目だ。
なんとかして続きを話させようと「もし、君の供述通りだとして、遺体が見つからないのは何故?」と聞くと、『こいつは馬鹿なのか?』とつまらなさそうな顔で続けた。
「言ったじゃん、一緒になるって。僕と彼女はひとつになったんだ」
言っている意味が分からない。
「ひとつとは?」と聞くと、「ここ」と彼は自分の体を指差した。
「まさか…」とは思ったが、さすがに口にすることはできなかった。
「人って臭いね。実に臭い。あらゆる臭み消しをしてみたけど、臭みが残るんだ。ジビエ肉も臭いっていうけど、あれならジビエ肉の方が断然いい。いろんな食べ方で食べてみたけど、どれも無理。一口食べるだけで吐いちゃった。でも、どうしても食べたいから、最後の手段でぐちゃぐちゃにしてみたんだ。ミンチ状にね。臭みは消えなかったけど、どの食べ方よりも食べやすかったよ。それに、これが彼女の味だと思ったら、すごく美味しく感じた。もう一度味わいたいなぁ」
恍惚の表情を浮かべる彼に、「後悔はないのか」と尋ねた。
ここまで彼女を愛しているんだ。
殺してしまっては、もう二度と会うことも、話すこともできない。
普通なら後悔しそうなものだと思った。
「全然」と彼はあっけらかんと答えた。
「彼女は僕の中にいる。土に還ることなく、僕の血となり、肉となった。永遠に一緒にいられる。これをどうして後悔なんてする?するはずない」
淡々と続ける。
「それに、会えなくなったわけではないし、話せなくなったわけでもないよ。夢に出てきてくれるんだ。それだけ僕を恨んでくれたってことで、恨むってことは、僕のことを忘れずにいてくれるってことでしょ?最高に幸せすぎるよ…」
強請っていたおもちゃをようやく親に買ってもらえた子供のように笑う少年。
ここで面会時間終了となった。
面会室を後にする際、少年はひと言だけ残した。
「彼女に今夜会いに行く」
そしてその夜、少年Aは独房の中で自殺した。
少年Aの供述 伊崎夢玖 @mkmk_69
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