陽来留郷《ひくるのさと》の嵐

仲津麻子

第1話陽来留郷《ひくるのさと》の嵐

 神木かむき本家を中心とする陽来留郷ひくるのさと一帯は大荒れに荒れていた。

木立は大きくたわみ、枝を抜ける風が轟々ごうごうと叫び、落ちた木の葉が渦巻くように吹きすさんでいた。


 もう半月以上も太陽が雲に隠れて姿を見せず、農地の作物の育ちが悪かった。

ここ数年は気候が定まらず、少しずつ収穫量が減ってきていたが、すでに枯れはじめた苗もあり、今年はさらに悪化しそうだった。


黒衣こくい様」


背後から声がかかり、神庭真助かむばしんすけは振り向いた。


 彼は、六歳になり緋衣ひいと呼ばれるようになった真白ましろには祖父にあたる。先々代 緋衣ひい様の配偶者であった。


 神木家の当主は、代々緋衣であり、その配偶者を黒衣と呼ぶ。黒衣たる者は、代々 神庭かむば家の男子であることが定められていた。


 真白の両親もまた、緋衣様、黒衣様と呼ばれる立場で、本来ならば現当主は真白の母親であるはずだった。


 しかし、真白が生まれる直前に父親が急死し、心弱り病を得た母は、緋衣の立場を離れ屋敷を出ることになった。


 さらに不幸なことに、真白を産んだ後、母が亡くなり、神木本家には、当主である緋衣がいなくなった。


 そのため、当時は深灰みかい様と呼ばれていた真白は、成人するまで使用人夫婦の手で育てられることになったのだった。


「ああ、瀬尾せおか」

「黒衣様、こちらにおいででしたか」


 瀬尾は神木家の家令で、代々神木家の管理を任されている敷守しきもり家の当主だった。


さとを眺めていた」

「左様でしたか」


「ぐちゃぐちゃだな……」


 小高い丘の上に建つ屋敷からは、周辺の郷のようすが見て取れた。郷人さとびとが十数人集まって、風にあおられながら右往左往していた。


 強風に吹き飛ばされたのだろう、板垣がバラバラになって散らばっていた。道端の草がなぎ倒されていて、家畜小屋が壊れたのか、数匹の牛が畑の作物を、ぐちゃぐちゃと踏み荒らしていた。


「今は緋衣様が、郷にいらっしゃいませんから」

瀬尾は困惑したようにつぶやいた。


「そうだな。真白が育つまで、まだ十二年はかかる」

「それまで、郷がちますかどうか」


「難儀なことだ。だが、なんとしても、郷を潰すわけにはいかない」


陽来留郷ひくるのさとは、地球であって地球でなく、日本であって、日本ではない、特殊な地であった。


 緋衣と黒衣の存在は、この地のバランスを取って、安定させるため基礎であった。

今、この郷を維持しているのは、先々代の黒衣のみ。いつ天と地の均衡きんこうが崩れて、郷が日本との接点を失ってしまうかもしれなかった。


「瀬尾、神庭家の方はどうだ。次代黒衣は育ちそうか」

「さあ、まだ聞こえては来ませんね。黒衣さまこそ、ご実家からなにかありませんか」


「いや、今のところは、なにもない」

「左様ですか。真白様のお相手でしたら、そろそろ噂だけでも上がりそうですけれどね」


「ふむ。どちらも、定まるのはまだ先か」

「左様ですね」


 真助は大きく息をついて、慌ただしく復旧作業を続けている郷人のようすを眺めた。


陽来留国物語ひくるこくものがたり緋衣様逸話ひいさまいつわ・参】

(終)

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陽来留郷《ひくるのさと》の嵐 仲津麻子 @kukiha

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